ダイヤモンドオンラインに、「韓国の『突破力』は侮れない! 急所狙い撃ちの輸出規制にも屈しない理由」と題した 奥田 聡・亜細亜大教授の論文が載りました。
日本政府が7月に発表した対韓国輸出規制3品目(フッ化水素、フッ化ポリイミド、フォトレジスト)は、半導体やスマートフォンなどの製造に欠かせないもので、韓国経済の急所を狙い撃ちしたものでした。その後さらに輸出優遇国(ホワイト国)からも韓国を除外しました。
長年にわたって暗黙の了解のもとで一種の役割分担をしてきたのに、そのしきたりをいきなり破壊したのですから、韓国の受けるダメージは決して小さくはありません。
韓国はすぐにそれらの素材の国産化に舵を切り、一部は近く国内調達することが可能になったということです。
こうした安倍政権の「韓国いじめ」は韓国人の民族的な自尊心を刺激し、主張の違いを超えて団結する力を与えます。
1997~98年のアジア通貨危機の際、韓国は外貨不足となりIMFの緊急融資を受けました。一旦IMFの融資を受けるとその後型通りの旧式な経済回復策を強制され、却って経済が回復しなくなるといわれますが、韓国は挙国一致の努力で融資の繰り上げ返済にも成功しました。2008年のリーマンショックの際にも、韓国は先進国に先駆けてV字回復を成し遂げています。驚くべき団結力と底力です
韓国が今度の輸出規制等の影響から完全に脱するにはまだ多少の時間を要しますが、いずれは克服する筈なので、そうなれば日本は将来とも市場の回復はできません。また日韓対立が何かの切っ掛けで解ける可能性もあり、そのときには韓国側の対日批判や対抗措置も解除されることになりますが、当然基本材料の国産化は貫かれ、何よりも、そのときでも日本への対立感情を人々が内面にしまい込むだけに終わり、将来的な対立の火種は残されることになると見られています。
安倍政権の浅慮による「韓国いじめ」が日本に及ぼす影響は決して小さくはありません。
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韓国の「突破力」は侮れない! 急所狙い撃ちの輸出規制にも屈しない理由
奥田 聡 ダイヤモンドオンライン 2019.9.4 5:35
亜細亜大学アジア研究所教授
韓国を「輸出優遇国」から除外 「日本離れ」加速の可能性
元徴用工判決を契機に険悪化する日韓関係は、日本の半導体・有機EL関連部材3品目についての輸出管理強化に対して、韓国が8月22日に日韓GSOMIA(軍事情報包括保護協定)の破棄を決めるなど、対立は安全保障分野にも波及した。
28日からは、日本側の輸出規制強化の「第2弾」として、韓国を、輸出手続きの簡略化を認めた輸出優遇国から除外する措置が発動された。
日韓の経済関係は、かつてのように、韓国が一方的に日本に依存する状況から変わってきたとはいえ、相互依存の構造のもとで打ち出された「輸出管理強化」は、日韓経済関係の在り方を双方が再考する機会になっている。
場合によっては、韓国が「日本離れ」を一気に進める契機になる可能性も秘めている。
韓国は輸出主導の経済発展を通じて今の繁栄を手にした。貧困から抜け出すために、てっとり早く成長できる加工貿易的な経済発展を1960年代に選択したが、これは結果的には正しかった。
良質の労働力以外めぼしいものを持たなかった韓国だが、当時すでにフルセット型の産業構造を備えていた日本から必要な原材料や部品の多くを輸入し、これを加工して輸出し、さらなる発展に備えた。
日本から輸入する中間財は、韓国の産業の生産体制に深く組み込まれ、その後の韓国の高度成長を支えた。韓国が作る製品は徐々に高度化していったが、日本が中間財の供給でそれを支える構造は今も受け継がれている。
その結果、日韓貿易は日本側の大幅な出超となり、現在に至っている。
「一方的な依存」から相互依存に バリューチェーンのアジアシフト
ただ、韓国の対日依存は時間の経過とともに弱まってきている。
中間財の国産化が徐々に進んだことに加え、中国の台頭、日韓双方が生産拠点の海外移転を進めてきたこと、さらに日本経済の低迷に伴う日本の中間財産業が弱体化したことがその要因だ。
