2020年10月15日木曜日

学術会議介入 首相弁明くるくる 焦点は憲法と国民への攻撃(しんぶん赤旗)

 「日本学術会議」をめぐり、自民党が14日、「学術会議」の在り方を検討する作業チームの初会合を開き、政府からの独立性などの議論を始めたことについて、共産党の穀田国会対策委員長は、記者会見で「全くの問題のすり替えだ。今回の任命拒否の問題点は、政府がやっていることは憲法違反の疑いが強いということであり、その批判をそらすやり方はやめるべきだ」と述べました。

 また日本学術会議の元会長で東京大学の大西隆名誉教授もNHKのインタビューに応じ、政府が学術会議が推薦した会員候補6人を任命しなかったことについて「会員は優れた研究または業績のある科学者の中から選ぶという選考基準が法律で明確に定められている。それに則って選んだ方々がなぜ適格性を満たしていないのかが問われるわけで、はっきり理由を言っていただかないと非常に大きな疑問が残る」とし、「今回の任命拒否と学術会議の在り方は別の問題であり、あたかも問題をすり替えるように組織の在り方が議論されるのは大変奇異だ」と述べました。

 学術会議会員の任命を拒否した問題では、菅首相の弁明が日ごとにくるくる変わっています。しかしどの弁明を採っても、いずれも日本学術会議法に違反するという深刻な破綻に陥っています。将棋で言うとまさに「詰んでいる」状態です。
 しんぶん赤旗が取り上げました。
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学術会議介入 首相 弁明くるくる どれも違法
                        しんぶん赤旗 2020年10月14日
 日本学術会議の会員候補6人の任命を拒否した問題で、学者や野党などの批判・追及を前に、菅義偉首相の弁明が日ごとに変わった揚げ句、いずれも日本学術会議法に違反するという深刻な破綻に陥っています。(関連記事下掲
 菅首相による任命拒否は、そもそも同会議法7条2の「(学術会議の)推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」に違反します。同法改定が審議された1983年、中曽根康弘首相(当時)が、「政府の行為は形式的行為である」として、あくまで推薦名簿に基づいて任命するとした国会答弁を覆すものです。
 学術会議による推薦の選考基準は「優れた研究又は業績」(同会議法17条)です。その判断をできるのは、専門家集団である学術会議だけです。だからこそ、首相は推薦名簿に基づいて「形式的」に任命しなければなりません。
 菅首相は、そこに「総合的、俯瞰(ふかん)的な活動を確保する観点から判断した」と、同会議法にない勝手な基準を持ち込み、6人を排除したのです。
 さらに9日のインタビューで菅首相は、学術会議が政府に提出した105人の推薦リストを「見ていない」と発言しました。菅首相が推薦リストを「見ていない」のであれば、「推薦に基づいて任命」に抵触します。一方、首相以外の人物が6人を除外する判断をしていたのであれば、「総理大臣が任命する」に抵触します。
 いつ、誰が、任命を拒否する判断をしたのか。政府による経過の全容の説明と、拒否された6人全員の任命が求められています


学術会議任命拒否 焦点は 憲法と国民全体への攻撃
                        しんぶん赤旗 2020年10月14日
 菅義偉首相が日本学術会議の推薦する6人の会員候補の任命を拒否したことが、日本学術会議法や憲法23条の「学問の自由」に抵触することが、いよいよ明白となっています。菅首相の任命拒否は特定の科学者への攻撃にとどまらず、憲法が保障する「思想・良心の自由」「信教の自由」「表現の自由」「言論の自由」への攻撃につながる重大問題です。問題の焦点を振り返りました。

