アメリカ・ウィスコンシン州で8月23日、アフリカ系男性ジェイコブ・ブレイクが、警察官に背後から銃撃され半身不随の重症を負うという事件が起きたとき、プロテニス選手の大坂なおみがツイッターで、〈私は明日、準決勝の試合をする予定でした。しかし、私はアスリートである前にひとりの黒人女性です〉として、抗議するために8月27日に予定されていたウエスタン&サザン・オープン戦(全米オープンの前哨戦)の準決勝をボイコットすることを表明しました。米国の男子プロテニス協会、女子テニス協会、全米テニス協会は、この大坂の勇気ある行動を受けて連名で「テニス界は結束して、人種的不平等や社会的不公正と対峙する」とする声明を出し、27日に予定されていたすべての試合を、翌日以降に延期することで大坂の反差別に連帯しました。大坂はそれを受けて戦列に復帰し準決勝を勝ち抜きましたが、怪我のため決勝戦は棄権しました。その後に行われた全米オープン(世界4大大会)には、大坂は警官や自警団に殺害された黒人犠牲者の名前をプリントした7枚のマスクを1戦毎につけ変えて、日本時間の13日朝、ついに決勝戦を制し2年ぶり2回目の優勝を果たしました。
大坂の黒人差別抗議は別に8月23日の事件が起点ではなく、それ以前から一貫しています。しかしながらサザン・オープン戦準決勝ボイコットを報じた日本のマスコミ、評論家、スポンサーの反応は冷ややかなもので、それは人種差別問題に対する日本人の意識の低さを示すものでした。大坂の黒人差別抗議活動に注目してきたLITERAが取り上げました。
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全米決勝進出! 大坂なおみの「黒人差別抗議マスク」に冷ややかな反応しかしない日本のマスコミとスポンサーの意識の低さ
LITERA 2020.09.13
テニスの大坂なおみ選手が、全米オープンで2年ぶりに決勝に進出した。決勝は日本時間13日早朝におこなわれる予定でまだ勝敗はわからないが、いずれにしても、この間の大坂の戦いの軌跡は、まちがいなく歴史に残るものだ。2回目の全米決勝進出だからではない。テニスプレーヤーとして大きな大会の試合に取り組みながら、同時にこれまでだれもやらなかったかたちで反差別のメッセージを発信し続けたからだ。
大坂選手は、1回戦、今年3月に自宅で寝ていたところを警察官に撃たれて死亡したアフリカ系女性ブレオナ・テイラーさんの名前が、白抜きでプリントされた黒いマスクをつけて登場。全米オープンの決勝戦までの7試合につけるため、黒人差別・ヘイトクライムによって命を奪われた犠牲者たちの名前を記した7枚のマスクを用意したことを明かし、「(犠牲者が多く)7枚のマスクでは数が足りないことを、とても悲しく思います。なんとか決勝まで勝ち残り、すべてのマスクを見せたい」と語っていた。
その後、大坂選手は宣言どおり勝ち続け、2回戦では昨年8月にコロラド州で警察官に首を絞められ死亡したイライジャ・マクレーンさん、3回戦には今年2月ジョージア州でジョギング中に白人男性に射殺されたアマード・アーベリーさん、4回戦にはBLM運動の始まるきっかけとなった2012年フロリダ州で自警団に射殺された高校生トレイボン・マーティンさん、準々決勝にはBLM運動拡大のきっかけとなった今年5月ミネソタ州で警察官に殺害されたジョージ・フロイドさん、準決勝では2016年にミネソタ州で職務質問中に射殺されたフィランド・キャスティルさんの名前が、それぞれプリントされたマスクをつけてコートに立ってきた。そして大坂は13日、宣言通りに7枚目のマスクをつけて、決勝戦に臨む。それだけでもすごいことだが、しかし、それ以上にもっと評価したいことがある。それは大坂がここにいたるまでずっと悪辣な攻撃や冷ややかな反応にさらされていたにもかかわらず、まったく怯むことなく真っ向から戦い続けてきたことだ。
大坂の黒人差別への抗議行動が初めてクローズアップされたのは、今年5月25日にアメリカ・ミネソタ州ミネアポリスでアフリカ系男性ジョージ・フロイドさんが警察に殺害されたことをきっかけに全米に広がっていった黒人差別への抗議運動、Black Lives Matterに参加したことだった。
