2018年10月9日火曜日

南シナ海で米と合同演習 中国と戦う覚悟があるのか(田岡俊次氏)

 軍事評論家田岡俊次氏が、海上自衛隊の潜水艦を4000キロも離れた南シナ海へ極秘に派遣し、東南アジア周辺を航海中の護衛艦の部隊と合流させて、米艦隊とともに9月13日、対潜水艦戦を想定した訓練を実施したことについて、「日本は中国と戦う覚悟があるのか」とする論文を公表しました。
 潜水艦の行動は通常極秘にされるもので、それを敢えて公表したのは中国を威嚇するためであるとされています。
 中国が「領海」と主張しているところで敢えて軍事演習を行うのは、「専守防衛」からはほど遠く、当然「航行の自由」とは違った意味合いになります。
 
 田岡氏は「南シナ海は石油輸入ルートとして、日本にとり死活的に重要な海域」というのは、米国、とくに米海軍が海上自衛隊を有能な助手として南シナ海に引き込むための宣伝であって、仮にそこを迂回する航路で石油を輸入することにしても、運賃の増額は年間336億円、石油1ℓ当たり20銭の増加に過ぎないとしています。
 そして米国のいう「航海の自由」は、実態的には「偵察活動の自由」を意味する軍事的なものであるとしています。
 
 それなのにアメリカの尻馬に乗って、そんな海域にまで同行し中国を刺激するのは何とも愚かなことです。
 安倍政権はアメリカに対しては卑屈な対応しかできず、イラン産の石油の輸入禁止にも唯々諾々と従うつもりなのでしょうが、その反面、隣国の中国や韓国には対しては常に見下したような態度を取るのは何故なのでしょうか。
 
 田岡氏は、「中国と戦う覚悟もないのに米国に付和雷同して随行し、刀の柄に手をかけて見せるのは、米中双方と戦略的互恵関係を保つことが国益上重要である日本にとり得策とは思えない。南シナ海での米中の角逐は静観するのが賢明だろう」と述べています
 
 それくらい大ごとなのだということが何故分からないのかという警告です。
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 特別寄稿
南シナ海で米と合同演習 日本は中国と戦う覚悟があるのか
 田岡俊次 日刊ゲンダイ 2018年10月8日
「南シナ海は重要な海域」は米国の宣伝
 海上自衛隊は9月、ヘリコプター空母「かが」(満載時2万6000㌧)、潜水艦「くろしお」(潜航時3600㌧)、護衛艦「いなづま」(満載時6300㌧)、同「すずつき」(同5000㌧)を南シナ海に派遣、横須賀を母港とする米空母「ドナルド・レーガン」(同10万6000㌧)を中心とする米艦隊と対潜水艦訓練を行った。
 
 中国が南シナ海の支配を固めようとし、米海軍がそれに対抗するさなか、海上自衛隊が約4000㌔も南進し、中国潜水艦を探知、撃破する日米共同演習を行って戦力を誇示したのは「専守防衛」の趣旨に合致しない軽率な行動では、と思わざるを得ない。
「南シナ海は石油輸入ルートとして、日本にとり死活的に重要な海域」と言われる。だが、それは米国、とくに米海軍が海上自衛隊を有能な助手として南シナ海に引き込むための宣伝だ。中東から日本に向かうタンカーは必ずしも南シナ海を通る必要はない。インドネシアのバリ島の東、ロンボク海峡を抜け、フィリピンの東方を北上すれば原油輸入に差し支えはない。
 今回のマラッカ海峡を抜け、南シナ海を通る航路よりも約1700㌔航程が伸び、大型タンカーの経済速力15ノットで3日弱かかる。政府は2014年6月3日、浜田和幸参議院議員の質問主意書に対し「ロンボク海峡回りでは燃料費、傭船費を1日1000万円と仮定し、約3000万円の費用増となる」と回答している。これは片道の話で、往復だと6000万円になるが、標準型の大型タンカーは30万キロリットル、すなわち3億リットルを積むから、リットル当り20銭増にすぎない。ガソリンがリットル約150円だから微々たる額だ。
 
 日本全体で考えても、中東からの原油輸入は2016年で1億6800万キロリットルだから、海上運賃がキロリットル当り200円上って年に336億円、日本の石油輸入額6兆6000億円の0・5%だ。昨年訪日した中国人観光客735万人は1兆7000億円を日本で消費し、1人平均28万円だから、ロンボク回りのコスト増は中国人観光客12万人(1・6%)減と同等だ。
 
米国の言う「航海の自由」は「偵察活動の自由」
 タンカーは日本とペルシャ湾を45日で往復するが、これが51日になり、13%伸びれば必要な隻数が増え、需要と供給の関係で傭船料が高騰することも考えられる。一方、海運界では「もし米中紛争になれば、世界最大の石油輸入国である中国の石油輸入は激減し、船腹が余って傭船料は暴落する」と恐れる声もある。
 
 マラッカ海峡の南端、シンガポール海峡は狭く、世界一の難所だ。航路を示すブイの間は1350メートル。水深は23メートルだ。大型タンカーはそこを通れるよう設計されているが、船底と海底の隙間は1・5メートル。少し操船を誤ると座礁、衝突の危険がある。昨年8月には米駆逐艦「J・S・マッケーン」がタンカーと衝突、乗員10名が死亡した。ロンボク海峡は幅が20㌔、水深250メートルで安全だから、旧運輸省海運局は1970年代からそこを通るように勧めた。だが船会社は、他社、他国との競争上、少しでも早く、安い方を通らせがちだ。マラッカ海峡を通る船は中国、東南アジアの経済発展で急増し昨年は9万4000隻、20年には14万隻余と見込まれ、路地にタンクローリーが殺到する形だ。大事故で通航不能の事態も起こりかねない。
 
 南シナ海での米、中の対立は中国が海南島の三亜に潜水艦基地を造ったことに端を発する。南シナ海を弾道ミサイル原潜の待機水域にしようとする中国の動きに対し、米海軍は潜水艦、哨戒機で中国潜水艦を追尾して識別用の「音紋」を取ったり、海中の水温の変化や海底地形など対潜作戦に必要なデータを海洋調査船で収集に努める。中国側はそれを妨害しようとして異常接近や針路妨害が起きてきた。公海上で調査活動や演習をするのは自由で、人工島は領海を持たないから、その近くを米軍艦が通るのも合法だ。だが逆にもし日本の横須賀や佐世保の領海外で中国軍艦や航空機が日常的に情報収集を行えば、日本もなんとか妨害を試みるのでは、と思える。
 
 米国は「航海の自由」を掲げるが、世界最大の貿易国、造船、漁業も第1位の中国にとって航海の自由はまさに「核心的国益」だ。だから中国が他国の商船の通航を妨げた例はない。米国の言う「航海の自由」は実態としては「偵察活動の自由」に等しい。
 
 中国と戦う覚悟もないのに米国に付和雷同して随行し、刀の柄に手をかけて見せるのは、米中双方と「戦略的互恵関係」を保つことが国益上重要である日本にとり得策とは思えない。南シナ海での米中の角逐は静観するのが賢明だろう。 
 
 田岡俊次  軍事評論家、ジャーナリスト
1941年生まれ。早大卒業後、朝日新聞社。米ジョージタウン大戦略国際問題研究所(CSIS)主任研究員兼同大学外交学部講師、朝日新聞編集委員(防衛担当)、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)客員研究員、「AERA」副編集長兼シニアスタッフライターなどを歴任。著書に「戦略の条件」など。