2019年9月21日土曜日

トンキン湾事件を彷彿させる 米“サウジ攻撃”イラン犯行説

 9月14日、サウジアラビア東部の石油施設が攻撃を受け火災を起こした件については、イエメンの武装勢力 フーシ派10ドローンで攻撃したと声明を出しまし。イエメンは2015以降サウジアラビアなどアラブの「有志連合」の空爆を受けているので、今回サウジアラビアに反撃したからといって別に非難されるいわれはないわけです。
 ところがポンペオ米国務長官は即座にイランによる攻撃だと断定し、その翌日にはイスラエルとともに、イラクのシーア派民兵組織によるドローン攻撃だと主張するようになりました。ランではシーア派が主流なのでそれと連携していると言いたかったようですが、シーア派の中にも宗派の違いがあるので決して一枚岩という訳ではないということです。
 イランを攻撃・破滅させたい米国の好戦派は、先にはタンカー攻撃をいち早くイランの仕業だと宣伝し、今回の件でも盛んにイランの関与・犯行説を強調しています。トランプ政権のある高官は、14ABCのインタビューの中で、イランが10発あまりの巡航ミサイルと20機以上のドローン攻撃をサウジアラビアに行ったと語りました。
 
 何としてもイランが犯人だとしたいわけで、イスラム研究家の宮田 氏は、ベトナム戦争の北爆を正当化することになったトンキン湾事件を彷彿させる発言だとしています。
 トンキン湾事件は、1964年8月、北ベトナム沖のトンキン湾で北ベトナム軍の哨戒艇がアメリカ海軍の駆逐艦に2発の魚雷を発射したとされる事件で、それを口実にして米軍による北ベトナムへの空爆が開始されましたが、後にそれは米軍がデッチあげた事件であったことが明らかになりました。
 
 宮田氏は、「イランがその領土内からドローン攻撃を行えば、イランの石油施設が報復攻撃を受ける可能性もあり、イランが攻撃したとは考えにくい」としています
 また、かつて中東圏の大使を経験した天本直人氏も、「イランがみすみす米国やイスラエルの報復攻撃を招くような愚かな真似をするだろうか。あり得ないことだ」と述べています常識で考えてそうです。
 
 宮田 律氏の特別寄稿文を紹介します。
    (関係記事)
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トランプ騒乱の時代と中東、日本  
トンキン湾事件を彷彿させる 米“サウジ攻撃”イラン犯行説
宮田  日刊ゲンダイ 2019/09/20
現代イスラム研究センター理事長
 9月14日、サウジアラビア東部のアブカイクとフライスの石油施設が攻撃を受けた。2015年からサウジアラビアなどアラブの「有志連合」の空爆を受けるイエメンの武装勢力フーシ派が10機によるドローンで攻撃したと声明を出したが、ポンペオ米国務長官は、ドローンがイエメンから飛ばされたことを否定し、イランによる攻撃だと断定した。
 
 ところが、その翌日にはイスラエルとともに、イラクのシーア派民兵組織によるドローン攻撃だと主張するようになった。ポンペオ国務長官は、イランのイスラム共和国打倒と、イランとの戦争を視野に入れてきたが、6月の日本のタンカー攻撃についてもイランの犯行と断じた人物である。イラクのシーア派民兵組織の関与を指摘するようになったのも、シーア派の国であるイランが支援して行われた攻撃であるということを強調したかったに違いない。
 
 イスラエルのネタニヤフ政権は、親イランのイラクのシーア派民兵組織が隣国シリアで活動するようになって、イランの脅威が自国に差し迫っていることを強調するようになり、8月下旬にイラク北部のシリア国境近くでイラクの民兵組織「人民動員隊(PDU)」の施設を空爆した。このPDUは、IS(イスラム国)との戦いで主要な役割を担った組織で、イラク政府による支援を受け、15万人のメンバーを抱える。イラク政府軍の補助部隊のような存在で、対ISでは、米軍と実質的に共闘関係にあり、現在イラクに駐留する兵力5000人の米軍は、PDUなどISと戦う民兵組織に訓練を施すが、イスラエルは米軍と同盟する勢力にまで攻撃を加えたことになる。対外的な脅威をネタニヤフ首相が強調したのは、9月17日に行われたイスラエル総選挙を前に自らの政党への求心力を高めたかったこともあるだろう。イラクのマフディー首相は16日、ポンペオ国務長官との電話会談の中でイラクから攻撃を行われたことを強く否定した。
 
