2020年3月15日日曜日

15- 新型コロナ対策のための特柑法改正に反対する緊急声明

 憲法学者と弁護士ら有志による「新型コロナウイルス対策のための特柑法改正に反対する緊急声明」と憲法学者による「新型コロナウイルス対策に関する憲法研究者有志一同の声明」が出されましたので紹介します。
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新型コロナウイルス対策のための特柑法改正に反対する緊急声明

 新型コロナウイルスの感染拡大が深刻さを増すなか、安倍政権は現行の「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(以下「特措法」と略記)の対象に新型コロナウイルス感染症を追加する法改正(ただし、2年間の時限措置とする)を9からの週内にも成立させ上うと急いでいる。
 しかしながら、特措法には緊急事態に関わる特別な仕組みが用意されており、そこでは、内閣総理大臣の緊急事態宣言のもとで行政権への権力の集中、市民の自由と人権の幅広い制限など、本国憲法を支える立憲主義の根幹が脅かされかねない危惧がある。
 そのうな観点から、法律家、法律研究者たる私たちは今回の法改正案にはもちろん、現行特撰法の枠内での新型コロナウイルス感染症を理由とする緊急事態宣言の発勣にも、反対する。あわせて、喫緊に求められる必要な対策についても提起したい。

1 緊急事態下で脅かされる民主主義と人権
 特法では、緊急事態下での行政権の強化と市民の人権制限は、政府対策本部長である内閣総理大臣が「緊急事態宣言」を発する(特措法321項。以下、法律名は省略)ことによって可能となり、実施の期間は2年までとされるものの、1年の延長も認められている(同条2項、3項、4項)。
 問題なのは、絶大な法的効果をもたらすにもかかわらず、要件が明確でないことである。条文では新型インフルエンザ等の「全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼレ又はそのおそれがあるもの」という抽象的であいまいな要件が示されるだけで、具体的なことは政令に委ねてしまっている。また、緊急事態宣言の発動や解除について、内閣総理大臣はそれを国会に報告するだけでよく(同条1項、5項)、国会の事前はおろか事後の承認も必要とされていない。これでは、国会による行政への民主的チェックは骨抜きになり、政府や内閣総理大臣の専断、独裁に道を開きかねず、民主主義と立憲主義は危うくなってしまう。
 緊急事態宣言のもとで、行政権はどこまで強められ、市民の自由と人権はどこまで制限されることになるのか。特措法では、内閣総理大臣が緊急事態を宣言すると、都道府県知事に規制権限が与えられるが、その対象となる事項が広範に列挙されている。例えば、知事は、生活の維持に必要な場合を除きみだりに外出しないことや感染の防止に必要な協力を住民に要請することができる(451項)。また、知事は、必要があると認めるときは、学校、社会福祉施設、興行場など多数の者が利用する施設について、その使用を制限し、停止するよう、施設の管理者に要請し、指示することができる。また施設を使用した催物の開催を制限し、停止するよう催物の開他者に要請し、指示することができる (同条2項、3項)。
 外出については、自粛の要請にとどまるとはいえ、憲法によって保障された移動の自由(憲法221項)を制限するものである。また、多数の者が利用する学校等の施設の使用の制限・停止や施設を使用する催物の開催の制限・停止という規制は、施設や催物が幅広く対象となり、しかも要請にとどまらず指示という形での規制も加え、強制の度合いがさらに強められており、憲法上とりわけ重要な人権として保障される集会の自由や表現の自由(憲法211項)が侵害されかねない
 また、特措法の下で、NHKは、他の公共的機関や公益的事業法人とならんで指定公共機関とされ(26号など。民放等の他の報道機関も政令で追加される危険がある)、新型インフルエンザ等対策に開し内閣総理大臣の総合調整に服すだけでなく(201項)、緊急事態宣言下では、総合調整に基づく措置が実施されない場合でも、内閣総理大臣の必要な指示を受けることとされている(33条1項)。これでは、報道機関に権力からの独立と報道の自由が確保されず、市民も必要で十分な情報を得られず、その知る権利も満たせないことになる
 さらに、知事は、臨時の医療施設開設のため、所有者等の同意を得て、必要な土地、建特等を使用することができるが、一定の場合には同意を得ないで強制的に使用することができる(491項、2項)。これも私権の重大な侵害であり、憲法が保障する財産権にも深く関わる措置である(憲法29)。

