2019年11月23日土曜日

アベ政治の食い物にされた教育行政の惨状 (寺脇 研氏)

 文科省の官僚であった寺脇研氏が、日刊ゲンダイに「アベ政治の食い物に 教育行政の惨状」と題した連載記事をこれまで5回に渡り出しています(11/15~11/22)

 今回批判の的になった共通試験への「英語民間試験」導入は、徹頭徹尾、誤った政治主導によって産み出されたものでした。受験生の「共通ID」の発行申し込み手続きが始まる11月1日に、それまで実施すると宣言していた「導入」が一夜にして「延期」になったのは、10月25日の菅原経産相に続き1031日朝河井法相辞任したこと、これ以上萩生田文科相野党や世論の攻撃を浴びては政権そのものが危なくなるという危機感からでした。
 そもそも英語試験民営化は自民党の在野時代から構想されていたものを、安倍首相の私的諮問機関「教育再生実行会議」が1310月に第4次提言」として、TOEFL等の語学検定試験」を入試に活用するようにしたことで具体化しました。しかしその提言は単に「民間試験の活用を唱え」ただけで具体的方策のイメージを備えたものではありませんでした。
 それを下村博文文科相(当時)が天下り的に20年に実施するよう指示を出した結果、文部官僚は以後その具体化に忙殺されることになりました。
 しかしそもそもが検討不足で基本を誤ったものなので、合理的な方策が出来る筈はなく、実施直前の910になって「全国高等学校長協会(全高長)」から「導入を延期した上で制度を見直すよう求める要望書」が提出されるという醜態を演じました。前代未聞のことでした

 寺脇研氏によれば、導入を決定した下村元文科相は、一人一人の「生産性の向上」が教育の目的だと語っているということで、教育という極めて公共性の高い分野にまで、新自由主義を持ち込もうとしたと述べています。

 こんな不都合な民間試験の導入が4年後に復活することはあり得ませんが、果たして何処まで合理的な方策が出せるのか注目されます。 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
アベ政治の食い物に 教育行政の惨状 1
1日でスピード決定 政局の産物だった「英語民間試験」延期
寺脇研 日刊ゲンダイ 2019/11/15
  寺脇  京都造形芸術大学客員教授
1952年、福岡市生まれ。ラ・サール中高、東大法学部を経て、75年に文部省(当時)入省。初等中等教育局職業教育課長、大臣官房審議官、文化庁文化部長などを歴任し、2006年に退官。ゆとり教育の旗振り役を務め、“ミスター文部省”と呼ばれた。「危ない『道徳教科書』」など著書多数。前川喜平元文科次官との共同企画映画「子どもたちをよろしく」が2月公開予定。

 11月1日朝、萩生田文科相が2020年度から実施する大学入学共通テストに英語民間試験を導入する既定路線の変更を突如宣言した。実施を延期し、何と4年後の24年度を目指して再検討するというのである。
 え? 今? 何故? との驚愕が、全国の教育関係者の間に起きる。それもそのはず、この日は、来年度からの導入に伴い民間英語試験の成績を大学側に提供するための「大学入試英語成績提供システム」に使用する「共通ID」の発行申し込み手続き初日だった。
 20年度に受験して21年4月入学を目指すのは、現在の高校2年生だ。彼らは、各自「共通ID」を取得した上で希望する英語民間試験に受験申し込みを行い、3年生になったら4月から12月の間に2回まで試験を受ける。その結果が大学入試に反映されていく。
 つまり、「共通ID」発行申し込みからすべてが始まるわけで、大半の高校では、大学受験を志望する2年生全員の申込書を取りまとめて郵送したところだった。1日朝、職員室に激震が走ったのは言うまでもない。受け付ける側の大学入試センターは、7日になってようやく返送手続きを発表する慌てぶりだ。
 これだけならまだいい。最も多くの受験が予想された「英検S―CBT」は、既に予約段階で3000円の払い込みを受けており、30万人にも及ぶ大量の返金騒動となっている。

 こんな大混乱を招いた決定は、極めて短時間のうちに行われた。10月24日夜の「プライムニュース」(BSフジ)で萩生田文科相が「自分の身の丈に合わせて頑張ってもらえば」と発言。これが教育格差の容認ではないかと批判が集まり、謝罪、撤回に追い込まれたのだが、試験自体は予定通り実施すると言い続けてきた。
 それが、10月31日朝の河井法相辞任劇で一転する。25日の菅原経産相に続き1週間のうちに閣僚2人が不祥事辞職となる中で、「身の丈発言」が尾を引く萩生田文科相に対する野党や世論の攻撃を回避しないと政権そのものが危なくなる――。そんな懸念が政権中枢に湧いてきたのではないか
 その結果が、わずか24時間後の延期発表となった。これほど迅速な対応は、首相官邸など政権内の極めて高いレベルの意向を感じさせる。
 つまり今回の導入延期ドタバタ劇は、教育的見地からのものではなく、政局の産物以外の何ものでもない。 =つづく

