2019年9月10日火曜日

東アジア国際関係史の専門家・権准教授が日韓対立問題について語る

 日刊ゲンダイが東アジア国際関係史の専門家権容奭クォン・ヨンソク)氏(一橋大准教授)に、日韓関係はなぜここまでこじれたのか、いまの報復合戦に出口はあるのか聞きました。
 元徴用工問題の判決をめぐり、日本では文大統領が大法院(最高裁)の判事を入れ替えて恣意的な判決が導き出されたかのように伝えられていますが、それは見当違いの批判で、前政権と司法の癒着が明るみに出たことから判事の交代は自然な流れでした。
 一方、その大法院は、政権と癒着し不正をはたらいたことに対する国民の厳しい目を意識するあまり、勇み足気味の大胆な判決を下しましたが、いずれにしても文大統領は判決を尊重せざるを得ない立場にあると、権氏は述べています。
 
 韓国側としては判決を予測したうえで事前に相談を持ち掛けるとか、特使を送り続けて理解を得ようとするなどのやりようはあったのでしたが安倍首相判決後にすぐさま「国際法に照らしてあり得ない判断だ」と発言したことが、すべての対話の余地を封じることになりました。
 そして いずれにしても65年体制の限界が見えてしまった以上、これを機に抜本的日韓関係の見直して、再定義をすべき」である述べています
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注目の人 直撃インタビュー  
一橋大准教授権容奭氏 韓国で流行「サンキュー安倍」の意
日刊ゲンダイ 2019/09/09
 戦後最悪といわれる日韓関係は泥沼化の様相だ。韓国の元徴用工判決を引き金に安倍政権は対韓輸出規制を発動し、反発する文在寅政権はGSOMIA(軍事情報包括保護協定)破棄に踏み込んだ。日米韓の安全保障連携を重視するはずの米国は仲裁に乗り出そうとしない。日韓関係はなぜここまでこじれたのか。ヒートアップする報復合戦に出口はあるのか。東アジア国際関係史の専門家に聞いた。
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 ――まさかと思われていた韓国側のGSOMIA破棄通告に波紋が広がっています。
 文大統領にとっても、重い決断だったと思います。GSOMIA破棄に至るまで日韓関係を悪化させたのは、一連の輸出規制です。日本側は安全保障上の措置だと説明していますが、問題の発端が2018年10月末の元徴用工判決であることは疑いようがないでしょう。その直前までの日韓関係に大きな波風はなかった。小渕元首相と金大中元大統領による「日韓パートナーシップ宣言」の20周年を記念するシンポジウムが10月初旬に開かれたのですが、安倍首相は出席して祝辞を贈っている。年内に文大統領が訪日し、首脳会談を開催するプランも練られていました。
 
 ―――文大統領の自伝「運命」の翻訳版が出版されたのが10月初旬。解説を書かれていますね。
 8月に出版社から依頼があって早くとせかされたのですが、訪日の青写真があったからだと思います。元徴用工判決をめぐり、日本では文大統領が仕組み、大法院(最高裁)の判事入れ替えによって恣意的な判決が導き出されたかのように伝えられていますが、それは見当違いの批判です。大法院長(最高裁長官)の任命は大統領の権限で、司法のトップを代えることで政権交代が可視化される一面もある。前政権と司法の癒着が明るみに出たことからも、判事交代は自然な流れでした。
 
■元徴用工判決は国内問題
 
 ――日韓関係の悪化を避けたい朴槿恵前政権に配慮し、元徴用工判決を先送りしたとして前大法院長が起訴されました。
 元徴用工訴訟で大法院が大胆な判決を下した背景には司法側の論理が働いています。政権と癒着し、不正をはたらいたことに対する世論の目は厳しい。自ら改革の意思を示すために、勇み足を踏んでしまった面がないとは言えない。元徴用工判決は国内問題なのです。ただ、文大統領は大統領としても、個人としても判決を尊重せざるを得ない立場にはあると思います。
 
 ――人権弁護士で、「右派守旧政治と既得権益層の打破」を掲げた盧武鉉元大統領の最側近でした。
 文大統領にとっても、韓国政府にとっても判決は大きな負担です。対日関係に影響を及ぼすことは分かっていても、介入はできない。司法にまで口を挟んだ朴前政権を糾弾し、それを支持する国民によって誕生した大統領ですから。文大統領が批判されるべきは日本側への説明不足と対応の遅れでしょう。
 
 ――日本政府は65年の日韓基本条約で解決済みとする立場。安倍政権は「国際法違反だ」と繰り返し主張し、対応を求めています。
 韓国側としては判決を予測したうえで事前に相談を持ち掛けるとか、それができなかったのであれば特使を送り続けて理解を得ようとするとか、やりようはあったと思います。しかし、安倍首相は判決後にすぐさま「国際法に照らしてあり得ない判断だ」と発言し、韓国側に対話の余地を与えなかった。この間、慰安婦財団解散やレーダー照射問題などが重なり、日韓関係は決定的にこじれてしまった。ここに至る根底には南北融和の動きも影響したとみています。
 
