2020年3月8日日曜日

東京五輪中止が現実になりかねない

 東京五輪が中止となったときのアスリートたちの悲嘆を思えば軽々しくは触れにくい問題ですが、5月中には開催可否の結論を出さなくてはならないというのがIOCの意向です。
 政府も、日本社会も「景気回復の最大の目玉」と当てにしていた東京五輪が中止になれば、日本の経済にも深刻な影響が出るので勿論他人ごとではありません。

 経営コンサルタントの鈴木貴博氏がこの問題について考察しました。
 問題のポイントは言うまでもなく新型コロナウィルス禍が5月中に終息するかどうかなので、必然的に新型コロナウィルス禍の流行の見通しということになります。
 鈴木氏は、異論の出ることを承知の上で、「中止になる条件」を、外的要因として ①米英独等の主要国のいくつかで5000人規模の患者が発生していること ②武漢から中国全土に感染者が拡大していること の2点を挙げ、肝心な日本については「5月時点における日本での患者数が5000人規模に増え、依然減少傾向がみられない」こととしました。
 その上で「5月までの封じ込めはうまくいくのか」ということを考えるときに、「感染者情報の不正確さないしは検査能力が少ないという事実」を「リスク要因」としています。
 あまりにも当然のことで「体温37・5℃以上が4日間つづき 云々」という縛りをかけて検査自体を抑制してみても感染の拡大は防げません。
 7日もTVで、PCR検査を申し出て8回目にようやくOKとなり患者に認定されたものの、すでに重症になっていたケースが報じられました。

 新型コロナウィルスは強い感染力を持ち、気候が温暖になっても威力は衰えないということが知られています。そうである以上、何よりもまずできるだけ感染者を把握し、彼らを適切に隔離することなくして感染の拡大は防げません。PCR検査能力がないから・・・というのはまったく理由にならず、検査を国立感染症研に独占させずに民間に委託すれば1日数万件の検査が可能になるということは識者が繰り返し強調しているところです。

 国や感染症研は、感染の実態を少なく見せるためにそうしているのではないと主張していますが、当然それはあってはならないことです。そうであればなおさら一刻も早く検査規模を1日数万件規模に拡大し、感染者の把握に努めるべきです。
 隔離施設がないから検査を拡大できないというのも本末転倒で、政府の無為無策の顕れです。本来は隔離施設を増設するべきですがもはや間に合わないというのであれば、政府の施設や民間のホテルなどを利用する才覚を発揮するのが政府の仕事です。
 それもしないで東京五輪の実施を願うというのは「木に拠って魚を求める」の類です。政府が本気で五輪の開催を目指しているのであればそうすべきです。

 鈴木貴博氏のレポートを紹介します。
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東京五輪中止という「聞きたくない話」が現実になりかねない理由
ダイヤモンドオンライン 2020.3.6
鈴木貴博 百年コンサルティング代表
「縁起の悪い話」が出始めた
東京五輪中止の可能性は?
「もし東京五輪が中止になったら?」という縁起の悪い話が出始めています。「そんな話は今、聞きたくない」という人が大半だと思います。ただ、因果な話ですが、そうした悪い話を真剣に検討しなければいけない仕事が世の中にはあるのです。それが経営コンサルタントという仕事です。
 私たち経営コンサルタントは、企業の事業計画や経営戦略についてアドバイスするのが仕事です。必然的に今、目の前で起きている新型コロナウイルスが2020年のビジネスにどのような悪影響を及ぼすのかを、検討しなければいけません。
 その過程で避けて通れないのが、「もし東京五輪が中止になったら、わが社にどれくらいの損害が発生するだろうか」という経営者からの質問に対応することです。
 たとえ五輪のスポンサー企業ではなくても、「景気回復の最大の目玉」とあてにしていた東京五輪の開催がもしも取り止めになったり、取り止めにまでならなくても開催時期が大幅に延期されたりすれば、景気下振れによる悪影響を避けることはできません。
 嫌な記憶ですが、たとえるなら、2011年の東日本大震災とその後に起きた全国的な自粛ムードに伴う景気後退です。五輪が中止になれば、企業はあのときと同じような生産調整を検討する必要が出てきます。
 さて本稿では、経営コンサルタントである私が「東京五輪の中止リスク」について、どのような考えからその現実味を見積もっているのかを、お話ししたいと思います。
 もちろん、基本的なスタンスとしては、私も「そんなことは起きてほしくない」と思っています。景気が悪くなると、コンサルタントの仕事は企業から真っ先に切られるからです。とはいえ、リスクはどこにあるのか、それをどうシナリオとして想定しておくべきかについて、今回はまとめてみます。

