小泉・竹中政権で大量に生み出されるようになった非正規労働者はその後増大する一方で、アベノミクスでは格差も拡大の一途をたどりました。そして経済格差はもはや「格差」ではなくて「階級社会」に変貌しました。
橋本健二・早大教授(社会学)が「年収186万円」(以下)の非正規労働者から成る900万人を超える階層(アンダークラス)が誕生した」と指摘したのは、著書『新・日本の階級社会』(18.1.18 講談社現代新書)においてでした。
⇒(18.1.16)日本に現れた新たな「下層階級」の実情
⇒(18.2.07)新・階級社会 日本の真実
因みにトマ・ピケティ氏は著書『21世紀の資本』で、この経済格差を改善するには「累進課税の強化」に遡るしかないと述べました。オバマ米大統領は早速それを政策に取り入れましたが、安倍政権は一顧だにしませんでした
ブログ「世に倦む日々」が、「選挙の陰で噴出するアンダークラスの絶望と悲鳴 ― 浮上する失業と窮乏化の問題」という記事を出しました。
そのなかで選挙後は、この貧困と失業の問題への対策が待ったなしの課題になるだろうと指摘し、その場合、またゾロ 新自由主義論者が登場して、日本はITの能力で後れを取り 労働生産性が海外に比べ低いなどという「騙しの言説」をもって問題をすり替えようとするだろうが、GDPを大きくすれば解決することだと述べています。
AERAの記事:「炊き出しに並ぶ女子大生の願い 『今が大変なんだから、今助けてほしい』」を併せて紹介します。
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選挙の陰で噴出するアンダークラスの絶望と悲鳴
- 浮上する失業と窮乏化の問題
世に倦む日々 2021-10-28
投票まで残り4日。終盤になって急に自民党が勢いを盛り返した情勢報道がマスコミから続いている。25日の朝日新聞の記事では、議席予測の棒グラフがほぼ現有議席(276)と同じ値まで伸びていて、「単独過半数を大きく上回る勢い」とある。27日の共同通信の記事もほぼ同様で、「立憲民主党は伸び悩んでいる」とあった。この二つの記事は、24日の静岡補選の結果から窺える楽観的な見方を根本から覆すもので、真逆の事態の進行が観測されている。狼狽する気分で接したが、そこから続いて出た27日のカナロコ(⇒神奈川新聞)とテレ玉の報道には、青ざめて憂鬱になるという感覚しかない。テレ玉によると、埼玉県内15選挙区の情勢は自民が14勝1敗の見通しであり、何と、5区で枝野幸男が自民候補にリードを許していると分析されている。先週23日の日経の調査記事では、埼玉県内の戦局は五分五分で、僅かに野党優勢の傾向が確認できると報告されていた。急に風向きが変わった。カナコロとテレ玉が、自民党の圧力で情報工作に手を染めるということがあるだろうか。考えにくい図だ。
24日の静岡補選を受けて、爽快で華やいだ心境になり、31日の夜のために奮発してチリ産カベルネソーベニオンを準備したけれど、祝杯の宴となるかどうかは予断を許さない状況となった。今回の選挙では経済政策が関心の中心になっている。議論は散漫で、何が論点で何が争点なのか、全く整理されず解説されないが、コロナ禍で傷んだ国民生活を政府の給付で救済しようという政党の公約に対して、それは「バラマキ」であり財政破綻になるからやめろとマスコミが批判、政党対マスコミの対立構図の観を呈している。きわめて不毛ながら、それがこの選挙の「政策論争」の実態だ。マスコミは、政党の給付策や減税案は、国民の歓心を買って票を釣るための人気取りの餌であると最初から規定し、その意義を否定しているため、政党がどうしてここまで給付策や救済策を前面に押し出すのかの事情を内在的に調べて報道しない。そのため国民は、選挙での経済政策議論を媒介しているところの、日本の社会経済の実態がよく分からない。政党にはリアルな情報が集まっている。マスコミは隠してよく見せない。