本質は「学問の自由」の侵害
 「会員選考の(政府からの)独立性はまさに『学問の自由』に位置付けられる」―広渡清吾元学術会議会長は、菅義偉首相による任命拒否で問われているのは「学問の自由」であると指摘しました(9日、野党合同ヒアリング)。任命拒否は、拒否された6人の研究者だけの問題ではなく、日本学術会議への介入であり、日本国憲法23条の「学問の自由」への侵害です。科学と学問は国民の共有財産です。学問の自由を侵害する動きは国民全体の権利に対する攻撃です。
 憲法に「学問の自由」が書き込まれたのは、戦前、侵略戦争遂行のために「学問の自由」が侵されたことへの反省からです。
 本格的な中国への侵略戦争を始めた満州事変(1931年)以後、学問・思想への歴史的な弾圧事件が起こりました。京都帝国大学の滝川幸辰(ゆきとき)教授の自由主義的な刑法学説が右翼から攻撃されると、大学の反対を無視して、文部省は滝川を休職処分にしました(33年)。政党政治の理論的基礎になった美濃部達吉の「天皇機関説」を政治家などが攻撃し、政府は学問上の理論である天皇機関説を否定する声明を出しました(35年)。これらの学問・思想への介入から、国民の思想統制が行われ、侵略戦争が進められたのです。
 この痛苦の歴史の反省に立って「学問の自由」は定められ、それに基づいて日本学術会議も創立します。
 学術会議法第3条で「独立して」と書かれ、政治からの独立性、自律性を定めているのは「学問の自由」を保障するためです。
 広渡氏は、「政府の科学に対する態度で一番大事な点は、科学が独立に自由に真理を追究することを目的としていることを保障すること」と主張します。
「形式的任命」が保障
 政府は、「学問の自由」を保障するために「形式的任命」を行うと認めていました。1983年、学術会議の会員について、学者による公選制から、推薦に基づく任命制にする日本学術会議法の改定案の審議で、政府は推薦された者を拒否することなく全員任命する「形式的任命」だと繰り返し答弁しています。中曽根康弘首相(当時)は「政府の行為は形式的行為であると考えれば、学問の自由・独立というものはあくまで保障される」(同年5月12日)と明言しています。つまり、「学問の自由」を守るために「形式的任命」をしていたのであり、今回の任命拒否はまさに「学問の自由」への侵害にほかなりません。
 日本共産党の田村智子参院議員が8日の参院内閣委員会で、任命拒否が可能であるという法解釈を示す文書があるのかと質問すると、木村陽一内閣法制局第一部長は「私が知る限り見当たらない」と、学問の自由を守るための「形式的任命」を否定する政府の文書を示せませんでした。
任命拒否の根拠 完全に崩壊
 菅政権は、任命拒否が日本学術会議法に反しない根拠として、内閣府が2018年に作成した文書を挙げています。同文書には、“日本学術会議の推薦のとおり、首相が任命すべき義務はない”“首相は、任命権者として、日本学術会議に人事を通じて一定の監督権を行使できる”との見解が記されており、内閣法制局がこれを了承したとしています。
法解釈の変更
 これは、これまでの政府の国会答弁を百八十度覆す法解釈の変更であり、それを国会に諮らず勝手に行うことは立法権に対する明らかな侵害行為です。
 内閣法制局は「法解釈の変更ではない」などと弁明し、その整合性を言いつくろうために、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利」とした憲法15条を持ち出しましたが、この論法でも、政府の任命拒否を正当化することはできません。
 日本共産党の田村智子議員は8日の参院内閣委員会で、内閣法制局がよりどころとしている1969年7月24日の衆院文教委員会での高辻正己内閣法制局長官(当時)の答弁を紹介。高辻氏が「明らかに法の目的に照らして不適当と認められる場合」以外に、政府に任命拒否の裁量が与えられていないとしていることを示し、菅首相の任命拒否が、日本学術会議法の目的に照らして不適当と認められる理由(に基づくことを示すよう迫りました。
 これに対し、政府は何一つ理由をあげられず、「人事とからむので答えは、差し控える」(内閣府の大塚幸寛官房長)と逃げの答弁を打つだけ。国民主権原理にもとづく憲法15条を持ち出しながら、国民には任命拒否の理由を説明できないなどあってはならず、任命拒否の根拠は完全に崩壊しています。
