2020年9月21日月曜日

菅首相の閣僚人事に垣間見える限界(上久保誠人氏)

  ダイヤモンドオンラインに「菅首相の閣僚人事、『幅の狭さ』『お友達起用』に垣間見える限界」という記事が載りました。菅首相の限界を示したものですが、同時に彼が長期政権を意図していることも分かります。いま注目されているいつ衆院選挙を行うのかも そうした観点から決められることでしょう。どうなりますか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

菅首相の閣僚人事、 「幅の狭さ」「お友達起用」に垣間見える限界

上久保誠人 ダイヤモンドオンライン 2020.9.17

立命館大学政策科学部教授

長きにわたる安倍政権が終わり、菅政権が発足した。しかし、今回の総裁選にはあからさまな「石破つぶし」があった上に、閣僚人事にも安倍政権の影響が色濃く影響している。(立命館大学政策科学部教授 上久保誠人)

最後まで姑息だった安倍政権

 菅義偉氏が第99代内閣総理大臣として、新内閣を発足させた。しかし、安倍晋三前首相の辞任から総裁選までの流れは姑息といえる。安倍前首相とその周囲は、最後まで安倍首相が嫌う石破氏を不利な状況に追い込むために、両院議員総会で決める「緊急のやり方」を採用したのだ。これまでも安倍政権は、何度も都合よくルールをねじ曲げて、自らを守ってきた。いわゆる「モリカケ」問題、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)の「日報隠し」、「桜を見る会」の問題、そして検察庁法改正案問題と、疑惑や不祥事が多数あった。

 だが、その都度、官僚の忖度による隠蔽や公文書偽造、資料破棄、首相に都合のいい法律の解釈などが次々に起こった。国会では、閣僚や官僚の答弁が支離滅裂となり、二転三転した。首相やその周辺を守るために、官僚は平気で使い捨てられてきた(本連載第233回)。 そして、最後の後継者選びまで、首相の「石破嫌い」に忖度して、周囲が一斉に「石破つぶし」に動いてしまった。残念なことだが、いかにも安倍政権らしい、正々堂々としない、姑息な終わり方だった。

2位の岸田氏に次のチャンスはない。一方石破氏は政策次第

 総裁選では、菅氏の勝利はほぼ確実という情勢下で、気が早い話だが、「ポスト菅」の総理総裁候補として生き残りを懸ける「2位争い」に焦点が当てられた。結果、2位となった岸田氏が生き残ったようにいわれるが、筆者は逆だと思っている。岸田氏は、18年の総裁選に出馬せず、安倍首相からの将来の「首相禅譲」に望みを託した。筆者は「首相禅譲はない」として、その判断の甘さを批判していた(上久保誠人『名門派閥に泥塗った岸田氏「首相禅譲」の望みは不出馬で断たれた』iRONNA )。結局、私の予想通りになってしまったといえるだろう。岸田氏は、地方票がわずか10票にとどまった。国会議員票で石破氏を大きく上回ったが、それは岸田氏をなんとか2位にするために菅陣営が岸田氏に票を回したからだという話が出るありさまで、実力のなさを改めてさらけだしてしまった。次の総裁選、岸田氏は出馬しようとするだろう。だが、そのときは次世代の候補者、河野太郎氏、茂木敏充氏らが台頭し、岸田氏にチャンスはないのではないか

 一方、3位に沈んだ石破氏に対しては、「これで終わった」という声が出ているが、筆者はそうは思わない。なぜ3位では終わりだと単純にいえるのだろう。総裁選3位から復活し、首相になった小泉純一郎元首相のような事例が過去にはある。98年、橋本龍太郎首相(当時)退陣による自民党総裁選で、小泉氏は小渕恵三氏、梶山静六氏に敗れ、3位となった。「郵政民営化」を持論とする小泉氏は、「郵政利権」を掌握していた野中広務幹事長(当時)らの橋本派に徹底的に切り崩されたのだ。しかし、その01年に小泉氏は、森喜朗首相(当時)の失言などで窮地に陥った自民党の救世主として復活し、総裁選で圧勝して首相になったのだ。