2 政府による対策の失敗と緊急事態法制頼りへの疑問
 政府は、特措法改正の趣旨を、新型コロナウイルス感染症の「流行を早期に終息させるために、徹底した対策を講じていく必要がある」(改正法案の概要)と説明している。
 しかし、求められる有効な対策という点から振りかえれば、中国の感染地域からの人の流れをより早く止め、ダイヤモンドプリンセス号での感染を最小限にとどめ、より広範なウイルス検査の早期実施と実施体制の早期確立が必要であった。にもかかわらず、国内外のメディアからも厳しく批判されてきたように、初期対応の遅れとともに、必要な実施がなされない一方で、専門家会議の議論を踏まえて決定されたはずの「基本方針」にもなかった大規模イベントの開催自粛要請、それにつづく全国の小中高校、特別支援学校に対する一律の休校要請、さらに中国と韓国からの入国制限などが、いずれも専門家の意見を聞かず、十分な準備も十分な根拠の説明もないまま唐突に発動されることによって、混乱に拍車をかけてきた。
 本来必要な対策を取らないまま過ごしてきて、この段階に至って緊急事態法制の導入を言い出し、それに頼ることは感染の抑止、拡大防止と具体的にどうつながるのか、大いに疑問である。根拠も薄弱なまま、政府の強権化進み、市民の自由や人権が制限され、民主主義や立憲主義の体制が脅かされることにならないか、との危惧がぬぐえない。現に、特措法改正を超えて、この際、今回の問題を奇貨として憲法に緊急事態条項を新設しようとする改憲の動きさえ民党や一郎野党のなかにみられることも看過しがたい。

3 特措法改正ではなく真に有効な対策をこそ
 今回の特措法改正はあまりにも重大な問題が多く、一週間の内に審議して成立させるなどということは、拙速のそしりをまぬかれない。私たちは、政府に対し今回の法改正の撤回とともに、特措法そのものについても根本的な再検討を求めたい。加えて、次のことを急ぐべきである。すなわち症状が重症化するまでウイルス検査をさせないという誤った政策を転換し、現行感染症法によって十分対応できる検査の拡大、感染状況の正確な把握とその情報公開、感染者に対する迅速確実な治療体制の構築、マスクなどの必要物資の管理と普及である。感染リスクの高い満員通勤電車の解消、テレワークを可能にする国による休業補償、とりわけ中小企業への支援、経済的な打撃を受けている事業者に対するつなぎ融資や不安定雇用の下にある人々や高齢者、障がい者など生活への支援を必要とする人々への手厚いサポートが必要である。そのため緊急にして大胆な財政措置が喫緊である。
 強権的な緊急事態宣言の実施は、真実を隠蔽し、政府への建設的な批判の障壁となること必至である。一層の闇を招き寄せてはならない。
2020年3月9
搾滓和幸(弁護士) 右崎正博(狽協大学名誉教授) 宇都宮健児(弁護士、元口弁逓会長)
海渡雄一(弁護士) 北村 栄(弁護士) 阪口徳雄(弁護士) 滓藤統一郎(弁護士)
田島泰彦(早稲田大学非常勤講師、元上智大学教授) 水島朝穂(早稲田大学教授)
森 英樹(名古屋大学名誉教授) あいうえお順)


新型コロナウイルス対策に関する憲法研究者有志一同の声明

 私たち憲法研究者有志一同は、市民の生命や健康を守るため、マスク不足の解消や日本国内での検査体制の拡充、経済対策の具体化など、適切で迅速な新型コロナウイルス対策の拡充及び実現に向けて、憲法の意図する仕組みと手続を無視した総理大臣の独断的・場当たり的な緊急の対応ではなく、専門家の意見を踏まえ、あくまで政府(=内閣での合議による)として、さらには国会を通じて全力で取り組むことを要請します。
 他方で、新型コロナウイルス対策のために目下画策されている、「緊急事態宣言」を可能とするための新型インフルエンザ等特別措置法(以下、特措法)の改正については、以下の理由から断固反対します。
 確かに、この法律には、すでに市民の自由や権利を大幅に制限することが可能な緊急事態宣言を出すことができる仕組みが取り込まれています。しかしながら、その仕組み自体、国会の関与は限定的で、政府の拡大解釈による適用の危険性もあり、時間をかけてきちんと再検討する必要があります。
 特措法に基づく緊急事態宣言は、政府の恣意的判断によって、権力の集中を招き、市民の自由や権利を広範に制限レ市民生活の破綻につながりかねないものです。今、国民の目の前で繰り広げられている新型コロナウイルスヘの対応をめぐる政治の混乱をみればわかるように、適切な統治能力を欠いた状況下での拙速な改正は百害あって一利なしというべきものです。
 今、緊急に行われるべきことは、特措法改正ではなく、これ以上の感染を防ぐための有効な施策を早急に講ずることです。私たちは、政府および国会に対し、市民の自由や権利を制約する不必要な法律改正を中止し、感染拡大防止のため最大限の努力を行うことを強く要請します。
                                  以上
 【賛同者】

足立英郎(大阪電気通信大学名誉教授)

植松健一(立命館大学)

飯島滋明(名古屋学院大学)

植渾幸広(名古屋学院大学)

井口秀作(愛媛大学)

岡田健一郎(高知大学)

石川多加子(金沢大学)

奥野恒久(龍谷大学)

石川裕一郎(聖学院大学)

片山 等(国士舘大学)

石村 修(専修大学名誉教授)

上脇博之(神戸学院大学)

稲 正樹(元国際基督教大学)

河上院弘(広島市立大学)

井端正幸(沖縄国際大学)

川畑博昭(愛知県立大学)

井田洋子(長崎大学)

菊地 洋(岩手大学)
(以下省略 総数63名 3月12日12時現在)