2020年9月15日火曜日

立憲民主党の支持率はなぜ3分の1に落ちたのか ~ (世に倦む日々)

  立憲民主党の枝野幸男代表について率直に感じるのは「何を考えているのかよく分からない」ということです。政党であれば政権の獲得こそが至上の命題の筈です。立憲民主党が結党されてから3年、その間に野党共闘が打ち出され枝野氏もそれに乗りはしましたが、本当に連携し合って政権の獲得を目指すという姿勢は見られずに、逆に立憲民主党自体を発展拡大させることが第一という利己主義が垣間見られました。いま喫緊の課題となっている(消費税廃止に向けた)消費税率引下げに対しても枝野氏はようやく同意したという感じで、れいわ新選組の山本太郎氏や藤井聡京大教授のような信念と情熱は見られません。PCR検査の拡充に対しても果たしてそれを真剣に望んでいるのか何も伝わってきません。

 世に倦む日々氏はブログ「立憲民主党の支持率はなぜ3分の1に落ちたのか ~ 」の中で、「3年間を通して、枝野幸男は何を考えているのかよく分からない政治指導者だった。マスコミは枝野幸男をよく分からないと特徴づけ評価した。その理由は、あまりマスコミの前面に登場して自分の意見を伝えなかったことによる」と述べています。そして「立憲民主党の支持率が17%から4%に下がった」根本的な理由は、枝野氏の「関心・興味(インタレスト)」がそのときそのときの政治的課題においてズレていたためであることを詳細に解明しました。

 民主党の鳩山政権は09年、小沢一郎氏が中心になって打ち出した斬新で見事なマニュフェストの下に衆院選に大勝して生まれました。しかし体制側による猛烈な反作用の中、鳩山氏を引きずり降ろすことで菅政権~野田政権が生れました。そこで行われたのは財務省主導によるマニュフェスト無視の政治でした。枝野氏や安住淳氏はそのなかで活躍した人物だったのではじめからズレていたというのが正解なのかも知れません。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

立憲民主党の支持率はなぜ3分の1に落ちたのか - 党首のインタレストと機会損失

世に倦む日々 2020-09-14

先週11日のプライムニュースに出演した伊藤惇夫が、長妻昭に対して、「立憲民主党の支持率が17%から4%に下がった理由は何ですか」と率直に訊ねる場面があった。視聴者が最も期待した質問で、できれば枝野幸男に向かって発する場面を見たかった。長妻昭は答えられず、言葉を濁して逃げていた。こういう不本意な役割を押しつけられる長妻昭を不憫に思う。この設問は政治の重要なテーマだが、未だ定説として頷ける解答は聞いていない。今回、私なりに一つのセオリーに思い至った。結論の要点を先に述べると、代表の枝野幸男のインタレスト(⇒関心・興味)の問題があり、支持率獲得の機会損失を繰り返しているミスがある。そして、旧民主党時代から続くこの党の病弊であるところの、「この問題は与野党間で対立する問題ではない」と切り捨て、重要政策の課題を責任として引き受けずにオミットし、政府与党と安易に立場を一致させ、国民の期待にまっとうに応えない問題がある。具体的に説明しよう。

今年のコロナ問題がまさにその典型例と言える。私は何度も、野党は政府の専門家会議に対抗して野党独自の専門家チームを作れと提言した。政府の専門家会議があまりに無策で無能だから、それに代わって対案を出すまっとうな専門家チームが必要で、野党がそれを組織して国民の要求に応えるべきだった。感染状況を正確に分析予測し、科学的知見を隠さず国民に開示し、PCR検査拡充の具体策を進言する機関が必要だった。山梨大学学長の島田眞路などは、「PCR検査体制強化のために今こそ地方国立大学が蜂起せよ」と、反政府の革命の檄まで飛ばしていたのだから、そうした専門家を味方につけて、大学のリソースを応用したプロジェクトを構想し、地域の医師会と連携して検査体制構築を工程化することができたはずだ。今年の最大の国民の関心事だったPCR検査問題こそ、「提案型野党」の出番だった。だが、野党は表面的な安倍批判をするだけで、ワイドショーを補佐する外野の野次馬同然に終わった。

