フリージャーナリストの安田純平氏が無事日本に帰国できましたが、国内の一部には例の「自己責任」の合唱が起こっているということです。この自己責任論は小泉政権時代に一挙に広がったものですが、海外で武力集団に拘束されていた人が帰国したときにこういう言葉が投げかけられるのは、諸外国では見られないということです。
そんな中でメジャーリーガーのダルビッシュ有選手が、「助かって良かった」、「助け合って生きていこう」というメッセージを発信したのに対しても、国内の自己責任論者から反論や批判が殺到しました。
しかしダルビッシュ選手はそれに怯まずに、1994年のルワンダ虐殺事件などを例に、実に的確に反論し「フリージャーナリスト擁護論」を展開しました。ルワンダ虐殺事件は少数民族のツチ族を皆殺しにしようとしたもので、被害者は50万人ともそれ以上ともいわれています。国連軍がその救済に向かおうとしたときに、何故か米国が徹底的にそれを邪魔したために、被害が拡大しました。のちにクリントン米大統領はその地を訪れ空港で謝罪しましたが、そんなことでは済まされない、余りにも深刻で甚大な悲劇でした。
フリージャーナリストの活動を否定する人たちは、その米国の役割を果たそうとしていることに気付くべきです。
LITERAの記事と新聞労連の声明を紹介します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ダルビッシュが安田さんへの自己責任バッシングを次々論破!
「ジャーナリストが行かなければ殺戮は加速する」
LITERA 2018年10月26日.
昨日、シリアで拘束されていたジャーナリストの安田純平氏が無事、日本に帰国した。数日間は検査入院の予定だというが、約3年4カ月もの長期の監禁生活を余儀なくされたことを考えると、まずはゆっくり心と身体を休めるのが先決だろう。
だが、命からがら帰国した安田氏に鞭を振るわんばかりに、国内には「自己責任」の合唱が起こっている。既報の通りネット上では「どのツラ下げて帰ってくるのか」「国に迷惑をかけるな」という安田氏を攻撃するコメントが溢れているが、本日放送された『バイキング』(フジテレビ)でも、司会の坂上忍が「安田さんの記事とかTwitterとか拝見して、結構な勢いで政権に対するバッシング(をしてきた)」「そう言っておきながら向こうに渡って結果的に拘束された。叩いていたというか意見を言っていた側(安倍政権)に助けてもらうってことになる。(中略)政府に尽力してもらって身代金が発生しているのであれば、国民の税金使って命助かっちゃってるっていう現実もある」などと発言。そのほかのコメンテーターたちも自己責任なのではと同調したのだ。
安倍政権に批判的だから助けてもらうのはおかしいって、それこそ筋違いの批判だ。時の政権に無批判に迎合するジャーナリストなどジャーナリストと名乗る資格もないし、本サイトでは何度も繰り返してきたが、自国民の生命保護はほかでもない国家の責務だ。それがたとえ犯罪者であったとしても政府は法の範囲内において人命を救うために最大限の努力をする義務があり、国民はそれを国家に要求する権利がある。だいたい、命の危険に晒されていた人物が無事に帰ってきたというのに、身代金の不確定情報に乗って「国民の税金を使って」などとさっそくがなり立てるとは。そんなに税金の使途にこだわるならば、約8億円も国有地が値引きされた上、自殺者まで出した森友問題や、93億円もの補助金が交付される加計問題にももっとスポットを当てたらどうなのか。
しかし、こんな荒んだ状況のなかにあって、声をあげた者がいる。メジャーリーガーでシカゴ・カブス所属のダルビッシュ有選手だ。
ダルビッシュは安田氏の帰国が伝えられた昨夜、こうツイートした。
〈一人の命が助かったのだから、自分は本当に良かったなぁと思います。自己責任なんて身の回りに溢れているわけで、あなたが文句をいう時もそれは無力さからくる自己責任でしょう。皆、無力さと常に対峙しながら生きるわけで。人類助け合って生きればいいと思います〉
吹き荒れる安田氏への「自己責任」の声に対し、「助かって良かった」「助け合って生きていこう」とメッセージを発信したダルビッシュ。この投稿には本日18時時点で約4万件の「いいね」が押されているが、同時に自己責任論者からの反論や批判も殺到。だが、ダルビッシュはそれらの意見にも怯まず返答し、持論を展開していったのだ。
たとえば、「旅行に行って巻き込まれたならまだしも、安田氏の過去の言動を考えると助かって良かったとは思えない」という反論には、ダルビッシュは〈逆に旅行じゃなくあの場所に命張っていける人間が世界にどれぐらいいるでしょうか〉と返答。「もっとほかに対策できたはず」という意見にも、〈対策できてたら世界のジャーナリスト何人も拘束されないと思いますよ。現地のガイドとか通訳が売ったりするらしいですし〉と返した。
