2015年5月17日日曜日

国民安保法制懇・緊急声明文

~国民安保法制懇・緊急声明~ 
 
米国重視・国民軽視の新ガイドライン・「安保法制」の撤回を求める 
平成27年5月15日 
国民安保法制懇 
 
 政府は、昨年7月1日の集団的自衛権行使容認の閣議決定及び本年4月末の「日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)」を受けて、これを実現するための、いわゆる「安保法制」を国会に提出した。
 国民安保法制懇は、昨年の閣議決定が非論理的なものであり、政府の権限を逸脱した不当な憲法解釈の変更であり、憲法に反するものとして批判してきた。今回の「安保法制」と称される一連の法律改正は、それを制度として実現するためのものであり、我々はその違憲性を重ねて強く指摘し、その撤回を求める。
 新ガイドライン・「安保法制」の問題点は多岐に渡るが、以下の点にしぼって、問題点を指摘する。 
 
1 国民主権と議会制民主主義下のあるべき立法についての基本認識の欠如について
 「安保法制」は、「切れ目なく」米国の軍事行動を支援することをうたった新ガイドラインを実行するためのものであるが、このような安全保障・国防に関わる方針の大転換を、政府は、国民の理解や国会での十分な審議なしに実現しようとしている。
 それが米国に奉仕することを主目的としていることは、安倍晋三首相自らが4月末の訪米時に、オバマ大統領との会談において、新ガイドラインが「日米同盟の新時代」を画する歴史的意味を持つことを自画自賛し、その裏付けとなる新安保法制を今夏までに成立させることを、米議会における演説で事実上公約したことに如実に表れている。
 安全保障・国防に関わる方針の大転換は、大多数の国民の理解と国会における超党派の実質的合意なくして実現することは不可能である。それにもかかわらず、国会における説明も議論もないまま、同盟国米国との合意を先行させ、これを既成事実として事後的に国会に法案を提出し、その成立時期まで制約しようとする姿勢は、健全な相互批判と粘り強い合意形成によって成り立つはずの民主主義日本の「存立を脅かす」ものと言わなければならない。 
 
2 新ガイドライン・「安保法制」の内容の問題について 
(1)新ガイドライン・「安保法制」は、自衛隊派遣の地理的制約をなくし、米国を中心とする国際秩序維持に無制限に、「切れ目なく」協力するものとなっている一方、国会による統制は著しく脆弱なものとなっている。
 新ガイドラインには、平時からの政策調整、運用調整及びさまざまな事態に対応する共同計画の策定がうたわれており、今後、そのプロセスを通じて中東、南シナ海などで生起する可能性があるさまざまな事態における対米協力があらかじめ合意されるとともに、「安保法制」に言うところの国会承認を求める段階に至って初めて国会と 国民の前に明らかにされることになる。
 さらに、その国会承認は、両院に7日以内の議決を要求するのであるから、一歩誤れば国の将来に災いをもたらしかねない各種事態に関する国策が、実質14日間の国会審議で決められることになる。
 現実には自衛隊の派遣等に対する国会による統制は極めて脆弱であり、議会制民主主義による歯止めが全く期待できないという点で問題である。 
 
(2)新ガイドライン・「安保法制」が目指す自衛隊の海外における武器使用権限の拡大により、自衛隊は、他国軍隊と同じROE(交戦規則または部隊行動基準)に従って行動することとなり、事実上の軍隊へと変質することになるが、これは明らかに憲法9条違反である。
 「安保法制」では、武器使用の基準や危害許容要件について、警察官職務執行法と同様の規定が設けられている。他方、国家意志に従い海外における事実上の交戦を行うことによって生じる殺傷・破壊について、その責任は指揮官にあるのか実行者たる隊員にあるのか、あるいは派遣を命じた政治家にあるのか、さらに、誰が、いかなる根拠で起訴あるいは不起訴の処分を行うのかといった法手続きは、軍隊の保有を禁じた現憲法の下で想定することはできないのであって、この意味でも、「安保法制」が憲法と矛盾した法制となることを強く指摘しなければならない。
 また、従来、非戦闘地域において自己保存のための武器使用に限定すれば足りる任務に従事してきた自衛隊は、事実上の戦闘を前提とした任務をも与えられることとなり、隊員は、従来の任務に比べ質的に異なる高度な危険にさらされることになることについても、厳しく批判しておかねばならない。 
 
(3)新ガイドライン・安保法制が予定する「平時からの米艦船等の防護」は、昨年5月に安倍首相に提出された「安保法制懇」報告書においては、集団的自衛権の行使と位置づけられていたものである。しかるに、今回の安保法制では、これを「受動的・限定的な武器使用」と認識して平時からの自衛隊の権限としている。 
 このことの意味は、極めて重大である。すなわち、従来は日本有事の際の共同防衛の一環として米艦防護ができるにとどまっていたものを、平時の共同パトロールや情勢緊迫時の威嚇的軍事演習の際、国会承認も、政治の命令すら待たずに現場の判断で、米艦を攻撃する相手と交戦することを認めるもであるからである。 
 新ガイドラインに合意した日米双方の閣僚が述べていたように、南シナ海における中国の軍事行動に対抗するものとして自衛隊が米艦等の防護を行うとすれば、それは、日本国民が知らないうちに、日本が中国との戦争状態に入る恐があることを意味している。
 「安保法制」は、なし崩し的に国民を戦争の犠牲に引きずりこむ危険性を高めるものであって、到底許されるものではない。 
 
(4)日本が多くを負担し、米国は条約上最低限度の義務を確認したにすぎない新ガイドラインは、日米間の不平等を新たな段階に深化させるものと言わざるを得ない。
 今回のガイドラインについて、離島防衛に対するアメリカのコミットメントを確認したと評価する向きもあるが、ガイドラインでは、離島を含む陸上攻撃への対処について、「自衛隊が主体となって行い、米軍は支援・補完をする」旨定められた。 
 自衛隊の役割をグローバルに拡大する一方で、日米安保条約の中核となるアメリカの日本防衛義務については、何ら具体的に述べられてはいないのである。 
 「抑止力」が高まる、との宣伝がされているが、現実には我が国の負担が飛躍的に高まり、日米間の不平等がさらに深化するという点で問題は極めて深刻である。 
 
3 結論 
 新ガイドライン・「安保法制」は、日本が、政策と現場の 両面を通じて米国の戦略により一層深く組み込まれ、米国の要請に従って、平時から「切れ目なく」戦争のリスクを引き受けるとの対米合意であり、それを制度化するための国内法制である。 
 こうした合意・制度は、その政治的手順を含めて憲法の下の法秩序と相容れず、自衛隊に多くの犠牲を強いるばかりでなく、国民に戦争のリスクを強いるものであって、断じて容認することはできない。 
 「安保法制」の撤回を強く求める。
 以 上
 
国民安保法制懇
 
愛敬浩二 (名古屋大学教授)
青井未帆 (学習院大学教授)
伊勢崎賢治(東京外国語大学教授)
伊藤真  (弁護士)
大森政輔 (元内閣法制局長官)
小林節  (慶応義塾大学名誉教授)
長谷部恭男(早稲田大学教授)
樋口陽一 (東京大学名誉教授)
孫崎享  (元外務省国際情報局長)
柳澤協二 (元内閣官房副長官補)