 ――18年4月に南北首脳会談、同6月には史上初の米朝首脳会談が実現。一気に進んだ北朝鮮問題で安倍政権は蚊帳の外に置かれました。
 当初は国家情報院長が訪日して説明していましたが、日本では文大統領が先走りしているとか、対北経済制裁は維持すべきとか、批判的な声が少なくなかった。文政権からすると、どうも安倍政権は南北融和の動きに否定的に見える。米国追従の日本が朝鮮半島問題になると、独自の姿勢で反対をする。そうした下地もあって、日本側をあまりケアしなくなった側面が現状を招いたとも言えます。
 
 ――日韓のズレの始まりですね。
 この2カ月の動きで言えば、大阪G20で韓国だけが首脳会談を拒否される屈辱的な扱いをされ、直後に輸出規制を通告されました。説明を求めた韓国当局者への経産省の対応も見下した感じがアリアリでしたし、河野外相の無礼発言もあった。安倍政権がこういう形で攻勢に出てくるとは予想していなかった韓国側も、想定外の反応でやり返している。双方ともにタガが外れてしまっている状況です。河野外相が「韓国が歴史を書き換えたいと考えているならば、そんなことはできないと知る必要がある」と批判したのも、韓国で激しい怒りを買っています。
 
 ――韓国では日本製品の不買運動や「ノー安倍デモ」が展開されています。
「サンキュー安倍」というフレーズもはやっています。韓国と敵対してくれてありがとう、経済的にも技術的にも日本に従属している現実に気づかせてくれてありがとう、日本の本音を教えてくれてありがとう、といったニュアンスです。本音というのは、日本は歴史問題を直視せず、植民地支配を反省せず、韓国に対しては上から目線だということですね。
 
 ――「ノー安倍」より強烈です。
「サンキュー安倍」には日韓対立によって、親日派が浮き彫りになったという意味も込められています。いま広がっているのは「反日」というより、「反親日派」なんです。韓国における「親日派」はいわゆる「親日」ではなく、戦前の日本統治に協力し、民族の独立を妨害して私腹を肥やした人を指します。解放後も権力層を形成し、政界、軍部、財界、学会、メディアなどを牛耳り、親米反共国家をつくって分断体制と開発独裁を支えてきた。彼らは日本と妥協し、今なお既得権益層を形成しているとみられています。文大統領が掲げる「積弊清算」は「親日派」による支配構造を変えようとするもので、「反日」ではありません
 
■GSOMIA破棄は米国に対する警告
 
 ――日韓関係に落としどころはあるのでしょうか。
 重要なのは、韓国側は公式的にも日本側との対話を望んでいる点です。文大統領は「日本がいつだろうと対話と協力の場に出てくるなら、私は喜んで手を取り、協力する」などと繰り返しメッセージを出していますし、李洛淵首相もGSOMIA破棄について「日本が不当な措置(輸出規制)を元に戻せば、韓国も再検討する」と発言しています。日本側から何の反応がない状況であっても、交渉の余地があると言い続けている。これは、GSOMIAで最も利益を得る米国に対するサインでもあります
 
 ――GSOMIA破棄には米国側も「失望」という言葉で対韓圧力を強めています。
 GSOMIA問題は日本に対する感情的な措置というより、米国に対する警告です。これまでの米国は歴史修正主義的な動きに対し、ノーと言ってきた。日本に対してもそうであったのに、今回は何も言わない。輸出規制で対立しても一言もない。韓米日は平等な関係ではなく、日米に従属する位置づけだと韓国側は見たのでしょう。米国がそういう立場であるなら、われわれも再考せざるを得ないと強気に出たのだと考えられます。文政権の中枢は反米闘争した世代が占めている。米国に対し、より対等で合理的な関係を求める世論の後押しもあります。
 
 ――GSOMIAの失効期限は11月22日です。日韓双方ともボールは相手側にあると主張しています。
 ボールは双方にあります。日本は問題を拡大させた輸出規制を見直し、韓国は元徴用工訴訟をめぐる新たな提案をするべきでしょう。韓国政府・企業と日本企業の「2+1」の枠組みはいい案だと思いますが、日本が納得しないのであれば練り直すほかない。65年体制の限界が見えてしまった以上、これを機に抜本的な日韓関係の見直し、再定義をすべきだと思います。
(聞き手=坂本千晶/日刊ゲンダイ)
 
▽クォン・ヨンソク 1970年、韓国・ソウル生まれ。94年一橋大法学部卒業後、同大学院法学研究科博士課程修了。08年から同大学院法学研究科准教授。国際・公共政策大学院准教授、早大韓国学研究所招聘研究員を兼任。専門は東アジア国際関係史。著書に「岸政権期の『アジア外交』」「『韓流』と『日流』」。