「PCR検査拡充が必要」と一般論ばかり軽薄に言い、同じテレビ番組に出演した小池晃と田村憲久が意見一致をして、仲良く談笑する馴れ合いの絵を国民の前に見せつけていた。テレビ出演する野党議員は、野次馬でなければただの批評家だった。こうしたコロナ問題での野党の等閑はどこに本質的な原因があるのか。真犯人は誰か。突き詰めると、出発点における枝野幸男の判断と態度が浮かび上がる。横浜に入港したDP号で感染が広まって日本でも大問題になった2月当初、枝野幸男はこう言っていた。感染症禍は与野党で対立する問題ではないので、野党は政府の対応に協力すると。この発言と姿勢が野党の基本方針となり、以後もずっと野党のコロナ対応を規定し続けたのだ。野党は、アベノマスクとかコラボ動画とか、安倍官邸の失策失態については激しく噛み付いたが、肝心の専門家会議の無為無策と二枚舌については何もまっとうに批判しなかった専門家会議の正統性を認め、4日間発熱を我慢して自宅で治せという対策に異を唱えなかった。

立憲民主党の3年間を振り返って検証すると、実は、こうした「与野党で対立する問題ではない」として捨象していた政治案件が多いのである。それが私の今回の発見であり、問題提起の核心だ。昨年2019年は、外交では日韓関係の摩擦と紛糾が、内政では改元と即位の皇室問題が国民の関心事となった年だった。皇室問題について、やはり枝野幸男と立憲民主党は、これは与野党で対立する問題ではないという立場を決め込み、何についても一切口出しせず見守る態度に終始した。江田五月など旧民主党のロートルたちが、何度も何度も宮中行事にモーニング姿で馳せ参じて、千葉が台風被害で苦しんでいるときも安倍晋三と一緒に優雅な飲み食いを重ねていた。正月からずっと続いた改元と即位の関連行事は、安倍晋三の独壇場であり、思いのまま、てめえの支持率を上げる機会に塗り潰され、徹底的に、脱力するほど私物化された。象徴天皇制は安倍天皇制となった。野党はそこに批判を入れなかった。天皇制には反対のはずの共産党も、「野党共闘」を優先させての配慮からか遠慮して沈黙した。

徴用工問題から半導体三品目禁輸問題に発展し、日本製品不買運動を韓国で招いた日韓摩擦も、根底に重大な歴史認識問題がある外交事件であり、本来なら、国論を二分して対立しなければならない問題だった。与野党で分かれて深刻に論争しなければいけない問題に違いなかった。2010年に菅談話を発表した旧民主党政権の後継の立場なら、政府自民党の極右排外主義を非難し、安倍政権の歴史に学ばない倫理的逸脱と暴挙を糾弾し、国益を損なう対韓外交の過誤と失敗を追及しなければならなかった。だが、皇室問題と同様、日韓関係でも野党の出番は全くなく、野党の存在感はゼロだった。枝野幸男と立憲民主党は、対韓問題でも政府自民党と歩調を合わせたのだ。菅談話の歴史認識に沿ったまっとうな対応をしなかった。そのため、この問題に介入して政府批判する政治勢力は国内になくなり、テレビ番組は右翼論者が韓国と文在寅を罵倒し誹謗する場となり、国民の政治意識も毒々しく嫌韓右翼化して、結局のところ、安倍政権と自民党の支持率を上げ、野党の支持率を下げる方向に作用した。

2018年の政治を振り返っても、同様の問題が検出される。18年はどういう政治問題が中心だったかというと、外では米朝対話の刻一刻であり、内では「働き方改革」と「入管法改正」である。前半に高プロの問題があり、後半は外国人労働者の受け入れ問題が議論された。本来、高プロ(残業代ゼロ)の問題などは立憲民主党の支持率を上げる争点であるのに、連合が高プロ問題に歯切れが悪く、腰が引け、断固反対で政府と対決する姿勢で臨まなかったため、野党もそれに影響されてか、反対世論を盛り上げて大きな国民運動に繋げることがなかった。後半の外国人労働者問題などは、全く論外と言うか、強烈に反対していたのは草の根右翼だけで、野党は政府以上に大賛成の立場であり、しばき隊と一緒になって入管解体を叫ぶというありさまだった。何が何だか訳が分からない展開となった。外国人労働力の輸入を解禁すれば、当然、市場の論理で国内の最低賃金は下がり、日本の労働環境は劣悪化する。日本の労働者の権利が切り下げられる。共産党や組合の支援を受ける野党は、普通なら半狂乱で猛反対する最悪のネオリベ⇒新自由主義政策だ。だが、信じられないことに共産党が率先して賛成していた。