詳しくは既報を読んでいただきたいが(https://lite-ra.com/2020/06/post-5459.html)、ツイッターなどで繰り返し差別への抗議を熱心に発信し、路上の抗議運動にも参加。大坂選手のツイートには、彼女の知性とセンスを感じさせるユーモアを交えながらも、その言葉には強い怒りと切実さがハッキリと込められていた。たとえば、恋人であるラッパー・YBNコーディの〈もはや沈黙は裏切りだ(there comes a time when silence is betryal)〉という投稿をリツイート(5月29日)するなど、大坂選手は差別そのものに怒っているのはもちろん、差別に対していまもまだ多くの人が沈黙していること、さらに多くの人が大坂選手に沈黙を強いてくることにも、強い違和感を吐露していた。自身が差別への抗議を表明するとともに、繰り返し大坂選手が訴えていたのは、差別をなくすために、沈黙するのではなく、もっと多くの人に発言してほしい、動いてほしいということだった。
抗議の意思を示すためにたったひとりで全米オープンの前哨戦ボイコットを表明
こうした行動に、アメリカや日本のネトウヨから「スポーツに政治を持ち込むな」「日本には差別はない」などとクソリプが多数送りつけられたが、大坂選手は敢然と反論、口をつぐむことはなかった。7月にも「Esquire」に寄稿し、ジョージ・フロイドさんの死の数日後にミネアポリスに飛んでいたことを明かし、「差別主義者でない」というだけでは、十分じゃない。私たちは「反差別主義者」でなければならない」と語っていた。さらに8月23日にウィスコンシン州ケノーシャで3人の子どもを連れた29歳のアフリカ系男性ジェイコブ・ブレイクさんが、背後から至近距離で警察官の銃撃を受け半身不随の重症を負うという事件が起きると、大坂選手はそれまでにもまして大きな行動を起こす。
全米オープンの前哨戦であるウエスタン&サザン・オープンでベスト4まで勝ち進んでいた大阪選手は、8月27日に予定されていた準決勝をボイコットすることを表明したのだ。
〈私はアスリートである前にひとりの黒人女性です。黒人女性として、私のテニスを見てもらうことよりも、いま緊急に注意を払うべき重大な問題があると感じています。私がボイコットしただけですぐに何かが大きく変わるなどとは思っていませんが、白人がマジョリティを占めるテニス界で対話を始めることができれば、正しい方向へ向かっていくための一歩になると考えます。警察の手により黒人が虐殺され続けるのを目にすることは、正直言って、吐き気がします。数日ごとに(黒人犠牲者の名前の)新しいハッシュタグが生まれることに疲れきっていますし、何回も何回も同じ話を繰り返していることにヘトヘトです。いったいいつまで繰り返されるのでしょうか。
#JacobBlake, #BreonnaTaylor, #ElijahMcclain, #GeorgeFloyd〉(英語バージョンを編集部で翻訳したもの)〉
実は、大坂選手は、6月に差別への抗議を発信するなかで、テニス界の動きの鈍さを気にするような投稿をしていた。それはおそらく、声明にあるようにテニス界では白人がマジョリティであることも無関係ではなかっただろう。ジェイコブ・ブレイクさん銃撃をめぐっては、NBAバスケットボールなど他競技でも、チームとして抗議のボイコットの動きはあったが、白人がマジョリティである競技で、たったひとりでこうした行動を起こすことは、大きな勇気が必要だったことは想像に難くない。もちろん棄権はランキングに影響するなど、選手としてのリスクも小さくないことは言うまでもない。それでも大坂選手は「テニスより大事なことがある」と、抗議を表明したのだ。
この大坂の勇気ある行動を受け、ATP(男子プロテニス協会)、WTA(女子テニス協会)、USTA(全米テニス協会)は連名で「テニス界は結束して、人種的不平等や社会的不公正と対峙する」とする声明を発表。大坂の試合も含め27日に予定されていたすべての試合を、翌日以降に延期することで、大坂の反差別に連帯した。
