2020年9月22日火曜日

日本の人質司法 検察刷新会議で議論されている改革の焦点

  東洋経済オンラインに「日本の『人質司法』は一体何がどう問題なのか 検察刷新会議で議論されている改革の焦点」と題する記事が載りました。そこでは人質司法以前の問題として「検察倫理」の問題が取り上げられています。

 指宿信・成城大学教授によれば、諸外国には検察官倫理」の規定があるのに対して日本にはなく、代わりに「検察の理念」なるものがあります。しかしそれは非常に抽象的なもので、全て検察官個人の良識、良心に委ねられているという、いわば検察性善説に基づくものです。問題はその「良識、良心」ですが東京新聞の二つの記事が示す通りその実態は惨憺たるものです。

 特に地検特捜部のやり方は典型的で、彼らはまず自分たちで犯罪のストーリーを作り上げ、その線に沿った調書を作りそれを被疑者に認めさせようとします。そしてそれを否認する人に対してはいつまでも勾留を解かないという悪名高い「人質司法」で追い詰めます。そうされれば通常の勤め人は一家の家計を支えるために偽りの自白をするしかありません。日本の裁判では検事調書が最重要視されるので必然的にことごとく有罪となり、刑事司法における有罪率999%というあり得ない事態が常態化しています。国家権力が作る冤罪です。

 記事の中に「押収した手帳を手に不倫を妻にばらすぞと脅して自白を迫った」例が出ていますが、結婚適齢期の子女を持つ人には「結婚できなくさせる」などと脅迫する例など、ありとあらゆる手を使うようです。検事たちがそれほど非道なことをするのは、「自白させた」という功名心を満足させるためです。いやしくも法曹でありながら自分の利益のためにそこまで人権をないがしろにするとは浅ましい限りです。

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日本の「人質司法」は一体何がどう問題なのか 検察刷新会議で議論されている改革の焦点

東洋経済オンライン 2020/09/20

 黒川弘務・前東京高検検事長の賭け麻雀問題や、元日産自動車CEOのカルロス・ゴーン被告に対する取り調べ方法が国際的な批判を浴びたことなどをきっかけに、法務省がこの7月法務・検察行政刷新会議」を発足させ、議論を続けている。

 これまでの3回の会議では、身体拘束を長期間続け、密室での自白を迫るいわゆる「人質司法」にも話が及び、取り調べ時の弁護人同席について議論を求める意見も出ている。この問題について長年、倫理的側面から考えるべきだと指摘している指宿信・成城大学教授(刑事訴訟法)に話を聞いた。

「弁護人同席は倫理的な問題」

 森まさこ法相の私的諮問機関として設置された「刷新会議」は、8月27日までの3回目会議を経て、今後、座長らが論点を取りまとめる見通しだ。

 森法相は刷新会議の目的について、カルロス・ゴーン被告に対する日本の刑事司法の在り方への国際的な批判などを念頭に「国民の期待を担う令和時代の新しい法務・検察行政のあり方」への議論を促している。法相が掲げたポイントは ①検察官の倫理、 ②法務行政の透明化、 ③刑事手続きについて 国際的な理解が得られるようにするための方策──の3つだ。

 検察官倫理に関する海外の動きに詳しい指宿教授は「黒川問題も根源的には、日本に検察官の倫理的規制がないことが原因」と話す。これはどういう意味だろうか。指宿教授に少しずつ解きほぐしてもらおう。

 ──刷新会議の議論をどのように見ていますか。

 「2010年に起きた大阪地検特捜部の主任検事による証拠改ざん事件後、『検察のあり方検討会』が設置されました。その時にも、私は検察官倫理を作るべきだと提案していました。今回もこの議論をすべきだと思います。諸外国には、検察官に対する倫理的な規定がある。他方、日本では検察官個人の良識、良心に委ねられています。コンプライアンスが重視される時代なのに、考えられない状態です」

 「そもそも日本には、検察官倫理という言葉をタイトルに入れた論文が、それまで1本もなかったのです。法曹倫理や弁護士倫理はあるのに、検察官倫理はない。国家公務員の一般的な倫理しかないのです。(検察官は絶対に間違わないという)無謬主義であると同時に、検察官は不正をしないという神話、信仰があるのでしょう」

 検察官の倫理とはどのようなものか。指宿教授は法曹専門雑誌『自由と正義』の2011年1月号で、その定義を「法の支配と人権を尊重する基本的な義務と責任」と示している。

 大阪地検特捜部の証拠改ざん事件に関して設置された「検察の在り方検討会」の提言に基づき、検察庁は2011年9月、「検察の精神及び基本姿勢を示すもの」として、「検察の理念」を策定した。しかし、指宿教授は「倫理規定は行動指針でなければいけない」と言う。

 ──「検察の理念」を策定し、活用していると主張していると法務省は説明してきました。これについては?

