2020年9月20日日曜日

始動 菅政権(1~2) 官邸主導・“負の遺産”継承(西日本新聞)

  西日本新聞が「始動 菅政権」を4回シリーズで取り上げました。その1回目と2回目を紹介します。

 第1回目は「官邸主導」です。安倍政権が完成させたという官邸主導を、先頭に立って進めたのが他ならぬ菅氏でした。今後一層強まるのは明らかです。しかし菅氏自身が提唱したふるさと納税の件で、意見具申したことが怪しからんとして平嶋彰英総務省自治税務局長(当時)を左遷した事例は、余りにも狭量で陰険に過ぎました。そんなことが繰り返されるようでは暗黒の政権になることでしょう。

 第2回目はアベノミクスの後始末の問題です。そもそも出口論を持たないままにスタートしたアベノミクスは、デフレ脱却に何の成果も上げないまま張本人が途中退場したのでした。平時であっても「戸締り」を始めた途端に大暗転するアベノミクスなので、現下の状況では当面は継承するしかないようです。

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「権力の使い方熟知している」官僚たち恐々 菅氏、官邸主導に大号令(1)

西日本新聞 2020/9/18

始動 菅政権(1)

 「まさに身の引き締まる思いだ」。自らの政権が本格始動した17日朝、菅義偉首相は官邸で報道陣にこう覚悟を語ると、矢継ぎ早に閣僚を呼び「今まで霞が関でやったことのないスピードでやってくれ」と指示を飛ばした。

 平井卓也デジタル改革担当相に、政府のデジタル化を一手に担う「デジタル庁」の発足作業を急ぐよう命令。田村憲久厚生労働相にも、不妊治療への保険適用の検討加速を求めた。河野太郎行政改革担当相は早くも、省庁の弊害を国民から吸い上げるオンライン目安箱「縦割り110番」を開設した。

 内閣の「番頭格」である加藤勝信官房長官は昼すぎ、官邸ホールで官僚ら約170人を前に訓示した。「皆さんに求められているのは縦割りを排する、前例踏襲しない、さらには規制緩和。事が決まれば、果敢に」 菅氏が16日夜の記者会見で力を込めた改革姿勢を、官邸主導というエンジンで押し出していくとの宣言だった。

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 行政権力を官邸に集中し、トップダウン型で迅速に政策を実行する官邸主導。橋本龍太郎政権に源流を持ち、菅氏が継承するとしている安倍晋三政権の下で一つの完成形を見た統治手法だ。内閣人事局を通じた省庁の人事コントロール、絶対忠誠を誓う「官邸官僚」の存在が特徴。司令塔は政府ナンバー2の官房長官、菅氏その人であった。

 これから、官邸主導はさらに強固になる-。ある種の畏怖の感情を伴い、霞が関では既に予測が広まりつつある。政府高官は「(菅氏らに相当程度を委ねていた)安倍さんと違い、トップに立った菅さんは自身で官邸主導の大号令を掛けているからだ」と話す。

 「菅流官邸」の権力構造も大きく変わりそうだ。安倍氏の「懐刀」と評された今井尚哉、日ロ経済協力などの交渉を担った長谷川栄一の両首相補佐官、スピーチライターの佐伯耕三秘書官が、主とともに官邸の中枢を離れることになった。経済産業省出身の3人に由来し、「経産省政権」の名称が定着するほど重きをなした存在だった。

 一方、警察出身で省庁に広くにらみを利かせる杉田和博官房副長官、菅氏の名代として市街地再生から米軍再編まで携わる元国土交通省の和泉洋人首相補佐官は続投。国交省の若手官僚は「菅氏も含め、権力の使い方を熟知している人たち。戦々恐々ですよ」と省内の空気を代弁した。

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 「選挙で民意を受けた政治家に官僚は従うべきだ」。常日ごろ、官邸主導の正当性を強調してきた菅氏。「まっとうな意見。あるべき行政の姿だ」(内閣府幹部)と受け止める官僚は実は多い。問題は、安倍政権で行き過ぎて暴走し、「忖度(そんたく)」の横行や文書改ざんの問題という深刻な副作用につながったこと。加えて菅氏は首相就任直前、政権の決めた政策の方向性に反対する省庁幹部は「異動してもらう」と断言している。同じ事態が繰り返されない保証はない。