■食い違うトランプ政権高官の発言と衛星写真
 14日、トランプ政権のある高官は、ABCとのインタビューの中で、イランが10発あまりの巡航ミサイルと20機以上のドローン攻撃をサウジアラビアに行ったと語った。ベトナム戦争の北爆を正当化することになったトンキン湾事件を彷彿させる発言であるが、その後米国が衛星写真で明らかにしたのは石油施設の17カ所の損傷で米高官の発言内容とは数が合わない。
 
 トランプ大統領は、16日、「犯人の検証次第で臨戦態勢をとる(locked and loaded)、サウジアラビアからの連絡を待っている」とツイートしたが、ポンペオ国務長官とは異なってイランによる攻撃だと明言することは避けた。EUも中国も軽々に断定すべきではないという立場をとった。6月の日本タンカー攻撃もイランの犯行だとするポンペオ国務長官の主張を支持したのはイギリス、サウジアラビア、イスラエルなどごくわずかな国であった。
 
 フーシ派は、別名「アンサール・アッラー(神の支持者)」と呼ばれる組織で、イエメン北部のフーシ族の組織である。2011年の「アラブの春」の混乱の中で、次第に南部に勢力を伸長させ、2015年1月に首都サナアを制圧して政権を掌握したが、フーシ派のクーデターで倒されたハーディー大統領をサウジアラビアが支持した。サウジ主導の空爆が同年3月に始まり、これまでに8万人が犠牲となり、国民の半数が飢餓状態に置かれている。フーシ派にはサウジアラビアを攻撃する強い動機がある。16日、イランのロウハニ大統領は、「イエメンの人たちは(サウジなど)侵略者から自己防衛をしなくてはならず、その正当な権利を行使した」とフーシ派による攻撃を支持する発言を行った。
 
 報道などでは、イランがフーシ派を支援していることが強調されているが、イランはイエメンとは陸続きではない。イエメンへの海路はサウジアラビアなどの海軍が封鎖していることもあってイランからの武器や物資の供給は限定的なものにならざるをえない。フーシ派はイエメン国軍が蓄積した武器や兵士たちを引き継いでおり、正規軍に近い軍事力をもち、弾道ミサイルなどでサウジアラビアの空港施設などを攻撃してきた
 
 ポンペオ国務長官は、イエメンにおけるサウジアラビアなど有志連合の戦争が米国の国益にかなうと発言し、彼はイエメン紛争の責任がすべてイランにあると述べたが、イランのイエメン紛争への関与が薄いのは、地理的な条件とともに宗教的背景もある。シーア派といってもイランのシーア派は十二イマーム派で、イエメンのシーア派ザイド派とは異なり、預言者ムハンマドの後継者をめぐって十二イマーム派とザイド派は別の見解をもっている。ポンペオ国務長官らが言うようにシーア派だから一枚岩というわけではない
 
■報復を受ける恐れのあるイランの攻撃は考えにくい
 イランがその領土内からドローン攻撃を行えば、イランの石油施設が報復攻撃を受ける可能性もあり、イランが攻撃したとは考えにくい。石油施設は今回のサウジアラビアでの攻撃からもわかるように、それを軍事的に防衛することは非常に困難だからだ。イランには1980年代のイラン・イラク戦争で石油施設がイラク軍の空爆の重点的目標だったという苦い経験もある。
 ドローン攻撃が誰によって行われたか判然としないが、サウジアラビア東部の油田地帯には、イランにシンパシーを感ずるシーア派住民たちがいて、経済的に恵まれない彼らはイラン革命後に反政府デモや暴動などを繰り返したこともあった。イエメンのフーシ派と同様にサウジアラビア政府を憎悪する「動機」をもっていて、サウジアラビア政府もシーア派住民たちの破壊活動を極度に警戒してきた。
 
■日本にとっても切実な問題だ
 石油施設攻撃を受けて、16日には石油価格は15%以上も高騰したが、17日、サウジの石油生産量が当初より早く復活する見込みから5%あまり下落した。しかし、同様な攻撃が繰り返されれば、当然のことながら石油価格は上昇する。石油の全輸入の8割以上をペルシア湾に依存する日本にとって、ペルシア湾での大動乱は切実な問題である。1973年の第一次石油ショックの後には戦後最大の不況となり、また1990年、イラクのクウェート侵攻による湾岸危機では石油価格高騰への懸念から株価が一挙に下がりバブル崩壊を招いた。サウジアラビア、米国とイランの対立は日本としても予断を許さないだろう。
 
 宮田   現代イスラム研究センター理事長
1955年、山梨県甲府市生まれ。83年、慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻修了。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院修士課程修了。専門は現代イスラム政治、イラン政治史。「イラン~世界の火薬庫」(光文社新書)、「物語 イランの歴史」(中公新書)、「イラン革命防衛隊」(武田ランダムハウスジャパン)などの著書がある。