 「『検察の理念』は非常に抽象的です。考え方を示すのも大事ですが、具体的にどう行動するのかを盛り込まなければいけない。イギリスやアメリカなどには検察官に対する倫理規定があり、公表されています」

重要な意思決定のルールは検察官にも必要

 ──国際標準の倫理規定は、実務上の手続きを定めているのでしょうか。

 「すべてではありませんが、そのとおりです。重要な意思決定についてのルールは、検察官にも必要です。保釈規定をどうするか、証拠の開示はどうか、訴追の決定に当たってどんな考慮をすべきか、報道機関との接触についてはどう考えるか。そういった内容です。検察官に求められる責務について、日本も参加している国際検察官協会(IAP)は具体的な基準を公表していますし、国連でも議論されています。しかし、日本ではまったく議論されていません

 ──IAPの基準とは、具体的にどんな内容なのでしょうか。

 「例えば、証拠開示については、開示のための法制度がなくても、倫理上、検察官には証拠開示義務があるとしています。IAP基準は、国連犯罪防止刑事司法会議が2008年に『訴追機関の廉潔性と能力の改善を通して法の支配を強化する』決議案を採択した際、添付資料として配付されています。国連もIAP基準を認めているということです」

 「アメリカには全米法曹協会(ABA)にも法曹行動準則という基準があります。証拠開示に関しては、弁護士も検察官もこれを順守しなくてはなりません。この基準は2008年に改訂され、無罪の可能性を示す証拠は判決確定後も開示することが義務付けられました」

 「日本では、こうした基準は検察庁が内部通達で規定しています。例えば、最高裁が2007年、取り調べ時の検察官作成のメモを証拠開示の対象にすると決定した後、検察庁は2008年7月と10月に内部通達を発し、『メモは内部文書』として廃棄を許容する指針を打ち出しました。国際基準に反しているし、この通達自体が公表されてない。指針は公表されることが重要なのに、情報公開請求をかけても指針の詳細は出てきません。ほかにどのようなものがあるのか、わからないのです」

 刷新会議におけるこれまでの議論では、検察官倫理に関し、諸外国の倫理規定に比べて項目が少なく抽象度が高い、具体性がないなどの批判が出ているが、警察出身の委員はこうした意見に反論している。

 しかし、先進国では当たり前の権利である「弁護人の同席」が認められない現実に対し、海外からは「人質司法の一環だ」として強い批判が絶えない。先進国だけではない。前回8月19日の記事(取り調べ「弁護人立ち会い」認めない日本の問題)でも紹介したように、東アジアでは「弁護人の同席」を認めていない国は中国と北朝鮮、そして日本しかない

 ──取り調べ時の弁護人の同席について、倫理面からはどう考えればいいのでしょうか。

 「弁護人の同席について、日本はアメリカに比べると50年は遅れていると言っていいと思います。弁護士については、日本弁護士連合会が定めた『弁護士職務基本規程』という倫理規定がある。違反すれば懲戒処分もあります。この基本規定の52条、相手側に代理人が付いているときには代理人抜きで会ってはいけないというのは弁護士倫理の基本の『き』です」

 「検察官も法曹なので、法曹倫理を定めた基本規定を尊重すべきだと思います。被疑者に弁護人(代理人)が付いているときに、弁護人抜きで話をしてはいけない。これは法律ではなく倫理の問題です。ところが、民事では必ず守られなければいけない法曹倫理が、刑事は別だということになっているのです」

 「これまで弁護人の同席については、倫理的アプローチを取ってきませんでした。取り調べ時の録音録画は『記録』であって、被疑者の権利ではありません。でも、弁護人から助言を受けるのは被疑者の権利です。検察官にはこの権利を尊重する倫理的義務がある。少なくとも法曹である検事の取り調べでは、弁護人が同席すべきです」

