2020年3月27日金曜日

このままでは赤木俊夫さんの悲劇は繰り返される(立岩陽一郎氏)

 週刊文春が公表した赤木俊夫さんの「手記」と「遺書」は世間に衝撃を与えました。
 この問題では安倍首相に「当事者意識」が欠如していることが、これまでも大いなる違和感を持って受け止められてきましたが、今回もまざまざと再確認されました。
 首相は、シャーシャーと「公文書の偽造はあってはならないこと」と述べただけでなく、国会で追及されている最中でも自分の席で麻生財務相とニヤけて談笑しているシーンが日刊ゲンダイなどに載りました。
 そうした、常軌を逸しているとしか思えない人間が公職のトップに居続けるという日本の現実は一体どう表現すればいいのでしょうか。

 日刊ゲンダイに「ファクトチェック・ニッポン!」を週一で連載している立岩陽一郎氏は、そんな人間によって枉げられてきた官僚システムが行き着いた先が赤木俊夫さんの悲劇だったと見ています。
 そして、この政権が作ろうとしているシステムを見直さなければ、赤木氏さんの悲劇は繰り返されると述べています。
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立岩陽一郎 ファクトチェック・ニッポン!
赤木俊夫さん手記の衝撃 このままでは悲劇は繰り返される
 日刊ゲンダイ 2020/03/25
 故赤木俊夫氏の「手記」の衝撃は筆舌に尽くしがたい。読んで涙が止まらなかったという声は多い。私は、特に官僚制度が崩壊している現実に衝撃を受けた。「手記」によると、財務省理財局長だった佐川宣寿氏から近畿財務局に公文書の改ざんが命じられ、それを赤木氏が担わされる。その後、上司らは栄転し、問題の土地取引に一切関わっていなかった赤木氏だけがその責任を背負わされる状況になる。その精神的な苦痛は想像すらできない。

 焦点は佐川氏がなぜ改ざんを指示したのか。政権の中枢から彼に指示が出ていた可能性も否定できないが、仮にそうでなかったとしても、無言の指示が出ていたと考えるのが合理的だ。それが、2014年に安倍政権がつくった内閣人事局の狙いだからだ。官邸の意を受けて動かない役人は能力の有無にかかわらず出世できない。それがこの政権のつくり上げたシステムだ。
 佐川氏のような財務省キャリアについて考えてみよう。入省後、大きく4つの道がある。予算策定の主計畑、税制を担う主税畑、国際金融を仕切る金融畑、その他は他省庁幹部だ。最も優秀な人材が主計畑を歩み、事務次官を目指す。主税畑は本省勤務と国税庁勤務を経験して国税庁長官を目指す。金融畑は国際機関などを経験して財務官を目指す。その他は、財務省から出て他省庁で幹部となる。これが過去におけるパターンだった。それは、はたから見れば硬直したものに見えたが、そのルートの中で人材が磨かれ、政治に翻弄されない長期的な展望に立った政策が立案された
 そして佐川氏がなった国税庁長官を見てみたい。本省主税局で税制を学び、国税庁・国税局で税の最前線を知る。国税庁キャリアや国税専門官と切磋琢磨し、法人個人課税、税の滞納の現場を経験する。脱税摘発のマルサを指揮する立場に立つこともある。そうした中で、現場を知り、現場職員の信頼を得た人間が最終的に国税庁長官となる。それを普通は、「適材適所」と言う。

 内閣人事局はそれを変えた。そもそも国税の現場の声など、この仕組みに反映されない。現場経験の浅い官邸のお気に入りが国税庁のトップとなる。それが佐川氏だ。それを「適材適所」とは言わない
「手記」からは、佐川氏が理財局長としても部下の信頼を得ていないことがわかる。それでも彼は税のトップのポストに就いた。赤木氏を犠牲にして。それが官邸の意向だったからだ。
 この政権は、更に検察トップの人事まで握ることをもくろむ。それが意味することの深刻さは、地検特捜部の捜査が赤木氏を精神的に追い込んだ状況からもわかる。それは、責任を追及されるべき人間ではなく濡れ衣を着せられた人間が捜査のターゲットになるものと、少なくとも赤木氏には見えた。彼が死を選ばなければ、彼だけが訴追された恐れも否定できない。つまり、この捜査機関が政権トップの番犬となった時、国の土台を支える真面目な人間はその犠牲になる
 この政権がつくろうとしているシステムを見直す必要がある。このままでは、赤木氏の悲劇は繰り返される

 立岩陽一郎
ジャーナリスト、1967年生まれ。91年、一橋大学卒業後、NHK入局。テヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクなどを経て2016年12月に退職。現在は調査報道を専門とする認定NPO運営「INFACT」編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。毎日放送「ちちんぷいぷい」レギュラー。