銃撃に抗議して大会ボイコットを表明した大坂をネトウヨだけでなく日本のマスコミも攻撃
ところが、日本ではこの大坂の行動について「スポーツに政治を持ち込むな」「大会やスポンサーに迷惑」「対戦相手に失礼」などと批判の声が噴出。たとえば、日刊スポーツは8月27日に「大坂なおみの棄権、それでもやはり違和感」と題し、〈多くの人が大坂を支える。家族、親友、ファン、スポンサー、マネジメント会社、大会、ツアー、ライバル選手、そしてメディアなど、数え上げたらきりがない〉〈日本人のように「忖度(そんたく)」しろとは思わないが、この棄権という直接的な行動の陰で、大坂を支えるために走り回っている人がいるのも確かだ〉と暗に忖度しろと批判。9月3日にも「今回はテニスとは関係のない問題であり、棄権ではなく、別の方法での発信を考えても良かったと思います。スポーツ選手の行動は子どもへの影響が大きく『主義主張があれば競技を棄権してもいい』と思わせてはいけない」などというスポーツ倫理学の専門家のコメントを掲載した。
さらに大坂選手の声明に賛同し大会そのものが1日延期されるという一定の成果を得たことから大坂選手が準決勝に出場することになったにも関わらず、多くの日本メディアは「棄権表明の大坂なおみ一転出場へ」と、あたかも大坂選手が心変わりしたかのように報じた。
大坂選手の反差別の気持ちはまったく変わっていない。大坂選手は、1日延期された準決勝に「Black Lives Matter」という文字と、1950年代公民権運動の時代からシンボルとなってきた拳のイラストの入った黒いTシャツで登場。あらためて、反差別の意思を鮮明にした。ウエスタン&サザン・オープンは準決勝を突破したのちケガにより決勝は棄権することになったが、大坂選手の差別への強い抗議の気持ちが揺らぐことはなかった。そして8月31日、幼少期の大半を過ごしたニューヨークで開幕した全米オープンに、7枚のマスクを用意し、登場したのである。
どうすれば、もっと多くの人が差別の実態を知り、差別をなくすために声をあげ、動くか。大坂選手はそのために、テニス選手である自分にできる方法を考え、コロナ下ならではのマスクを使ったこのユニークなプロテストを実行したのだろう。 さらには、試合後の会見で「人種差別はアメリカだけの問題ではありません。世界中にあります。毎日のように人々を襲っている問題です」「広く伝えることで、意識を高めてもらいたい」「助けになっていると感じるし、助けになりたい」と語るなど、大会中くり返し、反差別のメッセージも発信してきた。
1968年マーティン・ルーサー・キング牧師が暗殺された約半年後のメキシコ五輪の表彰式で、黒い手袋をはめた拳を突き上げ差別に抗議した、陸上のトミー・スミス選手とジョン・カーロス選手は、その行為を咎められ、オリンピックとアメリカスポーツ界から追放された。それから52年経った今、大坂選手の行動が大会もメディアも巻き込み世界中で多くの賞賛を集めていることは、半世紀を経ても差別と犠牲者がいまだ絶えない現実と同時に、世界が反差別に向かってわずかながら前進していることも示してくれている。
大坂なおみの抗議行動への冷ややかな反応でわかった日本のスポンサーの意識の低さ
しかし、日本はどうか。いまだに「スポーツに政治を持ち込むな」などという大坂選手に対するバッシングの声が止まない。ネットでは「所詮、日本人じゃない」などという差別的な言葉すら投げつけられている。11日の『報道ステーション』(テレビ朝日)では、大坂選手の6枚のマスクにプリントされた黒人被害者たちを当時のニュース映像とともに詳細に紹介していたが、こうした報道はごくわずかだ。 毎日新聞は9月11日に「大坂なおみの人種差別抗議に国内外で温度差 スポンサーの微妙な事情」という記事を掲載。「上まで勝ち上がっている時にやらなくてもね。できればテニスのプレーでもっと目立ってほしいんですけど……」「黒人代表としてリーダーシップをとって、人間的にも素晴らしい行為だとは思うが、それで企業のブランド価値が上がるかといえば別問題。特に影響があるわけではないが、手放しでは喜べない」「人種差別の問題と本業のテニスを一緒にするのは違うのでは」などという、大坂選手の支援企業やスポンサー関係者の声を紹介していた。