当初、日本は対韓輸出をそれほど重視していなかったが、国内経済の低迷が長期化するうちに、その重みを無視できないようになっていた。
こうして、日韓経済関係は韓国の一方的な対日依存から相互依存へと性格を変えてきた。
日韓の相互依存の状況は、それぞれのバリューチェーンを分析することでその実態がより鮮明になる。
ここではシドニー大学が開発したEora多地域産業連関表を使って計算された日韓輸出の付加価値源泉を主要国・地域別にブレークダウンして示した。
図表1には、日韓の輸出の中で、国内や外国からの調達で付加価値がそれぞれどの程度つけられたか、2003年と18年についての結果が示されている。
これを見ると、直近の15年間の変化から、以下のような興味深い諸点が観察できる。
(1)韓国の国内付加価値率が63%前後と日本よりも低い水準で、韓国が今も海外からの中間財投入に積極的なことが確認される。
(2)一方、日本のバリューチェーンの国際化が進んだことがわかる。国内付加価値率は79.4%へと8ポイント余りの大幅な下落を見せた。ワンセットの産業構造が変化しつつあることを物語る。
(3)日韓ともに、中国、ASEANなどアジア後発勢からの調達を強化し、輸出品生産に組み込んでいる。特に韓国の輸出では、中国発の付加価値比率が8・2%へと倍以上の伸びを示している。
(4)韓国では日本発の付加価値比率が4・7%へと半減したほか、欧米発の付加価値比率も低下し、先進国からアジア諸国へのバリューチェーン転換が進んでいる。
(5)日本の輸出に占める韓国発の付加価値比率が1・1%へと多少、上昇している。
目立っているのは、韓国が日本からの調達を大きく削減していることだ。
こうした取り組みは、国産化や第三国からの調達に転換可能なものから着手するのが一般的だ。
したがって現在も日本からの調達が続いている品目は、高品質で調達先の転換が難しい必須的な中間投入財が多い。
2018年の韓国の対日輸入実績から見た対日依存度が高い中間投入財の例としては、化学繊維やプラスチックの原料としてキシレン、メタキシレン、シクロヘキサン、シクロヘキサノール、酢酸セルロースなどが挙げられる。
このほか、ニッケルカドミウム電池やニッケル水素電池で用いられる水酸化ニッケルやスマートフォンなどのフラットディスプレイ向けの板ガラス、フラットディスプレイ製造装置なども対日依存度の高さが目立つ。
急所つかれた日本の輸出規制 半導体で依存続くジレンマ
日本が7月以降打ち出してきた対韓輸出管理の強化をめぐる韓国側の反応を見ると、調達の「日本離れ」をしつつある中にあっても、「対日依存」からなかなか脱却できない韓国経済のジレンマが浮き彫りになった。
また、韓国のこれまでの加工貿易的な経済発展が円滑な輸入に支えられてきたことを改めて印象付けるきっかけにもなった。
日本政府が7月1日に発表した対韓輸出管理強化で指定された3品目(すべてリスト規制品目。フッ化水素、フッ化ポリイミドおよびフォトレジスト)は、いずれも半導体製品やスマートフォンの製造に欠かせないものだ。
サムスンに象徴されるように、半導体依存を強めている現在の韓国経済の状況のもとでは、日本が規制した上記3品目の調達がまさに韓国経済のチョークポイント(急所)だった。
日本の措置が3品目の対韓輸出をただちに停止させるものではないにもかかわらず、韓国側が激しい反応を見せたのは、まさに「急所」を「狙い撃ち」したからだ。
日本の政治的意図については立ち入らないが、経済的な側面から見てもこれらの品目の調達に韓国側が死活的な重要性を認識していることは容易に理解できる。
今後の日韓の貿易や企業間の関係はどうなっていくのか。
8月28日から、韓国が、輸出優遇国であるホワイト国(グループA)から除外されたことで、全5388品目のうち、最大3514品目(HS2017の6桁基準)の工業製品の対韓輸出が、安全保障貿易管理の枠組み(キャッチオール規制)の対象となる。
2018年の韓国の対日輸入実績に即していえば、輸入総額545億ドルのうち、新たな規制対象は最大で531億ドル(総額の97%)に達する。
だが、キャッチオール規制では輸出許可が必要となるのは輸出者が自主的に判断した場合や経産省からの通知を受けた場合に限られる。