 ──刷新会議では、弁護人の同席など刑事手続きについての議論は、専門家の集まる法務省の法制審議会に任せるべきだとの意見もあります。

 「まったく逆です。全員が専門家ではない刷新会議でこそ、弁護人同席について議論すべきです。そもそも弁護人の同席を認めるかどうかは法律の問題ではないので、法制審議会で議論する問題ではないと思います。刷新会議には民間人が多いので、その強みを生かして独自の見解を出せばいいのではないでしょうか」

 「そもそも刷新会議のような開かれた場は本来、常設されるべきものだと思います。イギリスでは検察官に対する査察制度があり、毎年、評価をしています。査察は検察の中の人ではなく、独立した検察査察官が行います。日本でも外部の有識者、非法律家が日常的に検察庁の部屋に入ってチェックできるような制度が導入されるべきだと思います」

説明責任が果たされ透明性があれば広報は必要ない

 ──ゴーン被告に対する処遇が海外から批判を浴びた際、法務省は誤解に基づくものだと主張していました。今回の刷新会議でも、広報のあり方がテーマに含まれています。

 「広報の仕方という話ではありません。説明責任が果たされて透明性があれば、とくに広報は必要ないんです。疑うのならこの報告書を読んでくれ、と言えるくらいの査察制度や監査制度を持っていればいいんです。『批判は当たらない』と言うのであれば、自浄作用や透明性を自分たちで示していかないといけない。査察制度や監察官や独立した第三者による評価が用意されていないと、反論に正当性はありません」

取材:木野龍逸=フロントラインプレス(Frontline Press)所属

 

無実の勾留164日「検察権力は抑制的に使って」 元厚労次官・村木厚子さんの訴え 証拠改ざん事件10年 

東京新聞 2020年9月21日

 大阪地検特捜部の検事による郵便不正事件の証拠改ざん発覚から、21日で10年。事件で冤罪に巻き込まれた元厚生労働次官の村木厚子さん(64)が本紙の取材に応じ、「検察は人の人生を左右させる強大な権力を持っている。権力を使う際は恐れをもってほしい」と語った。(小沢慧一)

 事件後に復職した厚労省を退職し、現在は津田塾大(東京)で客員教授を務める村木さん。「授業の準備で忙しいのよね」と笑顔で同大の会議室に現れ、164日間に及んだ大阪拘置所での日々を静かに振り返った。

◆供述調書、検事が勝手に作文

 「私の仕事はあなたの供述を変えさせることです」当初から一貫して無実を訴えていた村木さんに、担当検事は2009年6月14日の逮捕直後、そう言い放ったという。既に自身の疑惑が報じられており、出頭要請の際は「やっと検察に話を聞いてもらえる」と期待もしたが、「耳を傾けてくれる気はないんだ」と絶望した。それでも「全く身に覚えがない」と容疑を否定し続けたが、検事はメモすら取らずに「なぜあなただけ記憶が違うのか」「否認していると刑が重くなる」と自白を迫った。驚いたのは、起訴後に目を通した部下らの供述調書。「村木に指示されてやった」「村木に『よろしくお願いね』と頼まれた」などと、ありもしないことが書かれていた。「なぜみんなうそをつくの」―。接見の際にそうこぼすと、弁護人は「誰もうそなんかついていない。検事が勝手に作文し、そこから作文を認めるかどうかの交渉が始まるんだ」と言った。

 さらに裁判資料を読み進めると、検察のストーリーが破綻していることをうかがわせる文書が見つかった。フロッピーディスク(FD)データの捜査報告書だ。部下が偽造証明書を作成した日時が書かれていたが、村木さんが作成を指示したとされる起訴内容の時期よりも前だった。大阪地裁の初公判で弁護人がこの矛盾を突きつけ、証人尋問では部下らが次々と「調書は検事の作文」「村木さんとのやりとりは全部でっち上げです」と告白。10年9月10日、村木さんは無罪となった。

◆本当の問題はうその調書を組織的に作成したこと

 最高検が同月21日、FDを改ざんした証拠隠滅容疑で前田恒彦検事(当時)を逮捕。村木さんは「改ざんは個人がやったこと。本当の問題は、検察が見立て通りの事件をつくるために、事実と異なる調書を組織的に作成したことです」と語気を強める。事件後、捜査手法の問題点がクローズアップされ、無理な取り調べをしていないかチェックする仕組みとして、一部事件での取り調べの録音・録画が法制化された。「適正な取り調べの第一歩になったとは思う。でも、まだまだ。すべての刑事事件にまで広げないと。弁護人の立ち会いも認めるべきです」と訴える。