自己責任厨からの反論を次々と論破したダルビッシュ
しかし、このダルビッシュの意見に対しては、「政府からも止められている、ジャーナリストが何人も拘束されている場所に行って、さらに結果としてテロ組織にお金が流れて、どれだけの命が奪われるのか」という反論が。このほかにも、“救出時に支払われた身代金がテロリストに渡り、それで購入された武器によって多くの人が危険に晒される可能性があるのに、救出されて良かったと言えるのか?”という意見はかなり目立った。
そもそも、こうした意見をダルビッシュにぶつける者たちは、反政府組織をアメリカが支援し、市民を虐殺するアサド政権をロシアが支援していることを知っているのだろうか。さらに言えば、この日本が武器輸出3原則を撤廃して武器輸出国になっていることを知っているのだろうか。しかも、一旦、海外に輸出された武器がどこで使われるかは追跡不可能で、日本が製造・販売した武器が中東の紛争地域で過激派組織の手に渡っている可能性もある。そこまで過激派組織への武器流出に強く関心があるのであれば、ダルビッシュに文句をつける前に安倍政権の防衛装備移転に猛反対するべきだと思うが、結局は、安田氏の自己責任だと叫びたいがために身代金問題を取り上げているにすぎないのだろう。
だが、このような反論にも、ダルビッシュは根気強く、こう返していったのだ。
〈でも誰かがいかないと内情がわからないわけじゃないですか。そういう人たちがいるから無関係な市民が殺されるのを大分防いでいると思いますけど〉
〈別にテロ組織の資金源って身代金だけじゃないと思うし、だいたい身代金要求なんてほぼ成功してませんけど〉
(解放と引き換えに3億4000万円が支払われたという報道について)まずこの記事が本当かも現時点でわからないですし、本当だったとしても一人の人間が助かったわけでそれに安堵するのって変でしょうか?後悔とか反省って自分でするもので、他人が強要するものではないと思うんですよね〉
さらに、「自衛隊も派遣できないような場所なのだから、内情を知ったところで誰も助けられない」という批判にも、ダルビッシュは〈いやだから日本の力とかじゃなくジャーナリストが現地にいるだけで、非人道的な殺戮はだいぶ抑制できているでしょって話です〉と畳みかけたのだ。
ルワンダ虐殺に触れジャーナリストの存在意義について語ったダルビッシュ
また、ダルビッシュへの反論で目立ったのが、“安田氏は過去4回も拘束されたのに、何度迷惑をかけたら気が済むのか”というものだが、これにもダルビッシュはこのように切り返した。
〈逆に4回も捕まっていて5回目も行こうって思えるってすごいですよね。毎回死の危険に晒されているわけですよ。でも行くってことは誰かがいかないと歴史は繰り返されると理解しているからではないでしょうか?〉
ダルビッシュが繰り返し強調したこと。それは、事実を伝える人がいなければ多くの人の命が危険に晒されていることも知らされず、その結果、多くの人の命が犠牲になる危険がある、ということだ。
〈ジャーナリストがゼロになったら世界に情報も出ないんだから、殺戮が加速するに決まっているでしょう。ルワンダのジェノサイドなんかまさにそうでしょう〉
〈ルワンダのジェノサイドなんかも50万から100万人が亡くなってる。約100日と短期間すぎたのもあったけど、もっと他国が介入出来ていたら絶対こうなっていないはず。世界の国々もジャーナリストもこういった歴史から人間の弱さ、怖さを学んできたはずなんですよ〉
〈危険な地域に行って拘束されたのなら自業自得だ!と言っている人たちにはルワンダで起きたことを勉強してみてください。誰も来ないとどうなるかということがよくわかります。映画だと「ルワンダの涙」が理解しやすいと思います。ただかなり過激な描写もあるので気をつけてください〉
そしてダルビッシュは、いまSNS上で多く拡散されている、しりあがり寿の4コママンガの画像をリツイートした。それは、学校の教室での児童と教師のこんなやりとりだ。
児童「なぜジャーナリストはわざわざ危険な場所にいくんですか?」
教師「うーん それはね…」「誰かが危険な場所で何がおこっているか、世界に知らせないといけないだろう」「何がおこっているかわからなければ世界は対策もたてられないからね」
そこで教師は、児童に向かって「みんなは危険な場所で何がおこっているか知りたい?」と尋ねるが、児童たちは顔を見合わせて「……」と沈黙。しかし、次に教師が「じゃあ逆に、君たちが危険な場所でくらしていたとしたら、世界にそのことを知ってもらいたい人?」と訊くと、児童たちは揃ってみんなが手を挙げる──。