“推薦リスト”見てない矛盾
 日本学術会議の会員の任命をめぐる菅首相の説明が支離滅裂になり、深刻な矛盾に陥っています。
 菅首相は5日の内閣記者会のインタビューで、「総合的・俯瞰(ふかん)的な活動を確保する観点から、今回の任命について判断した」「推薦された方をそのまま任命してきた前例を踏襲してよいのか考えてきた」と述べ、自ら主体的に会員の選定に関与したことを示唆しました。
 一方で、菅首相は9日の内閣記者会のインタビューで、同じ説明を繰り返しながら、日本学術会議が提出した105人の推薦者名簿について、「見ていない」などと発言。推薦者名簿を「見ていない」のに、「総合的・俯瞰的な活動を確保する観点から判断」することは不可能で、明らかな矛盾です。
 日本学術会議は8月31日に105人の推薦者名簿を政府に提出。野党合同ヒアリングでは、9月24日に99人を任命する起案がなされ、日本学術会議が推薦した105人の推薦者名簿が添付されたものを、菅首相が9月28日に決裁したとされています。
いずれも違法
 早稲田大学の岡田正則教授は、菅首相が推薦者名簿を見ずに任命していたのなら、「推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」という日本学術会議法7条に違反すると指摘。首相に推薦者名簿が到達する前に、首相以外の何者かが6人を削除したならば、文書改ざんであり、首相の任命権や日本学術会議の選考権に対する侵害と指摘しており、いずれも違法の誹(そし)りを免れません。
 加藤勝信官房長官は12日の記者会見で、菅首相の発言について、「決裁文書には推薦者名簿は参考資料として添付されており、参考資料までは詳しくは見ていなかったことを指していると思う」としつつ、「決裁までの間に、首相には今回の考え方について説明が行われている」と弁明しました。
 では、誰が、いつ、どんな考え方に基づいて、6人の会員候補を外したのか―。政府が言い繕えば言い繕うほど、矛盾と謎が深まり、日本学術会議法違反の疑いが濃くなります。
背景に「戦争する国づくり」
 首相官邸による日本学術会議への人事介入は、今回が初めてでないことも明らかになっています。
 2011~17年に同会議会長を務めた大西隆東大名誉教授は、9日の野党合同ヒアリングで、16年と17年にも首相官邸による人事介入があったと証言しました。
 16年の会員補充のさいには、首相官邸が補充会員の選考途中に説明を求め、候補者に「難色」を示したといいます。その結果、選考がまとまらず補充は断念。17年秋の会員の半数改選のさいも、選考過程で官邸に説明に訪れていました。
安保法制から
 官邸による同会議への介入が強まったのは、15年9月の安保法制=戦争法の直後からです。
 安保法制をめぐっては、「戦争する国に道を開く」「憲法違反だ」と広範な国民が声をあげました。その中に、「安全保障関連法案に反対する学者の会」の姿がありました。国会審議では、与党が推薦した参考人も含めて憲法学者が続々と同法を「違憲」と断定。与党内に衝撃を広げました。
 さらに、日本学術会議は、17年3月に「軍事的安全保障研究に関する声明」を発表しました。声明は「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」という1950年と67年の声明を継承すると表明。防衛省が大学などに資金提供し、将来の装備品の開発につなげる「安全保障技術研究推進制度」について「政府による研究への介入が著しく、問題が多い」と批判しました。
 「戦争する国づくり」を進めるには、学者・研究者による反対の声をおさえこむ必要がある―。学術会議への露骨な介入の背景に、「戦争する国づくり」があることが浮かびあがっています。
幅広い団体から批判の声
 菅首相が学術会議会員の任命を拒否した問題で、理由の説明と拒否の撤回を求める声が学術界を中止に幅広い団体・個人から起こっています。
 174の学会が声明・要望を発表しています。任命された6人は人文・社会科学の研究者ですが、日本物理学会、日本数学会など95の自然科学系の学会も声明・要望を出しています。批判の声は学術団体に限りません。日本ペンクラブ、是枝裕和監督など映画人22氏、日本劇作家協会、日本キリスト教協議会など幅広い団体からも批判の声が上がっています。