「メディアも当局から流された情報だけに乗るのではなく、節度ある取材や公正な報道を心掛けてほしいですね」と苦言を呈しつつ、検察にこう注文した。「人には必ず弱い面がある。弱いところを突かれれば、うその自白をしてしまうことはあると思う。検察は事件の教訓を忘れず、冤罪を生み出さない努力をしてほしい」

 大阪地検特捜部検事の証拠改ざん事件 元厚生労働次官の村木厚子さんが郵便不正事件で無罪になった直後の2010年9月21日、大阪地検特捜部の検事(当時)が証拠品のフロッピーディスクを改ざんしたとして逮捕された。元検事は証拠隠滅罪で懲役1年6月の実刑が確定。元特捜部長と同副部長は、改ざんが故意と知りながら過失として処理したとして犯人隠避罪に問われ、執行猶予付きの有罪判決を受けた。最高検は同年12月の検証報告書で「村木氏を起訴すべきではなかった」と指摘した。

 

「倍返しにしてやる」 検事は怒鳴って顔を近づけた 証拠改ざんから10年、道半ばの検察改革

東京新聞 2020年9月21日

 大阪地検特捜部検事(当時)による証拠改ざん事件後、最高検は「誘導で客観証拠と整合しない調書が作成された疑い」を認め、「当初の見立てに固執しない捜査」を約束した。だが、東京地検特捜部に近年逮捕された男性は「密室の取調室で、検察が勝手に作った調書にサインさせられた」と証言する。改ざん事件発覚から10年。無理な取り調べは今も続いているのか。(小沢慧一、山下葉月)

◆「筋書きに合わないと聞いてもらえない」

 「倍返しにしてやる」「どうなっても知らねえぞ」2年前に収賄容疑で特捜部に逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けた元文部科学省幹部の川端和明氏(59)は、検事からそうすごまれたと振り返る。賄賂の認識はなく、便宜を図ったこともないと主張すると、検事は「被疑者のくせに、ふざけんな」と怒鳴り、机をたたきながら顔を近づけてきたという。

 結局、賄賂の見返りに便宜を図ったように取れる供述調書が作成された。川端氏は「調書の内容を否定すれば、保釈が認められない上により重い罪を作り上げられるのではと思い、しぶしぶサインした」と話す。取り調べは録音・録画(可視化)されていた。弁護人が「調書は検察の作文だ」と訴えたところ、検察は証拠請求せず、公判での証拠とはならなかった。川端氏は「取り調べは調書ありき。検察の筋書きに合わないことは、聞いてもらえなかった」と語った。

◆「客観証拠で立証できる」と検察は主張

 証拠改ざん事件で浮かび上がった「誘導による調書」。特捜OBの郷原信郎弁護士は「30年前は、押収した手帳を手に『不倫を妻にばらすぞ』と脅して自白を迫ったり、『白旗あげろ』と叫んだりする検事もいた」と眉をひそめる。

 改ざん事件を受けて2010年11月に発足した「検察の在り方検討会議」は、供述調書への過度の依存を見直すよう提言。法制審議会の特別部会での議論などを経て昨年6月、検察の独自捜査事件などに限り、逮捕後の全過程で取り調べを録音・録画する改正刑事訴訟法が施行された。ある検察幹部は「自白の強要など、やりようがない」と語り、別の幹部も「今はデジタル技術の発達で、衛星利用測位システム(GPS)記録やメール記録などの客観証拠が集めやすくなった。供述に頼りすぎなくても十分に立証できている」と強調する。

◆「密室」に風穴が必要

 検察は改ざん事件で失墜した信頼の回復を図るが、日産自動車の元会長カルロス・ゴーン被告を巡る事件では、否認すれば勾留が長引くとされる「人質司法」が批判を浴びた。河井克行元法相夫妻の買収事件では、現金を受け取ったとされる地元議員ら全員を起訴せず、裁判で有利な証言をさせようと「裏取引」をしたとの疑念もくすぶる。大阪大の水谷規男教授(刑事訴訟法)は「容疑者は狭い取調室で長時間、検事と向き合わざるを得ない。検事に迎合して虚偽の自白をする恐れは常にある」と指摘。「密室に風穴をあけない限り、虚偽自白による冤罪は防げない。そのためには、全事件での録音・録画や弁護人の立ち会いが必要だ」と指摘した。