完成品に組み込んだ部材については、輸出許可申請が不要となる場合があるほか、包括許可制度(特別一般)も用意されている。
また、「第1弾」として輸出規制された半導体関連の3品目については、8月8日に一部案件に輸出許可が下りている。
こうしたことを考えると、日本政府の輸出管理の運用が韓国経済に打撃を与えることを、ことさらに意図するものではないとみられる。輸出許可に要する時間(原則90日)のロスはあるものの、実際に対韓輸出に支障が出るケースは限定的だろう。
素材や部品の国産化進める アジア通貨危機克服でも結束
だが、韓国側の反応は、ホワイト国からの除外で一層、激化している。部品・素材の国産化をはじめ、WTO提訴や日本での放射能汚染の懸念表明といった「対抗策」や、民間レベルでも、日本製品の不買運動、訪日旅行の自粛、日韓間の航空便減便などの動きが起きている。また、北朝鮮との連携などの奇策も取りざたされた。
日本ではこれらの多くは不発に終わると思われているようだ。また、日本側による一連の対韓措置も現在取りざたされているレベルでとどまるなら、関係者に大きな実害が出るとは考えにくいようにも思われる。
だがそれでも、筆者は一抹の不安を抱いている。
日本による対韓輸出管理の強化は、韓国人の民族的な自尊心を刺激し、主張の違いを超えて団結する力を与えた感がある。そして、それまで不可能だった難題をやすやすと成し遂げる「突破力」を持つに至るのではないか。
もしそうであれば、理性的な説得はもはや効果なく、日本のさらなる措置は逆効果となる可能性が高い。
今回の日韓紛争を通じて、韓国では「対日依存からの脱却」が民族的スローガンとなった可能性が高い。30年来牛歩のごとく進められてきた部品・素材の国産化が一気に進展するかもしれない。
不買運動や訪日旅行の取りやめも、対日依存脱却の文脈で考えると弾みがつくやもしれない。もしかすると、今回の日韓紛争をきっかけに韓国経済の在り方が大きく変わるかもしれない。
筆者がこのような考えを持つのは、1つには1997~98年のアジア通貨危機、その後の2008年のリーマンショック後の韓国経済の驚異的な回復がある。
アジア通貨危機の際は金(きん)集めや外貨現金回収、節電などに多くの国民が呼応したほか、企業も輸出に励んだ。その結果、韓国はIMFの緊急融資を繰り上げ返済する快挙を成し遂げている。リーマンショックの際もサムスン電子などが深手を負っていなかった途上国市場の開拓に成功して、先進国に先駆けてV字回復を成し遂げている。
景気の落ち込み大きいと 冷静な議論に戻る可能性
「突破力」の支えになりそうなのが、韓国の国際社会への工作の巧みさである。4月11日、WTO上級委員会は韓国による福島産などの水産物輸入禁止措置を不当とした紛争処理小委員会(パネル)の判断を破棄、日本は逆転敗訴している。
慰安婦問題で日本が劣勢に立たされているのも、韓国の市民団体をはじめとする国際世論工作が効いているためと思われる。
論点すり替えなどの無理を敢行することもあるが、国際世論を味方につける効用に比べれば大した問題ではないのだろう。
日韓紛争に関するWTOの判断が日本側の想定外のものとなったり、放射能汚染に関するネガティブ・キャンペーンが広まったりするなどの影響も、日本は想定せざるを得ないかもしれない。
日韓対立はかつてないほど険悪化しており、両国政府が政治的な解決を図れる臨界点を大きく超えてしまった感がある。だが一方で、経済の相互依存を考えると、経済の要素、例えば今後、起こるかもしれない大幅な景気の落ち込みが人々の冷静さを取り戻させるかもしれない。
日韓経済の現状を見ると、米中経済戦争の影響を強く受け、また文政権が打ち出した雇用重視の政策がうまくいっていない韓国が、より大きな不安要因を抱えている。
景気後退がリーマンショックのような大きなものとなった場合は、対日批判が影をひそめるかもしれない。ただ、これは日本への対立感情を人々が内面にしまい込むだけに終わり、将来的な対立の火種は残されることになる。
日韓紛争の長期化を見据え、備えを固める時なのかもしれない。
(亜細亜大学アジア研究所教授 奥田 聡)