広島地検は3日、公選法違反(運動員買収)容疑で河井案里氏の公設秘書や夫・克行氏の政策秘書ら3人を逮捕しました。
19年7月の参院選広島選挙区(2人区)ではもともと自民党の重鎮で前職の溝手顕正氏が単独で立つ予定でした。それが安倍首相の鶴の一声で、新人の河井案里氏(元県議)を2人目の候補として立てることになりました。自民党は表向き“2人区で2人擁立して票を上積みする”としていましたが、実際には溝手氏に恨みを持つ安倍首相が同氏を落選させようとしたのでした。
溝手氏が第一次安倍政権下の参院選で自民が大敗した際に安倍首相の責任に言及し、さらに自民党の下野時代には安倍氏を「過去の人」などと批判したことを、首相は許せなかったのでした。結果的に河井案理氏は溝手氏に競り勝ち(2位)、溝手氏は3位で落選しました(1位は現職の森本真治氏・無所属)。
まことに公党にはあるまじき陰険な話ですが、世を驚愕させたのはこのとき一般の自民党公認候補に支給した選挙費用は1500万円だったのに対して、河井案理氏にはその10倍の1億5千万円を支給し、さらに必勝を期すために安倍晋三事務所から4人の秘書が応援に張り付いたことでした。
そんな金満選挙をやれば公職選挙法に違反することは言うまでもありません。しかし受け取った側にすればその大金を選挙以外に使うわけにもいかないし、使いきれないまま沢山残すわけにもいかないので、公職選挙法違反に邁進するしかなかったのでした。
この件で検察はウグイス嬢への手当てなどという末梢のことに留めるべきではありません。河井案理議員が辞職するのは当然ですが、私怨を晴らすために法外な金を選挙資金として支給し公職選挙法違反に追い込んだ安倍首相の責任も問われるべきです。
日刊ゲンダイの2本の記事を紹介します。
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河井案里参院議員の選挙違反事件 検察の本丸は安倍首相か
日刊ゲンダイ 2020/03/05
「予算審議中に検察が家宅捜索するのは異例だ」―― 。ベテラン自民党議員からは驚きの声が漏れたという。自民党の河井克行前法相(56)の妻、案里参院議員(46)=広島選挙区=の陣営をめぐる選挙違反事件で、広島地検特別刑事部が3日、公選法違反(運動員買収)容疑で案里氏の公設秘書や克行氏の政策秘書ら3人を逮捕した。
逮捕されたのは案里氏の公設第2秘書立道浩容疑者(54)、克行氏の政策秘書高谷真介容疑者(43)、参院選の選挙運動者だった無職脇雄吾容疑者(71)。容疑は昨年7月19~23日、広島市の案里氏の選挙事務所など計6カ所で、参院選の車上運動員14人に対し、手渡しなどで法定上限(日当1万5000円)を超える計204万円を供与した疑い。
公選法は、秘書らの有罪が確定するなどした場合、候補者本人が関与せずとも当選無効となる「連座制」が適用されると規定している。このため、メディアの多くは案里氏の失職の可能性を盛んに報じているのだが、この事件のキモは別にある。検察関係者がこう明かす。
「予算委開会中に現職の与党国会議員の議員会館事務所を家宅捜索したわけです。しかも、克行氏は前法務相ですよ。当然、広島地検が単独で判断できるわけもなく、稲田検事総長がGOサインを出したということ。秘書の逮捕だけで終わるはずがなく、さらに言えば、これは強引な法解釈で黒川弘務・東京高検検事長の定年を延長した官邸に対する検察の揺さぶりと言っていい」
検察はなぜ、そこまで強気に出られるのか。カギは参院選前に自民党本部から克行、案里両氏がそれぞれ代表を務める政党支部に振り込まれた1億5000万円のカネの流れの行方だという。
「ウグイス嬢(車上運動員)への違法日当なんて、こう言っては誤解を招くかもしれないが、よく聞く話です。ウグイス嬢というのは誰でもできるわけじゃない。選挙カーに乗って地域性や有権者の属性などを見ながらトークを変える。いわば職人芸みたいなところがあるから、ベテランほど引っ張りだこ。『少しイロをつけるから』とお願いする候補者だっているでしょう。今回、問題なのは車上運動員だけでなく、報酬が認められていない運動員の買収疑惑です。広島地検の調べによると、参院選で会社員の男性が河井陣営から計3回にわたって銀行口座に約86万円が振り込まれたことや、現金10万円を手渡しされたことを認めており、他にも数十万円のカネを受け取っていた男性の存在が確認されている。原資はもちろん、1億5000万円でしょう。注目すべきは、安倍首相が国会で『知名度が弱いということもあり、私の指示で応援に入った』と認めた通り、参院選では少なくとも安倍首相の4人の秘書が選挙応援に入ったこと。仮にこれらの秘書に対して『カネを渡した』なんて話が出てきたら、首相自身が進退を問われる事態になるのです」(前出の検察関係者)
つまり、検察が狙う“本丸”は安倍首相というわけだ。「桜を見る会」をめぐる疑惑や新型コロナウイルスの感染拡大をめぐる後手後手の対応で内閣支持率が急落する中、そのタイミングを見計らったかのような検察の逮捕劇。まだまだ次の展開がありそうだ。
ご法度に憤る検察内部に安倍政権の暴挙を打ち砕く秘策アリ
ファクトチェック・ニッポン!