 まずは、次のようなことを考えてみます。今は3月上旬ですが、「もし5月に北京で、ないしはソウルで五輪を開催する予定だったとしたら、それは強行できるのだろうか」という思考実験です。
 3月4日時点での最新データによれば、中国の感染者数は累計で8万0270人。うち4万9877人が回復し、2981人が死亡しました。結果、現時点での患者数は2万7412人、うち重症者が6416人となっています。
 患者数を国別に比較すると、中国の2万7412人に次ぐのが韓国の5262人です。3位がイタリアの2283人、4位がイランの1824人で、ここまでが1000人以上の患者数を出している国です。
 これに対して、日本におけるダイヤモンド・プリンセス号を除いた患者数は244人とひとけた下回り、フランス、ドイツ、スペイン、アメリカが100人台で続きます。
 興味深いのはシンガポールと香港で、これまでに100人を超す感染者が出ていたのに、すでに多くが回復し、患者数は2けたの人数まで後退しています。実際に中国でも、回復した人数が非常に多くなってきています。これは後ほど議論したい点ですが、コロナ終息への期待が持てる兆しではあるといえます。

IOC重鎮委員の「私見」は
内部の意見も反映しているはず
 さて、話を本題に戻しましょう。もし今の時点で東京ではなく、仮想の北京五輪ないしはソウル五輪の開催が2カ月後に迫っていたとしたら、日本やIOCは選手団を北京やソウルに送り込むという決定をできるでしょうか。開催国ではない立場で考えるとどうか、という思考実験です。
 私は中国の患者数2万7406人、ないしは韓国の患者数5261人という規模感を考慮することで、北京やソウルでの五輪開催はできないという判断になる確率が高いと想定します。未知の伝染病であり、治療法がなく、人が密集する場所でクラスター感染が起きる。感染者数は落ち着いているとはいえ、まだその規模が数千人ないしは数万人に及んでいる――。そうした状態で、国際的なイベントを強行させる判断は下せないという考えです。
 私的な意見であったとはいえ、IOCの重鎮委員が「東京五輪を中止する判断は、遅くとも5月末までには決定しないといけない」という発言をしました。おそらく、観測のためのアドバルーン発言だったとしても、ある意味でIOCの内部事情を反映した意見ではあったと思います。「それ以上は待てない」という事情です。
 だとすれば、開催2カ月前となる5月の段階で、日本においてコロナウイルスの抑え込みが成功していれば、五輪は予定通り開催されるでしょう。一方で、5月の時点で今の中国や韓国のような状態になっていれば、IOCが五輪中止を議論する可能性はあると捉えるべきでしょう。そして、マラソンの札幌移転の前例でわかるとおり、決定権は東京都知事ではなくIOCにあるのです。

五輪中止の3大リスクシナリオ
止むを得ない海外要因も
 それでは、具体的にどのような状況になると五輪中止の可能性が高まるのか、リスクシナリオを考えてみましょう。議論が分かれる部分だとは思いますが、私は次のようなパターンを想定してみました。
(1)5月時点における日本での患者数が5000人規模に増え、依然減少傾向がみられない
(2)日本での感染者数が抑えられたとしても、アメリカ、ドイツ、フランスといった主要国のいくつかで5000人規模の患者が発生し、WHOに「パンデミックである」と認定される
(3)世界ではパンデミックが起きなかったとしても、新型コロナの感染源である武漢から中国全土に感染者数が拡大する
 日本でこれ以上感染者が拡大しないことが、五輪中止を回避するための絶対条件であるとは思いますが、それ以外に世界的なパンデミックが起きるケースと、中国での封じ込めが失敗するケースも、東京五輪に大きな影響をもたらしかねないと想定しています。
 2番目のケースは、IOC加盟国の立場で考えるとわかります。多数の感染国から選手団や観客が東京に集まれば、そこで母国の選手が感染し、安全であるはずの自分の国にウイルスが持ち込まれる危険性が出てくるため、当然それらの国の委員から反対の声が上がるわけです。
 また3番目のケースについては、日本から見れば中国は地理的に遠く、離れた別の国ではあるものの、そこで武漢市だけではなく中国全土に感染が広がれば、IOCは相応の判断を下すだろうという考えです。正直、欧米人から見れば、中国も日本も韓国も同じアジアの隣国であって、地理的に違うという認識はない。これはイタリアで感染が広まっているのを見て、日本人が「いずれフランスやドイツにも感染が広がるのではないか」と考えるのと、思考としては同じです。
 要するに、2番目と3番目のケースがあり得るということは、そもそも日本だけで封じ込めを考えても、この問題については十分ではないということです。