アベ政治の食い物に 教育行政の惨状 2
野党時代から構想 英語試験民営化は自民政権復帰で急加速
寺脇研 日刊ゲンダイ 2019/11/16
 閣僚2人の相次ぐ不祥事辞任に続く3人目になりかかっていた萩生田文科相を守り、政権への打撃を最小限に抑えるために画策された大学入学共通テストへの英語民間試験導入延期は、典型的な政治的判断だった。受験生たちは、安倍内閣の延命策に翻弄されてしまったわけだ。
 被害は、導入初年度の受験生になるはずだった現在の高校2年生だけではない。民間試験導入を見越して準備を始めていた1年生や中学生にも及ぶ。また、高校3年生は「浪人すると英語試験制度が変わってしまう」との危惧から、志望校選択を手堅くしている生徒もおり、いまさら変更も難しい。このたびの政治的判断の影響は、それほど大きいのだ。

 しかも、そもそも導入を決めたのも政治の力なのである。最初に提言したのは、政府ではなく自民党だった。2012年12月に政権復帰した半年後の13年5月、「自民党教育再生実行本部」は第2次提言を発表している。この組織は、安倍首相が自民党総裁に返り咲いた直後の12年10月、まだ野党だった時代にいち早く設置したものだ。提言には、「TOEFL等の外部試験の大学入試への活用の促進」が記されている
 その後を追うように、第2次政権をスタートさせた安倍首相の私的諮問機関「教育再生実行会議」が13年10月に出した第4次提言で、「TOEFL等の語学検定試験」を入試に活用するよう大学に促すことを国に対して求めている。こちらも、首相の「お友達」の委員が多数入るなど、政治的要素の強い会議だ。
 どちらの提言も、英語教育や民間試験制度に通じた専門家によるものではなく、思いつきの産物とみられても仕方がない。民間試験の活用を唱えるだけで、具体的方策のイメージが論じられた形跡は見当たらない

 しかし、この2つの提言で流れは決した。前者は自民党文教族議員による直接の政治判断、後者は首相直属会議で文科相がこの会議の担当相でもある。当時の下村博文文科相は、最高諮問機関である中央教育審議会(中教審)に速やかな検討を命じ、14年12月に20年度からの新しい「学力評価テスト」の実施と、その中で民間英語試験を活用する答申を得た。この「学力評価テスト」が大学入学共通テストになっていくのである。
 英語民間試験は、政治的理由で導入延期されただけでなく、導入決定もまた、政治の産物だったのだ。

アベ政治の食い物に 教育行政の惨状 3
五輪開催20年度の改革は下村元文科相「公言」で既定路線化
寺脇研 日刊ゲンダイ 2019/11/19
 英語民間試験導入は、首相直属の「教育再生実行会議」が提言するなど政治の側の決定だったから、教育行政を担当する文科省としてもそれを最重要課題とせざるを得ない。森友・加計問題で忖度が横行したように、首相官邸の内閣人事局に人事権を握られて以来、官僚は与党政治家の忠実な下僕でなければならないからだ。
 現政権は、何よりスピードを重視する。特定秘密保護法も集団的自衛権の閣議決定も、安保法制も外国人労働者受け入れ拡大も、拙速と思えるほどの急ぎ方だった。まして、英語民間試験の導入決定時の文科相は、2012年から15年まで3年近くその座に君臨し、権勢を振るった下村博文氏である。急激な改革を求め、細密な工程表を作って官僚たちを意のままに使おうとしていた。
 その下村元文科相が、最高諮問機関である中央教育審議会(中教審)の答申が出る前の14年秋ごろから東京五輪が開催される20年度には入試改革を実施すると公言していたのだ。20年度実施は既定路線とされ、5年間のうちに準備を完了することが文科省の官僚たちの必須課題となったのは言うまでもない。
 1979年度から実施された共通1次試験は、71年に決定されてから7年間の準備期間があったし、大学入試センターという国がつくった機関が責任を持って運営する仕組みだった。対して今回は、これまで全く国が関与してこなかった英語民間試験を導入する難題を抱えているのである。
 中教審答申に先立つ14年9月に提出された専門家中心の「英語教育の在り方に関する有識者会議」の報告書でも、入試センターが独自の問題作成を行うか、民間試験を導入するかについて結論を出しかね、さらに検討が必要とされていた。報告書は、「受験料など経済格差の解消、受験機会など地域格差の解消等に関する具体的な検討が必要」と問題点を指摘していた。

■議事録は公開されぬまま…
 それらの問題解決のため省内に設置され、16~17年に議論を行った「検討・準備グループ」の議事録は公開されぬままだし、実施直前の18年12月に設置され、最終調整を行ってきたワーキンググループでも異論が出ていたらしいのに、こちらも非公開で議事録も作成していないという。
 こんな乱暴な検討は官僚として不本意なはずだが、既定路線を崩すわけにはいかなかったのだろう。初めから、実施という結論ありきの事前検討だったのである。これでは受験生の不安を払拭できるはずがない。

