2020年6月30日火曜日

米軍撤退引き留めと沖縄への負担の押し付けに終止符を(琉球新報)

 沖縄戦から75年、日本復帰から48が経つ現在も依然として狭い沖縄に在日米軍専用施設面積の7割が集中しています
 沖縄の負担軽減はなぜ進まないのかその本質が浮かび上がる歴史の事実が米公文書を分析した東京工業大の川名晋史准教授によってまた明らかにされました。

 1971年に嘉手納基地に東京の米軍横田基地からF4戦闘機部隊が移駐しましが、米側は当初米本国や米領グアムを検討していたということですしかしそれを押しとどめたのが日本政府でした。
 在沖米軍基地面積の約7割を占める海兵隊は、上記時期の他、米兵少女乱暴事件を受けた90年代後半米軍再編協議のあった2000年代半ば以降米関係者から撤退・削減案が浮上しましたが、日本政府は水面下でそれを阻止して来ました。

 日本総研会長の寺島実郎氏はかつてサンデーモーニングで「日本には安保で喰う人たちがいる」と述べました。いわば米軍が日本からの撤退を計画する度にそれを押し留めてきた勢力のことです。
 一時期(2009年8月~2012年12月)民主党政権が生まれたとき、最初の首相の鳩山由紀夫氏が何か新しい政策を目指す度に、「そんなことをすると米国が怒る」と必死に止めたのが民主党内に巣くっていたその連中でした。彼らはそれなりの使命感をもっていたのかも知れませんが、何故、そして何を怒るのかさっぱりわかりませんでした。
 ジャーナリストで民主党の成立にも関与した高野孟氏が、「怒らせておけばいいじゃないか」とブログに書いていましたが、それ以外に言いようのないものでした。

 その点、米軍の駐留経費のアップ要求に対して、「13%アップが限度。購入兵器代の支払いもコロナ禍で財政が困窮しているので遅らせて欲しい」と堂々と主張する韓国政府は立派です。
 日本の右翼(極右)は何故米軍の撤退にそれ程反対するのでしょうか。そもそも国家の自主独立を望まない右翼というのがあり得るのでしょうか。

 琉球新報が「米軍撤退の引き留めるは止めよ・沖縄への負担の押しつけに終止符を」とする社説を掲げました。
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<社説> 米軍撤退引き留め 負担押し付けに終止符を
琉球新報 2020年6月29日
 沖縄戦から75年、日本復帰から48年たつ。だが依然沖縄に在日米軍専用施設面積の7割が集中している。負担軽減はなぜ進まないのか。その本質が浮かび上がる歴史の事実がまた明らかになった。
 復帰前年の1971年5月、これにより本土から米空軍戦闘機は消え、沖縄の基地機能が強化されていった。嘉手納のF4はその後F15に変わり、これが現在に至っている。沖縄に負担を押し付ける構図に、終止符を打たなければならない。
 71年のF4移駐を巡って今回、米側が当初、米本国や米領グアムを検討していたことが分かった。東京工業大の川名晋史准教授(国際政治学)が米公文書を分析した。川名氏は、米軍撤退を不安視する日本に配慮する米側の政治的措置だったと指摘している。
 首都圏の米空軍基地を整理・統合する「関東計画」が進んでいく時期だ。日本本土では米軍関連の事故にベトナム反戦運動や安保闘争などが重なり、反基地感情が高まっていた時期でもある。国内の政治問題化を避けるため、沖縄に基地を集約させていった政府の思惑がうかがえる。
 一方、在沖米軍の撤退や削減などの負担軽減案が米政府内で何度も検討されながら、日本側が引き留めてきた歴史も外交文書や当局者の証言などで明らかになっている。
 復帰に際して、那覇空港に配備されていた米海軍P3B対潜哨戒機の移駐先として米側が岩国(山口)や三沢(青森)を検討していながら嘉手納に変更された事例がある。
 72年1月の日米協議で福田赳夫外相(当時)はこの問題に触れて、佐藤栄作首相(同)の地元岩国などへの移転は「政治的な問題を生じさせる」と拒んだ。こうした基地負担を巡る沖縄と本土の二重基準は今も続く構図である。差別以外の何物でもない。

 在沖米軍基地面積の約7割を占める海兵隊は70年代に米政府内で撤退が検討されたが、日本側が引き留めている。少女乱暴事件を受けた90年代後半、米軍再編協議のあった2000年代半ば以降も同様だ。米関係者から撤退・削減案が浮上するたびに、水面下で日本政府が阻んできた。負担軽減の芽を長年摘んできた責任は重大だ。
 F4が嘉手納に移駐した71年5月、佐藤首相は琉球政府の屋良朝苗主席から基地の整理縮小について要請を受け「本土の(基地)負担を沖縄に負わすようなことはしない」と表明した。だが約束は今も果たされてはいない。
 現在、安倍政権は県民が繰り返し示す民意に反して辺野古の新基地建設を推し進めているが、軟弱地盤の存在などで技術的にも財政的にも完成は見通せない。安倍晋三首相にとっては、大叔父に当たる佐藤首相の約束を今こそ果たし、沖縄への負担の押し付けを改める好機であるはずだ。