 18年の総裁選でも石破氏は敗れたが、冷遇にひるむことなく、「言うべきことは言う」という反主流の姿勢を貫いた。その結果、安倍首相が辞任を発表した時点で、「次の総理」の世論調査では圧倒的な1位という評価を得ていた。その「反主流」としての存在感の強さが、安倍首相の周囲が露骨な「石破つぶし」をした原因となった。今後も、石破氏は今の姿勢を変える必要はない。これからも、政権の批判勢力に徹すればいい。菅政権がうまくいったときは出番がない。だが、その限界が明らかになり、新しい指導者が求められるときが来るならば、「石破待望論」が世論だけではなく、永田町から出てくることもあるだろう。石破氏に求めたいのは、これまでのような権力批判の姿勢だけでなく、政策を徹底的に練り上げることだ。石破氏は「グレートリセット」を標榜していたが、正直いって、その政策はよくわからない。

 石破氏が永田町で嫌われているというが、それは本質的な問題ではない。それ以上に問題なのは、石破氏の政策に、国民が目を奪われるような魅力がないことだ。小泉氏の「自民党をぶっ壊す」には、「郵政民営化」「聖域なき構造改革」という看板政策があった。だから、自民党が危機に陥ったとき、救世主となれたのだ。石破氏は、「アベノミクス」の完全な対案を作成して世に問うべきだと強く勧めたい。

留任多い菅内閣の人事、実に退屈

 菅政権の内閣・党閣僚人事に話を移したい。一言でいえば、主要閣僚・党役員の留任と、菅氏の「お友達」起用で、実に退屈な布陣となった。まず、自民党幹事長は、すでに通算在職日数の最長記録を更新している二階俊博幹事長だ。当然、安倍前首相の退陣とともに「勇退」が考えられたが、留任となった。菅首相は、留任させざるを得なかったのだろう。総裁選では、二階幹事長が作った菅首相誕生の流れに、二階派のみならず、細田派、麻生派、竹下派、石原派が雪崩を打って菅支持を表明した。これは、幹事長が持つ「公認権」と「資金配分権」に恐れをなしたからだ。

 二階幹事長は、「公認権」と「資金配分権」を露骨な形で使うと、誰もが恐れている。菅首相への支持とは、その恐怖によって集まったという側面がある。もし、二階幹事長を交代させたら、一挙にタガが緩み、菅首相への求心力が失われてしまう。この不安が、菅首相が二階幹事長を交代させられなかった理由だと考える。麻生太郎副総理・財務相も留任となった。後述する大蔵省出身の加藤勝信氏の官房長官起用と併せて、菅政権では財務省中心にパワーシフトするという見方がある。また、菅首相が総裁選で「将来的な消費税の増税」に言及したことも「財務省シフト」を指摘される根拠となっている。

 安倍政権時代には、重要ポジションに経済産業省関係の人物が登用されることが多く、「経産省政権」と呼ばれた。それが変わるかが焦点だが、筆者はないと考える。麻生氏の留任は、「アベノミクス」を今後も継続していくということだ。すでに、菅首相は自民党総裁選時に「アベノミクス」の成果を高く評価し、「引き継ぎ、さらに前に進めていきたい」と述べている。それ自体は特段驚くべきことではない。あえてうがった見方をすれば「森友学園問題」(第178回)から菅首相を守るために留任したという解釈が可能ではないだろうか。「森友学園問題」については、「決裁文書の改ざん」に関わり、自殺した近畿財務局の職員、赤木俊夫さんの妻が、国や佐川元理財局長を相手に損害賠償を求める裁判を起こしている。

 だが、菅首相は、自民党総裁選の討論会で、この問題の再調査について、対応しない考えを示している。首相官邸の中枢で、森友学園問題の鎮静化に采配を振るっていた菅首相が「再調査」を認められないのは当然だ。しかし、野党やリベラルなメディアがそれに納得するわけがない。野党は再調査を求めて国会で追及を始めるだろう。そのとき、過去の経緯に関わっていない「新しい財務相」の答弁が安定しなかったら、野党の攻勢を許してしまうことになる。それを避けるためには、麻生財務相を留任させて、答弁に立たせるしかなかったのではないか。