彼らはいったい、なんのために大坂選手のスポンサーになっているのだろう。記事では具体的な企業名はは明記されていないが、大坂選手のスポンサーということは世界での知名度やブランドイメージを上げたいと考えているのだろうが、それにしてはあまりに世界の実情に対する認識も人権感覚も欠けているとしか言いようがない。 ただし大坂選手自身は、こうした日本のスポンサーの反応をある程度予想していたかもしれない。アメリカ「TIME」(8月20日)のインタビューで、ジョージ・フロイドさんが殺されたミネアポリスを訪れたことで「人生が変わった」と話したうえで、スポンサーについてこう語っている。
「多くのアスリートは発言することで、スポンサーを失うことを恐れています。私の場合、多くのスポンサーが日本の企業なので、本当にそうです。彼らは、私が何を話しているかわからず、困惑したかもしれません。でも、何が正しいのか、何が重要か、話さなくてはならないと感じる瞬間は訪れます」
スポンサーが困惑するかもしれないけれども、それでも話さなくてはならない、正しいこと、重要なことがある。そんななか、ジョージ・フロイドさんに続き、ジェイコブ・ブレイクさん銃撃事件が起き、大坂選手はボイコットを表明、全米オープンでは7枚のマスクを身につけ、反差別を訴えたのだ。 日本のメディアでは、大坂選手について「日本人らしい謙虚さ」「日本の心」などと強調されることが多い。しかしそれは多様なバックグラウンドを持つ大坂選手の、ほんの一面にすぎない。周知のとおり、大坂選手は日本人の母とハイチ出身の父の間に生まれ、アフリカ系のルーツも持ち、アメリカで育った。日本でもアメリカでも多くの差別に晒されてきたことも想像に難くない。差別に憤り、ときに激しい言葉も使いながら発言するのは当然だし、それも大坂選手の魅力だろう。 ところが、日本では大坂選手の怒りがきちんと伝えられていない。テニスは強いけど、控え目で自分の意思で発言したりしない、ただ自分たちの「日本スゴイ」を満たしてくれる。そんな都合のいい存在に押し込んでおきたいのではないか
大坂なおみが2回戦後の会見で「人種差別はアメリカだけの問題ではない」と語った意味
以前、日清のアニメCMで描かれた大坂選手の肌がホワイトウォッシュされており問題になったときもそうだった。このとき、大坂選手は今のように強い抗議や憤りなどは表明していないが、実際はこのCMについて不適切との認識を示していた。ところが、複数のメディアが誤訳とミスリードによって「気にしていない」「なぜ騒いでいるかわからない」などと報じた。 ネトウヨに限らずメディアにも、差別について怒ったり、発言してほしくないという潜在的な願望があるのだろう。それが「賢い大人の対応」とも思い込んでいる。 しかし、大坂選手はちがう。理不尽な差別や人権侵害には、こうして毅然と声をあげる、それがほんとうの彼女なのだ。しかも、その言葉からは激しさだけでなく、知性とユーモア、そして史上最高年収を手にした女性アスリートにまでなった者としての、社会的責任感さえ感じる。
大坂選手のエージェントであるIMGのスチュアート・ドゥグッド氏はニューヨーク・タイムズの取材に対し、以前こう語っていた。「15年後の未来を想像したとき、彼女はグランドスラムのタイトルをいくつも獲るようなテニス選手として素晴らしいキャリアを築いていると思う」「でもそれだけではない。彼女は、日本で多様な人種の文化が受け入れられるように変えてくれるだろう。彼女が後に続く人たちのための扉を開いてくれたこと、それは単にテニスやスポーツだけのことではなく、社会のすべての人々のためのものであることを願っている。彼女はそういう変革のアンバサダーになれると思う」(2019年8月23日)
大坂選手は全米2回戦終了後の会見で「人種差別はアメリカだけの問題ではない」とも語っていた。わたしたちは、いまこそ大坂なおみ選手の発信を受け止め、黒人差別に抗議の声をあげるとともに、自らの社会の差別と排他性を省みるべきだろう。そして、大坂選手が日本のスポンサーから不利益を受けることがないよう、訴えたい。(酒井まど)