日本国内での「封じ込め」は
そもそもうまくいくのか
 そうした前提を理解したうえで、「では日本国内で見た場合、5月までの封じ込めはうまくいくのか」ということに焦点を当てて考えてみたいと思います。その際、私がリスク要因だと思うのは、感染者情報の不正確さ、ないしは検査能力が少ないという事実です。
 ここでお断わりしておきたいのは、今回の話は「経営コンサルタントがリスクを見積もらなければいけない」という目的で、日本の感染者数を推定するということです。あくまで経営判断の材料なので、正確さではなく、確率的な現実度から話を進めます。
 その視点でいうと、今日本国内では、感染の疑いがある本人が保健所に電話をして「検査をしてほしい」と申し出ても、なかなか検査をしてもらえないことが社会問題になっています。だから国民の多くが、「本当はもっと感染者がいるのではないか」と疑っている状態です。
 そんなときコンサルタントは、専門家の推定値を参考にします。2月25日の時点で専門家が、「北海道内で推定される感染者数は940人くらいではないか」という意見を述べました。実際、その時点で公表されていた人数の12倍の感染者が存在しているという推定ですが、これは検査能力不足の問題と照らし合わせると、論理的にあり得る数字です。言い換えると、確率で考えるコンサルタントには手がかりになるものです。

潜在的なクラスター候補が
放置される日本ならではの事情
 ここから仮説で数字を組み立てると、日本で検査を受けていないことによって見逃されている感染者が、公表値の12倍いるとすれば、現時点での日本の推定感染者数は公表されている244人ではなく、3000人くらいかもしれません。風評被害を煽るつもりは決してなく、これは推定値の話をしているのです。同時にこの数字は、国民が気にして、何となく想像している数字に近いとも思います。
 感覚的にいえば、これは世の中がコロナウイルスの恐怖に怯えている状況と比較して、実はそれほど多い数字ではありません。たとえば、東京都における3月4日時点の患者数は37人ですが、その12倍だとしても450人程度。1000万人都市の東京においては、飲食店で芸能人を見かける確率よりも、感染者に出会う確率は小さいでしょう。
 よって、このレベルに留まり続けるのであれば、日本はまだ大丈夫です。一方で、私が東京五輪に向けて最大のリスクだと考えるのは、実際に3000人規模の感染者がいると仮定した場合、彼らを正確に捕捉できていないこと。言い換えると、自分で感染を認識していない人が街中を自由に歩ける状況であることです。
 厚生労働省は、コロナウイルスの予防に関する指針として、「クラスターを避けること」を対策の主眼に置いています。これまでの感染経路を調査して、感染者数の多くがスポーツジム、屋形船、ライブハウスといった密閉された空間に人が集まったことにより感染しているという事実を公表し、そのようなクラスターの発生を避けるよう指導しています。これが2月末から話題になっている、イベントの自粛や学校閉鎖の根拠です。
 しかし現実問題として、国民の日常生活に必要不可欠となる潜在的なクラスター候補までは、利用を規制できていません。たとえば、通勤電車と飲食店の2つです。「クラスターを避けなければいけない」と言っている行政が、そのリスクが最も高い場所への人の出入りを止められていないのです。これは、中国と日本の政治システムの違いによるものでしょう。もしも国が強制的に首都圏の鉄道を止めてしまったら、それこそ日本では大問題になるでしょうから。
 そこに「感染者をきちんと捕捉できていない」という問題が加わります。感染が起きたのはどこなのか、感染者が訪れたのはいつなのかがわからないまま、一定の確率で都内にも感染のクラスターが発生し、放置されていると推論すべき事態が起きている。日本でこれから感染者数が増加すると考えた場合、このことは大きなリスクになると私は想定しています。

国内だけならできることは
まだあるのではないか
 つまり、東京五輪中止が現実になる可能性を考える際に、行政が感染者を把握する作業を本来発揮できるであろう処理能力以下のレベルでしか行えていないことが、最大のリスク要因だと思います。
 新型肺炎の潜伏期間は2週間で、発症して4日くらい高熱が続くと肺炎が重症化する可能性がありますが、ほとんどの人が一定の治療期間を経て回復します。なので、感染者を正確に捕捉できれば、論理的には1カ月もあれば感染は減少に向かうはず。「まずは感染者の正確な把握が重要」と感染の専門家が言っているのは、このためです。
 検査能力を上げれば、その結果、一時的に患者数は増えるでしょう。しかし、うろたえることはありません。検査があまり行われずに、国民が疑心暗鬼を募らせる状態のほうが、むしろ深刻です。そんな状況が4月まで続くようであれば、東京五輪中止のリスクはいよいよ高まると考えるべきです。
 企業経営者にとって、経済が最悪の状況へと転がるかどうか、今のところ判断できません。「備えあれば憂いなし」という気休めしか言えない見通しの悪さが、日本経済に暗雲をもたらしています。
 前述の想定ケースのうち、海外要因で五輪が中止になる場合は、涙をのんで諦めるしかありません。しかし、せめて国内だけなら、今からでももっとできることがあるのではないか――。そんなことを考えてしまうのです。
(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)