アベ政治の食い物に 教育行政の惨状 4
新制度開始直前 前代未聞だった「全高長」の導入延期要請
寺脇研 日刊ゲンダイ 2019/11/20
 政治の意向で導入され、今度も政治の意向で導入延期となった英語民間試験だが、導入ありきで強引に進めてきた結果、経済格差、地域格差の問題が解決できていなかったことが明白になってきた。それゆえ、延期を決めた萩生田文科相の「英断」だとヨイショする政権の御用コメンテーターがいたりする。当の文科相自身、導入延期決定後は「9月に文科大臣に就任して早々、これは止めた方がいいなと思った」と発言している。
 しかし、9月11日の就任会見以来、記者からの質問に対して実施の方向で答え続け、10月8日には「当初の予定通り2020年度から導入することとします」と明言していた。「身の丈発言」を撤回して陳謝した同29日も、導入延期したらどうかとの問いに「ぜひ、これは予定通り実施をさせていただきたいと思っています」とはっきり答えていたではないか。

■文教族の抗議は「ガス抜き」
 第一、「身の丈に合わせて頑張って」という発言自体、格差の存在を前提としたものであり、問題があるから止めた方がいいと思っている人間の口から出るはずのないものだ。導入延期は「英断」どころか、自己保身と政権擁護のためだったとしか見えない。
 一方で、柴山昌彦前文科相ら、導入を推進してきた自民党文部科学部会メンバーが萩生田文科相に抗議の決議文を手渡し不満の意を表明。しかし、その模様を伝える写真に部会メンバーと文科相が仲良く並んで納まっているのを見ると、推進派論者や民間企業などに配慮したいわゆる「ガス抜き」のようだ。現政権下では、官邸レベルの決定に彼らも従わざるを得ない。
 本来は、20年度導入を遮二無二に通してきた推進派の責任こそ問われなければならないはずだ。当初から指摘されてきた格差問題をはじめとする多くの問題点にきちんと対応しようとせず、破綻を招いたのだから。特に意思決定に関わった政治家は、森友・加計問題のように官僚に責任をなすりつけてはいけない。
 結果的に見送りになった「共通ID」発行受け付け開始日の11月1日が新制度のスタートだった。そのわずか50日前の9月10日、「全国高等学校長協会(全高長)」が導入を延期した上で制度を見直すよう求める要望書を文科省に提出した。全高長は全国の国公私立高校の校長が集まる団体であり、高校側の総意を代表する。
 その団体から実施段階で異論が出るのは、おそらく前代未聞。それほどひどい準備不足、議論不足だったのである。

アベ政治の食い物に 教育行政の惨状 5
目的は生産性向上 教育にも入り込んだ新自由主義の危うさ
寺脇研 日刊ゲンダイ 2019/11/22
 これほど準備、議論ともに不足していた中で、どうして安倍政権はこんなにも英語民間試験導入にこだわったのだろうか。
 1979年度以来40年にわたって共通1次試験、センター試験と続いてきた全国一斉入試においては、問題作成も試験実施も採点も、全て公的機関である大学入試センターによって行われてきた。2006年度から実施の英語リスニングも、ICプレーヤーを使う方式まで含め入試センターで対応してきている。
 英語4技能のうち「読む」だけだった試験に「聞く」を導入した際は入試センターに任せたのに、「話す」「書く」が入る今回はなぜ民間なのか。民間試験はこの4技能全部を有機的に結びつけて問い、結果を評価するので総合的な英語力を測れる――。これが理由とされている。入試センターが新たに同様の試験問題を開発するには、コストの問題もあるが、何より、時間を要して改革が遅れるのが痛いというのだ

 それなら、いっそ英語試験は全て民間に任せたらいいじゃないかという話になる。「読む」「聞く」だけは入試センター作成のマークシート式試験とダブるからだ。
 実際、文科省での検討過程では、その案も有力だったという。しかし、それでは全体を入試センターの責任で行っている試験の英語部分だけを完全に民間に委ねてしまうことになる。これに関しては、受験生や高校、大学の不安が大きく、こんな変則形になったのである。
 もともと民間試験導入推進派には、コストや時間面で合理性があるなら公的機関でなく営利企業も含めた民間に任せればいい、という発想が根底にある。国鉄などの民営化にはじまり、経済性や自己責任を強調する、いわゆる新自由主義だ。

■下村元文科相「生産性向上」が教育の目的
 文科省の内部検討会で民間試験活用を強力に主張した楽天の三木谷浩史会長は、その考え方を代表する経済人だ。また、導入を決定した下村博文元文科相は、一人一人の「生産性の向上」が教育の目的だと語っている。教育という極めて公共性の高い分野にまで、新自由主義を持ち込もうというのである。
 英語4技能を同時に測り、総合的な英語力を身につけてもらうのが、これから大学で学ぶ者にとって不可欠なまでに重要だというのなら、経済格差、地域格差など多くの懸念を抱える既存の民間試験を使うのではなく、じっくり準備して入試センターによる新しい試験をつくればいいではないか。それが本来の教育的配慮というものだ。