首相の名を政策に付けるべきではない!批判しづらい空気はダメ 

 話はいったんそれるが、菅首相に求めたいのは、経済政策に「自分の名前」を付けないことだ。すでにメディアが「スガノミクス」と言い始めているが、首相本人がそれをやめるべきだ。筆者は、アベノミクスとは、異次元のバラマキで、斜陽産業を延命させただけで、成長産業を生まず、カネが切れたらまたカネがいる問題だらけの経済政策だと考えている(第163回)。なによりも深刻なのは、安倍首相の名前を付けた経済政策であるため、その間違いを認められなくなっていたことだ。日銀総裁や経済閣僚が、都合のいい数字だけを出して、アベノミクスの成功を強弁し続けた(第190回・p3)。特に、安倍首相が辞任を発表した後、「安倍首相、お疲れさまでした」というねぎらいの言葉があふれ、内閣支持率が突如20%近く上昇した。その空気の中で、安倍首相への批判がよりしづらい状況になった。

 今後は、政策に対する健全な批判による改善が封印されるのは、絶対によくない。菅政権では、このようなことはないようにしてもらいたい。だから、まずは経済政策に首相の名前を付けるのはやめるべきである。

留任以外も、安倍前首相に気遣った人事

 さて、菅政権の組閣・党役員人事は、安倍政権からの「継続」が強く打ち出されたものとなっている。安倍前首相が「やりたかった政策」(第252回・p4)だった、憲法改正、安全保障、教育政策は、今後も前首相が裏で操り続けるのではないかと思われるほど、前首相に気を使った人事となった。安倍前首相の側近である下村博文氏は政調会長に起用された。憲法改正推進本部長時代には、安倍前首相の進めた「自衛隊の明記」という現実的で国民に受け入れられやすい改憲を目指した(第194回・p4)。また、文科相を経験し、保守的な教育論を持つことでも知られる。留任となった萩生田光一文科相とともに、保守的な価値観に基づく教育を推進していくだろう(第225回)。

 古今東西、さまざまな国で権力者が国民の思想信条、言論を統制しようとするとき、まず学校の統制を狙ってきた。「国民の人権の制限」と「国民の義務の強化」、家族の重視など「道徳の推進」という自民党の進める憲法改正は、教育改革と合わせ技にすればうまく進められるという狙いがあるのではないかと懸念される。そして、安全保障政策を担う防衛相には、安倍前首相の実弟・岸信夫氏が起用された。前首相の意向そのままに安全保障政策を進めるということが露骨に見える。

 安倍前首相は、退任直前にもかかわらず、敵基地攻撃能力の保有を含む安全保障政策見直しの検討を本格化させた。「先制攻撃」が可能になる能力との見方もできるもので、専守防衛を堅持してきた日本の安保政策を大きく転換させる可能性がある。これを、前首相は自ら仕切るつもりで、菅首相もそれを容認していると思われる。また、安倍前首相の今後の動きで懸念されることがある。首相時代は憲法改正・安全保障は抑制的で、保守派の嫌う女性の社会進出、働き方改革などの社会民主的な政策を推進する現実的な路線をとってきた。だが、首相を辞めて野に放たれることで、本来の保守的な持論をSNSなどで奔放に主張し始めるのではないか。実際、首相就任前にSNSで保守的な持論を書いていた過去がある。しかし、安倍前首相が「豹変」したらどうなるか。これまでしっかりつかんでいた中道層の「サイレントマジョリティー」の支持を失い(第218回)、国際的にも、前首相に集まっていた外交への高い評価が雲散霧消してしまうだろう。くれぐれも今後の言動には気を付けてほしいと思う。