以上、結党以来の3年間を振り返って、立憲民主党は、国民の関心が集中する時々の重大な政治問題について、争点を立てて政府自民党とまっとうに対決することをしなかった。逆に、「これは与野党で対立する問題ではないから」という理由で争点化を見送ってきた。だから、対抗軸が立たず、政治は無風で、安倍晋三の独裁で制圧され、野党が国民の期待に応える場面がなかった。だから、立憲民主党の支持率が下落して行ったのである。枝野幸男は、国民の支持を積極的に取りに行かなかった。なぜそうなったかと探ると、枝野幸男のインタレストがそこになかったからである。日本史学者の磯田道史が語っているように、歴史上の政権にはその時々の政治的インタレストというものがある。関心と利益と執着の所在がある。政治家にもそれがある。枝野幸男のインタレストには、皇室問題はなく、日韓関係はなく、コロナ問題はないのだ。安倍晋三が皇室行事を私物化しても、復古反動の日本会議の式典に皇室を悪利用しても、それを批判するまっとうな平和主義の視座がなく、国会で追及しようとする意識がないのだ。

本来、与野党で争点化して対立すべきだった諸問題を、争点化せずに見送り、政府自民党と安倍晋三の壟断と放縦に任せ、政府専門家会議の手抜きに任せ、まっとうに口出ししなかったため、立憲民主党は大いに支持率獲得競争の機会損失をした。やるべきことやっていれば支持率を得られたのに、国民が求める行動や挑戦をサボタージュして外野で静観する態度に出たため、得るべき支持率を得られなかった。そう総括することができる。枝野幸男のインタレストとは一体何なのだろう。そこがよく分からない。立憲主義という金看板はある。政府が憲法に違反した政策や法制に出た場合は、憲法の原則を立てて批判するという姿勢である。そういうイメージはあるが、日韓外交での韓国制裁など、明らかな憲法9条違反であり、日本国憲法の前文で誓った基本精神への叛逆であり、国家の基本法のバイオレート⇒加傷なのに、その局面で枝野幸男の立憲主義が発動されることはなかった。枝野幸男の最近のインタレストは、マイノリティとかLGBTとかジェンダーとか、しばき隊が推進する脱構築主義の政策群であるらしい

首である枝野幸男のインタレストの範囲と方向性が、大事な政治問題を、「これは政府与党と対立する問題ではない」と処理する回路に収斂させ、立憲民主党の立場と闘争を限界づけ、それゆえに支持率の調達に失敗したのだ。そのように仮説を提起することができよう。3年間を通して、枝野幸男は何を考えているのかよく分からない政治指導者だった。マスコミは枝野幸男を「よく分からない」と特徴づけ評価した。その理由は、あまりマスコミの前面に登場して自分の意見を伝えなかったことによる。志位和夫のように国民に頻繁にメッセージを発信しなかった。さらにもう一つ、枝野幸男は弁が立ちすぎ、生放送の対論でマスコミ論者が批判的な突っ込みを入れた際、詭弁も含めて反論で押し返されて論破されるという進行になるため、そのことが、マスコミ論者が枝野幸男に苦手意識を持ち、親しく接近したがらないということがありそうだ。マスコミ論者にとって枝野幸男は、話を聞きたいけれど、対話にリスクのある、煙たく面倒な政治家だったと言える。巷間言われる「漢字が多い」とは、実際にはそういう不具合だろう。

他にも問題がある。枝野幸男の3年間の主たるインタレストが、分かれた国民民主党議員の回収にあり、合流の首尾にあり、さらに、しばき隊と一丸になっての山本太郎排除の内ゲバにあり、総じて野党政局に無我夢中だったこと、前回の記事で指摘した。だが、支持率が落ちた原因は他にもある。枝野幸男はあまりマスコミの表面に出なかった。発信の機会が少なかった。枝野幸男の代わりにマスコミの前に出たのが、幹事長の福山哲郎と国対委員長の安住淳である。残念ながら、この人選が失敗だった。この見方は一般の共通認識だろう。福山哲郎には恐縮だが、野党第一党の幹事長として役不足で、人を惹き付けるカリスマ性が無い。発信力と説得力のパワーがない。安住淳には緊張感がなく、何やら趣味で国対委員長をやっている感が強かった。常に森山裕に押し切られ、門前払いされてヘラヘラ退き下がっていた。辻本清美の方が適任である。今回、新執行部の人事が出たが、予想どおり、福山哲郎と安住淳は変えてない。お仲間なのだ。

この2人が最側近で、立憲民主党の最高首脳部なのであり、3人で党の政策や方針を意思決定している。福山哲郎と安住淳がマスコミの前面に出続け、国民とのインタフェースになったため、プリファレンスの効果が弱く、失望が強く、立憲民主党は支持率を徐々に失って行った。必然と言える。この2人を最高幹部にして国民への発信を担当させているということ自体が、枝野幸男の指導者としての資質を疑わせるもので、党運営の手法に首を傾げざるを得ない。率直にリーダーとして欠陥を感じる。