日刊ゲンダイ 2020/03/04
安倍政権が東京高検の黒川弘務検事長の定年を無理やり延長させた問題。当の検察官はどう受け止めているのか。特捜検事を取材していた頃の知り合いは、「皆、大問題だと憤っている」と話した。長く特捜部に在籍し、今も現役の特捜検事と付き合いのある検察関係者だ。
ただし、「黒川さんうんぬんという話じゃない」と言った。また、「仮に黒川さんが検事総長になっても、捜査経験が乏しいので捜査に口出しはできないでしょう。誰も彼の顔を見て捜査をしない」とも言った。しかし、「定年を延長させるのは、ご法度だと皆思っている」と言い切った。
説明する。もともと、検察幹部は、黒川氏のような法務省勤務の長い赤レンガ派と、特捜検事や地方検察勤務の長い捜査派に分かれる。この「赤レンガ」の名は、霞が関にあるレンガ造りの旧法務省本館に由来する。トップの検事総長になるのは代々、赤レンガ派で、例外は不祥事などでイレギュラーな登用となった吉永祐介氏、土肥孝治氏くらいだ。だから、「赤レンガ派は必然的に永田町と関係ができる。その濃淡はあるにせよ、政権に近い黒川氏が検事総長になったとしても、検察に激震が走ることはない」と言う。
そもそも、「検察が政治から完全に中立だったということもない」とも言った。「それは、民主党政権時代だって同じだ」とも。「しかし」と続けた。
「定年延長はご法度だ。これを政権が閣議決定でやりだすと、検察の人事は根底から崩れ、検察の主体性が失われる。それは国民の検察への信頼を失墜させる。それに憤っている現役検事は多い」
実は、「黒川検事総長の誕生を阻止するという話が出ている」というのだ。検察に、安倍政権の暴挙を打ち砕く秘策あり、という。それは何か?
「稲田検事総長が慣例を破って2年以上続けるということだ。そうすると、黒川さんは延長期間が終わっても検事総長になれずに退官する」
安倍政権が黒川検事長の定年延長を閣議決定で決めたのは、黒川氏が定年を迎えるはずだった今年2月7日からの半年だ。だからこの8月7日には延長が切れる。これは2018年7月25日に就任した稲田伸夫検事総長が慣例に従って今年7月に退官することが前提となっている。しかし稲田検事総長の誕生日は8月14日。しかも、65歳になるのは来年だ。検事総長の定年である65歳ぎりぎりまで務めて退官することは可能だ。検事総長任期の2年は法解釈ではなく、ただの慣例でしかないからだ。
「稲田さんに最後まで務めてもらうという声は出ている。黒川さんの定年延長について政府は、『さまざまな問題に対処するため』としている。同じ理屈で検事総長をぎりぎりまでやってもらう」ということだ。
「稲田さん自身はそれについて何も語っていないが、誕生日退官を求める声は日に日に強くなっている」という。稲田検事総長には、ぜひとも体を張ってこの政権の横暴を止めて欲しい。否、止めるべきだ。法治国家としての日本、民主国家としての日本を守るためだ。
立岩陽一郎 ジャーナリスト
1967年生まれ。91年、一橋大学卒業後、NHK入局。テヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクなどを経て2016年12月に退職。現在は調査報道を専門とする認定NPO運営「INFACT」編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。毎日放送「ちちんぷいぷい」レギュラー。