マスコミは隠すが、われわれが想像している以上に国民生活は甚だしく傷んでいる。その真相が、マスコミ報道から漏れ出る幾つかの断片的な情報から察せられる。選挙期間を通じて、実際のところ、主役になったのは貧困問題であり窮乏化問題だったのではないか。25日に出た、50歳の母親を26歳の長男が首を絞めて殺した愛知県の事件は、とても内容を最後まで全部読むことができなかった。続報が出ているのかもしれないが、経緯を追いかける気になれない。溜息をつき、心が固まるだけだ。どれほど、どれほど苦しく厳しい家族の人生だっただろう。50歳でこんな死を迎えなければならないとは、何と残酷で冷酷な社会の現実だろう。この事件はテレビのニュースで取り上げられなかった。NHKの報道に出なかった。民放も取り上げていない。今の選挙の経済政策論議の、ど真ん中の問題のはずなのに、紹介して説明することがなかった。その代わり、例によって5chやTwのネオリベ右翼が、匿名でこの家族を罵倒し嘲笑って傷つけている。侮辱と誹謗中傷の雨。いつもの光景だ。同情されない。一昔前だったらどうだろうか。どうして今はこうなのだろう。
27日には、「コロナで失業長引く女性、急増34万人」という毎日の記事が出て、ネットで少し話題になっていた。副題に「事務職の仕事、見つからない」とある。コロナ禍によって仕事が減り、失業者が増えている。首を切られるのは、雇用の調整弁になっている立場の弱い非正規労働者であり、そこに女性が多くいるので矛盾が押しつけられる結果となる。人手不足が言われているが、それは介護や建設工事の現場であり、女性が働く一般事務ではない。この関係のニュースはときどきテレビで見るが、趣旨がジェンダー平等の切り口で編集されていて、男女を機会均等・待遇平等に扱わない企業が悪いという一般論で纏めている場合が多い。日本は欧米に較べて遅れているというメッセージで総括している印象が強く、貧困問題・格差問題として正面から捉えられていない痛痒さを感じる。ネットの反応は、例によって5chの匿名のネオリベ右翼が、文句を言うな、建設工事の仕事をやれと罵倒する書き込みを連ねていた。生活保護のときも問題になったが、この種の問題に対する日本のネット空間の反応は、この右翼の罵倒が一つの標準パターンになっている。本来、犯罪として取り締まるべきなのだ。
同じ27日には、Tw(⇒ツイッター)のトレンドで「手取り13万円」が話題になった。早速、自分はもっと低いが十分生活できているとか、工夫の余地はあるとか、贅沢言うなとかの反応が飛び交い、いつものTwのタイムラインの進行となった。非正規の話かと思ったら正社員の話らしい。この10年ほど、正規と非正規の同一労働同一賃金が言われる中、ネオリベ側が巧妙に、正規の待遇を非正規側に寄せて行く「同一労働同一賃金」の策動があり、本田由紀などがそれに巧く乗せられて嵌められて行く図を見て来た。ネオリベ側の口上は一貫していて、日本の正社員は恵まれすぎているという批判である。今も新手のネオリベ論者が出て来てテレビでこの説を唱え、正社員の首を切りやすくしろと要求、そうすれば日本の競争力が上がると言っている。10年ほど前、居酒屋チェーンや紳士服チェーンで「名ばかり店長」の問題が上がり、ブラック企業という呼称が生まれたが、今では、正社員の給料を堂々と14万円にしている中小企業が数多らしい。気が滅入る。そして、こういう告発的な意見がネットに上がると、すかさずネオリベ論者が出撃してきて、なぜ日本の中小企業は賃金が上がらないのかという「構造」の講釈をするのである。
手取り13万円の低賃金を合理化し、正当化し、仕方ないことだと理屈を刷り込み、ITの能力で労働生産性を上げないと賃金も上がらないのだと説教するのである。どうやら、今の雰囲気はリーマンショックがあった2008年に似ている。あのとき、製造業で派遣で働く非正規労働者が大量に解雇され、寮を追い出されて住む場所を失い、日比谷の年越し派遣村の炊き出しに長い行列を作った。日本経済はリーマンショックで大きな打撃を受け、雇用の安全弁だった非正規社員が失業して路頭に迷った。第二次就職氷河期を迎え、若年層の非正規の比率が一段と上がった。アベノミクスの間、インバウンド等サービス業の内需と雇用が一定程度あり、リーマンショック直後のような厳しい環境は後退していたが、再び真冬の季節が到来した雰囲気が漂っている。12年前と違うのは、それをマスコミが可視化しないことだ。問題として大きく報道しないことだ。ワーキングプアの問題として定義せず、ジェンダー問題の視角で報道している点だ。マスコミに危機感がなく、逆に問題を過小評価している。巨大な貧困があり、窮乏化があり、過去にない人々の嘆きと痛みがあるのに、それをマスコミが正視しない。NHKスペシャルにして問題共有しようとしない。