 総務省自治税務局長だった2014年、ふるさと納税で後に問題化する返礼品競争を懸念して菅氏に意見具申し、その後、昇進ルートを閉ざされた平嶋彰英氏(62)は危ぶむ。「政策の検討過程で進言、忠言することさえできなければ、菅政権は独裁になる」 (湯之前八州、一ノ宮史成、前田倫之)

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 「国民のために働く」をうたう菅内閣。7年8カ月の安倍政権の何を引き継ぎ、変えるのか。4回にわたり探る。

 

「スガノミクス」先行き多難 安倍政権から“負の遺産”継承(2)

西日本新聞 2020/9/19

始動 菅政権(2)

 菅義偉首相が誕生した16日の東京株式市場は、上々の滑り出しをみせた。日経平均株価は一時2万3500円を上回り、新型コロナウイルスの世界的流行で暴落する前の水準に迫った。「アベノミクスが継承されることが歓迎されている」。市場関係者たちはこう口をそろえる。

 日銀の大規模金融緩和がけん引する形で、円安株高の流れを生み出したアベノミクス。新型コロナウイルスの流行下でも堅調な株価を支えてきただけに、8月28日午後、安倍晋三前首相の辞任意向がテレビで報じられると、日経平均株価は600円超急落し、一時は2万2600円を割り込んだ。アベノミクスが終わるのか-。市場にはそんな不安が広がったが、菅氏は「継承する」と言明。日本経済の成長を下支えする規制改革を強力に進める方針も強調し、市場を落ち着かせることにひとまず成功した。

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 「新型コロナウイルスの感染拡大、戦後最大の経済の落ち込みに直面している。危機的な状況に全身全霊をかけて取り組んでほしい」。菅首相は18日、首相官邸に各省庁の事務次官を集め、険しい表情でハッパを掛けた。コロナ禍で実質国内総生産(GDP)は500兆円を割り、第2次安倍政権発足前に後戻り。飲食や旅行など多くの業界が需要減に苦しみ、破綻の足音におびえている。コロナ関連の解雇や雇い止めは5万人を超えても増勢が止まらない。

 日本経済の長期停滞が危ぶまれる中、金融緩和の縮小は円高株安を招きかねない。目先の経済対策には歳出の拡大も必要になる。金融緩和と財政出動が支えたアベノミクスは「継承せざるを得ない」(エコノミスト)のが実情だ

 金融緩和の先導役を務める黒田東彦日銀総裁は、安倍前首相の退陣で早期辞任論も一部で浮上したが、17日午後の会見で菅政権と「しっかり連携しながら政策運営したい」と強調。大規模緩和を続けるとのメッセージを国内外に発信した。

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 前政権から受け継いだ「負の遺産」の後始末も菅氏に重くのしかかる。コロナ対策のための大規模な財政出動で、政府の2020年度の歳出総額は160兆円に上り、債務残高は税収の約15年分に相当する964兆円に増える見込みだ。コロナ禍が長引けば長引くほど歳出圧力は強まり続け、借金もかさむ。

 菅氏は総裁選中にテレビ番組で、将来の消費税増税の必要性に言及したが、翌日に「今後10年ぐらいは必要ない」と慌てて修正。財政健全化の道筋は示せておらず、財務省幹部からは「社会保障や財政再建と一緒に消費税を議論してほしい」と本音が漏れる。アベノミクスは「第3の矢」とされた成長戦略が道半ばで、金融緩和の出口や財政再建の道筋も描けないまま終わりを迎えた。菅氏はこうした難題も引き継いだ格好だが、解決策についての言及は乏しい。

 デジタル化、地方銀行の統合再編、携帯電話料金値下げ…。菅氏が掲げる政策は具体的だが、「スガノミクス」の全体像は見えないまま。第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストはこう訴える。「今のところ、菅氏の成長戦略に関する政策はすべて小粒だ。足元の消費を喚起する経済対策から負の遺産への対処まで、経済再生の大きな方針をなるべく早く明らかにしてほしい」 (中野雄策)