安倍政権よりも人材の幅が狭い菅政権

 菅政権の組閣・党役員人事で気になったのは、起用する人材の「幅の狭さ」と、菅首相の「お友達」の起用が目立つことである。もちろん、安倍政権も「お友達内閣」とやゆされていたが、それなりに多彩であり、かつて「政策新人類」と呼ばれたような、能力の高さが評価された人も少なくなかった。一方、菅首相の「お友達」は、非常に幅の狭い範囲で選ばれている。総務会長に起用された佐藤勉氏、選挙対策委員長の山口泰明氏は、菅首相と初当選が同期で「気心の知れた仲」だという。また、菅首相の「2人の師匠」の息子たちが起用された。首相がかつて秘書を務めた小此木彦三郎元通産相の三男である小此木八郎氏を国家公安委員長として再入閣させ、首相が政界入りした後に師匠と仰いだ梶山静六元官房長官の息子・梶山弘志氏を経産相に留任させている。

 菅首相は政官財に幅広い人脈を築いてきたとされるが、今回の「お友達起用」の幅の狭さを見ると、首相が本当に信頼できる人は、実は少ないのではないかと不安になる。あるいは、官房長官の強力な権力を振るって築いた人脈であって、自身の人間性や見識などで得た人望ではないという自覚があるのではないか。今は首相を持ち上げていても、いつか寝首をかかれるという疑いが払しょくできない。だから、能力は高いが、首相と距離があるような人材の起用は、できなかったのではないだろうか。これは、「非世襲」で権力の頂点まで上り詰めた、菅首相の限界を示しているのかもしれない。

河野氏は力量発揮しづらいポジションへ…

 菅首相は、「世の中には数多くの当たり前でないことが残っている。それを見逃さない」と発言している。具体的には、「縦割り行政の打破」「規制緩和の断行」を挙げた。だが、組閣・党役員人事からは、菅首相は「改革」に本気で取り組む気はなく、安倍政権時代の「やったふり」を踏襲するつもりだ。まず、河野太郎氏の行革担当大臣起用だ。外相、防衛相などを歴任してきた河野氏の「発信力」「実行力」には定評がある(第164回)。だが、行革担当相は、河野氏が力量を発揮しづらいポジションだ。歴代の行革担当相でまともに機能した人はいない。行革担当相は「内閣府特命担当大臣」の1つである。要は、内閣府の中に部屋を1つもらって仕事をする。各省庁の大臣のような、大組織を率いるのではなく、各省庁の間を調整して改革、規制緩和を進めるためのリソースもスタッフ機能もない。結局、「行革」をメディアにアピールするしかできないのだ。

 菅首相が本気で行革・規制改革に取り組むならば、「森友学園問題」を抱えて、首相自身が「再発防止を徹底する」と語っている財務省、コロナ禍で縦割り行政の弊害が批判される厚労省、巨大官庁である総務省の大臣に、河野氏を起用すべきだ。そして、実際の政策決定の現場で、改革・規制緩和を断行させるべきである。しかし、財務相は前述の通り麻生氏の再任、総務相は二階派の武田良太国家公安委員長の横滑り、厚労相は「厚労族」の重鎮・田村憲久氏の起用だ。政策の継続性という点で安定感があることは認めるが、改革・規制改革は進めないと宣言しているに等しい。このようなガチガチの布陣を前にして河野氏にできることは、次期首相候補としての得点稼ぎのための、「やったふり」の国民向けの発信だけだ。また、河野氏も自らの役割をよく理解して実行するだろう

官房長官になる加藤氏の役割は、これまで通り「支持率調整」

 最後に、加藤勝信厚労相の官房長官起用である。この連載では、安倍政権で閣僚・党役員を歴任した加藤氏を何度も酷評してきた。その理由は、世論や支持率の維持を強く意識し、優先された政策決定を行う安倍政権を象徴する存在だったからだ。かつて加藤氏は、「働き方改革担当相」「一億総活躍担当相」「女性活躍担当相」「再チャレンジ担当相」「拉致問題担当相」「国土強靱化担当相」「内閣府特命担当相(少子化対策男女共同参画)」と、実に7つの閣僚職を兼務していた。これらは、まるで一貫性がなさそうだが、全て「国民の支持を受けやすい課題」だという共通点があった。つまり、加藤氏はいわば「支持率調整担当相」であり、首相官邸に陣取って、支持率が下がりそうになったらタイミングよく国民に受ける政治課題を出していくのが真の役割だった(第163回・p3)。