サッカー・本田圭佑もダルビッシュに賛同ツイート
ダルビッシュはこの4コママンガをリツイートしたあと、〈本当にこれですよ。日本が戦争していてたくさんの人が殺されているなかで世界のどの国もが知らんぷりだったらどうするんだろう? って妻と話してました〉とつぶやいている。
今回、ダルビッシュによるツイートがあぶり出したのは、自己責任論の根深さと同時に、世界で起こっている問題への関心の希薄さだろう。
実際、国内メディアにおけるシリア情勢についての報道はかなり少なく扱いも小さく、さらには政府によるシリア難民の受け入れも、2017年度に難民認定されたシリア人はわずか5人だけ。こうした状況に疑義を呈する声はごくわずかだが、一方でシリアへの関心を喚起する貴重なレポートを発表してきた安田氏の問題には多くの人が食いつき、群がって自己責任を叫んで叩き潰そうとしている。この状況は、あまりにいびつすぎると言わざるを得ないだろう。
そんななか、報道の意義や価値を理解し、ルワンダの悲劇に学ぼうと呼びかけるダルビッシュは、あまりに真っ当だ。そこにはダルビッシュがアメリカで暮らし、国際的な視点をもっていることも関係しているのかもしれない。現に、メルボルン・ビクトリー所属のサッカー選手・本田圭佑も〈フリージャーナリストの安田さん、色々と議論がなされてるみたいやけどとにかく助かって良かったね〉と投稿した後、ダルビッシュのツイートにも反応し、こう返した。
〈僕も色んな国に好きで行くので、しかも政治やビジネスに関して好きな事言うので、このまま拘束されたりしたら、ホンマにヤバいかもっていつも思ってます。ダルビッシュさん夫婦がいればもっとガツガツいけそうです〉
本田は今年7月19日にもサプライズで神奈川朝鮮中高級学校、横浜朝鮮初級学校を訪問、インタビューでも「自分の国しか愛せないこと。それは悲しいことだし違うと思う」と話し、国際関係における日本と政治家が果たすべき役割について「すべてにおいて簡単なことではないですが、結果から言うと世界を平和にすることではないでしょうか? 国益だけを考える政治家は、今後は必要とされなくなっていく時代になると思います」と答えていた。
「日本スゴイ!」に慰撫されるばかりで、世界の惨状を伝えるジャーナリストさえも迷惑者扱いするガラパゴスのこの国。ダルビッシュの一連のツイートや、本田の発言は、日本の異常さをあらためて浮彫りにしたと言えるだろう。 (編集部)
安田純平さんの帰国を喜び合える社会を目指して
2018年10月25日
日本新聞労働組合連合(新聞労連)
中央執行委員長 南 彰
2015年からシリアで拘束されていたフリージャーナリストの安田純平さんが3年4カ月ぶりに解放されました。人命と引き替えに金銭を要求する犯行グループの行為は卑劣で、真実を伝える目的を持ったジャーナリストを標的にすることは言論の自由や表現の自由への挑戦です。新聞労連としても安田さんの「即時解放」を求めてきましたが、同じ報道の現場で働く仲間の無事が確認された喜びを分かち合いたいと思います。
安田さんはかつて信濃毎日新聞の記者を務め、新聞労連の仲間でした。2003年にフリージャーナリストに転身しましたが、紛争地域の取材に積極的に取り組み、民衆が苦しむイラク戦争の実態などを明らかにしてきました。
その安田さんや家族に「反日」や「自己責任」という言葉が浴びせられている状況を見過ごすことができません。安田さんは困難な取材を積み重ねることによって、日本社会や国際社会に一つの判断材料を提供してきたジャーナリストです。今回の安田さんの解放には、民主主義社会の基盤となる「知る権利」を大切にするという価値が詰まっているのです。
安田さんはかつて「自己責任論」について、新聞社の取材にこう語っています。
「自己責任論は、政府の政策に合致しない行動はするなという方向へ進んでしまった。でも、変わった行動をする人間がいるから、貴重な情報ももたらされ、社会は発展できると思う」
観光や労働の目的で多くの外国籍の人が訪れ、また移り住むという状況が加速している私たちの社会は、より高い感受性と国際感覚が求められています。そのベースとなるのは、組織ジャーナリズムやフリーを問わず、各地のジャーナリストが必死の思いでつかんできた情報です。
解放された安田さんに対して、「まず謝りなさい」とツイッターに投稿する経営者もいますが、「無事で良かった」「更なる活躍を期待しているよ」と温かく迎える声が大きくなるような社会を目指して、新聞労連は力を尽くしていきます。
以上