選挙の結果がどうあれ、選挙後は、この貧困と失業の問題への対策が待ったなしの課題になるだろう。なお、日本の労働者の労働生産性の低さの問題については、Twでも若干指摘したが、ITの能力など要因として全く関係ないことを申し上げ、念を押しておく。そのような個別局所的な問題ではない。それはネオリベ論者の騙しの言説である。GDPが大きくなれば、経済指標の数字の一つでしかない労働生産性も自然と大きくなる。労働生産性=生産量÷労働量 の割り算だからである。簡単なことだ。自虐に陥ってはいけない。騙されてはいけない。日本の中小企業がなぜ賃上げを実現できないか、賃上げをすると経営に響くかについては、実は重要な論点があり、左翼の経済学者が指摘していない、看過している陥穽がある。その点は、内部留保の研究の続編で論じたいと思う。
炊き出しに並ぶ女子大生の願い「今が大変なんだから、今助けてほしい」
AERA dot. 2021/10/28
週刊朝日 2021年11月5日号
何時間も前から列ができ始め、NPO法人「TENOHASI(てのはし)」が用意した弁当を受け取った© AERA dot. 提供 何時間も前から列ができ始め、NPO法人「TENOHASI(てのはし)」が用意した弁当を受け取った
やれ「分配」だ「減税」だ、選挙まっただなかで各政党や政治家たちは声高に訴える。でもコロナで困窮する人たちは何を思い、何を望んでいるのか。声を聞いた。
* * *
10月の土曜日の午後、東京・池袋の公園に数百人の行列ができている。折りたたみ椅子持参でスポーツ紙を読む高齢者に交ざって、大きな袋を肩に掛け、スマホをいじりながら並ぶ若者の姿もチラホラ見られる。彼らが待っているのは無料で配られる弁当だ。
「今日はお弁当だけ。先週は弁当のほかにパンとか果物も配られたけど」と説明してくれたのは40代男性。都内の飲食店でアルバイトをしているが、コロナ禍でシフトが3分の1以下になり、2カ月前から家賃が払えずネットカフェや路上で生活し始めた。
「今はランチタイムの3時間だけ、週に3回だけだけど、まだ俺には仕事があるからいいよ。バイトの学生さんはみんなクビさ。少しでもお金を浮かすために、あちこちの炊き出しに並んでる」
男性の手帳には細かい文字で炊き出しスケジュールが記されていた。
「ここの弁当が一番おいしい。でも早めに来て並ばなきゃならないけどね」。この日は弁当が配られる2時間前から並んだという。
行列の前方にはオシャレな服を着た若い女性も並んでいた。都内の大学に通う福島出身の女性はコロナ禍で居酒屋のバイトがなくなり、ポスティングのアルバイトで生活費を稼いでいると話す。
「旅館で仲居をしていた母の仕事がなくなってしまったのに、仕送りを増やしてもらうわけにはいかないから、何とか自分で働かないと。でもなかなかバイトも見つからない。節約のため、ここでお弁当を配る日は毎回並ぶようにしているんです。初めて並んだときはちょっと怖かったけど、もう慣れたから全然平気」
午後4時過ぎ、弁当が配られ始めると列は一気に進んでいく。この女性は弁当を受け取るや否や、猛ダッシュで再び列の最後尾に並んだ。記者も慌てて追いかける。
「弁当が余れば2回目の人にもくれるから」という。しかし、残念ながらこの日は途中で品切れ。
「早くこんな生活から脱出したい。コロナが早く収まって、またバイトに復帰できるのが一番の望みかな。選挙で給付金や補助金を出すって言ってるけど、どうせまだずっと先のことでしょ。今が大変なんだから、今助けてほしいのに」
もらった弁当をその場で食べ始めている50代男性もいた。
「今日初めての食事でね。給付金? 欲しいね。消費税の減税もありがたいけど、俺らはもともとお金使わないから。ありがたみは少ないね。使えるほどお金があればいいけどね」
夏に派遣切りにあい、新たに見つけた清掃の仕事も不定期で、貯金も尽きた。
「生活保護も考えるけど、家族に連絡がいくのが嫌で踏み切れない。家賃が払えなくなったら俺もホームレスになるのかもなって思う。俺たちみたいなコロナの被害者を助けてくれる政治家がいるなら、絶対投票するけどね。期待はできないね」
コロナ困窮者の数は、たぶん想像以上に多い。選挙で地元を奔走する候補者たちに、彼らの声は聞こえているのか。(本誌・鈴木裕也)