 安倍政権の意思決定は不思議なところがあった。新型コロナ対策で官僚と専門家会議が日本独自の戦略を編み出し、一定の成果を上げた一方で、突如として科学的な根拠のない「アベノマスク」のような、一見「国民の受けがよさそうな対策」がポンと出てきた。これは、厚労相だった加藤氏が「支持率調整担当相」だったからだ(第237回)。その加藤氏が官房長官となる。与えられる役割は、これまで通り「支持率調整担当」だ。国民に受けそうな改革・規制緩和をタイミングよく出していることが求められている。ただ、コロナ禍という「有事」に、それがうまくいくかは疑問だ。

 一方で、菅首相は、官房長官として自らに集中させた強力な権力を他の誰にも渡さないという姿勢を示したともいえる。加藤氏は、大蔵省出身の能吏で、器用さを安倍首相から重宝されてきた。しかし、厚労相としてコロナ禍の対応をうまくできず、西村康稔経済再生相にコロナ担当を奪われた。本当に強力な権力を振るう力量はない。要は、軽量で起用、安心できるから官房長官に起用されたのだ。菅首相が、自ら首相としてみこしに乗り、後任の官房長官に自らと同じ権力を振るわせようとするならば、加藤氏とともに官房長官起用が取り沙汰された萩生田文科相を起用しただろう。萩生田氏は、非世襲のたたき上げだ。保守的な言動が批判されることが多いが、安倍前首相の最側近として、泥をかぶる汚れ仕事ができる。菅氏によく似た政治家だ。それだけに、官房長官のポストを与えると、本気で権力を振るう可能性が高い。また、安倍首相の最側近であることも恐ろしい。前首相に実質的な権力を握られる懸念もある。つまり、萩生田氏を官房長官に任命しなかったということは、菅首相が自ら集めた強力な権力を、首相になったこれからも自ら使うのだという強い意思を示したといえる。

菅首相は「正義」のために権力を使えるか

 筆者は、極端に言えば、菅政権の人事は、誰が官房長官に起用されるかだけにしか関心がなかった。菅氏の官房長官在任期間は歴代最長だった。その間、毎年約10億~15億円計上される官房機密費や報償費を扱い、内閣人事局を通じて審議官級以上の幹部約500人の人事権を使い、官邸記者クラブを抑えてメディアをコントロールし、官邸に集まるありとあらゆる情報を管理した。官邸に集まるヒト、カネ、情報を一手に握ることで、菅氏は絶大な権力を掌握してきた。その菅首相が、誰にどういう形で絶大な権力を譲るのか。あるいは譲らないのかは、菅政権の性格の全てを決める。その結果は、菅首相が自ら権力を握り続け、官房長官は改革・規制緩和の「やったふり」を切り盛りするだけの役割ということだった。だが、うまくいくのだろうか? なによりも問題なのは、菅首相の「権力」とは、安倍前首相とその周辺が「権力の私的乱用」をして、うまい汁をすすり、問題が起きたら隠蔽、改ざん、虚偽答弁で彼らを守るために集めたものだったということだ。

 その権力は、引き続きうまい汁をすすり続け、彼らを守るために使うならば、許されるだろう。そのために皆、菅首相を担いだのだから。だが、菅首相がその権力を、本気で改革・規制緩和の断行に使い、これまでうまい汁をすすってきた人たちを排除するというなら、それは許されるのだろうか。一斉に菅首相を袋だたきし始めるのではないか。

 菅首相が強力な権力を行使し、コロナ禍を乗り切り、改革・規制緩和を断行して、「当たり前のことが当たり前になる日本社会」の実現を期待する国民が多いと思う。しかし、権力の私的乱用を守るために集めた権力を、「正義」を実現するために使えるか。それが、菅政権の最大の課題なのである。