2022年9月3日土曜日

03- 抗戦を煽った西側をインフレが襲う想定外/ウクライナ戦争 広範な変化の予兆

 外交評論家の孫崎享氏が日刊ゲンダイの「日本外交と政治の正体」(1回のペース)のコーナーに、「武器を与え「戦争ヤレヤレ」とあおった西側をインフレが襲う想定外」という記事を載せましたので紹介します。
 ロシアのウクライナ侵攻から半年が経過した中で、ロシアは西側の経済制裁で輸出量は減ったものの、石油価格の高騰で逆に昨年より輸出で得る収入は4割ほど増加したのに対して、西側はエネルギーや食料が高騰しインフレが進行したため欧州がこの被害を最も深刻に受けているという、想定外の事態になっていると述べています。
 それとは別に「マスコミに載らない海外記事」に「ウクライナでの戦争は遙かに広範な変化の予兆」という記事が載りました。そこでは、欧米メディアでは、ウクライナで起きていることと報道のされ方が完全に乖離しているとして、特にイギリス報道機関で一層顕著だと述べています併せて紹介します。
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日本外交と政治の正体 孫崎享
武器を与え「戦争ヤレヤレ」とあおった西側をインフレが襲う想定外
                          日刊ゲンダイ 2022/09/02
 ロシアのウクライナ侵攻以降、米国が主導する西側の政策は明確だった。
 ウクライナに武器支援を行い、ロシアが勝利しないよう、かつ、ロシアを完全撤退させるまでやっつけない。そして戦争を長期化させ、ロシアを疲弊させる。さらに経済面では、ロシアの石油・天然ガスの購入をボイコットする。ロシアの貿易にドルを使わせない。ロシアと提携する企業を撤退させ、ロシアを経済的に破壊させ、プーチンを引きずり降ろす。
 当初はこの戦略が成功し、ロシアの通貨は見る見るうちに下落した。ところが、ロシアの侵攻から約半年たった今、どうなっているだろうか。軍事面はもくろみどおり、長期化させることが進行中である。だが経済面は様相が全く違う
 ロシア原油が市場に出ないことで石油価格が高騰した。ロシアは、輸出量は減ったものの、石油価格の高騰で、逆に昨年より輸出で得る収入は4割ほど増加したGDPの落ち込みも5%程度で収まっている。
 一方、制裁を科している西側はどうか。エネルギーや食料が高騰し、インフレが進行。当然、購買力は落ちた。この被害を最も深刻に受けているのが欧州だ。
 日経新聞(8月26日付)は次のように報じた。
(1)ウクライナ侵攻から半年がたち、投資マネーが資源高に苦しむ欧州から退避している。
 株式の時価総額は主要地域で最も減少し36兆ドル(約490兆円)が消失した。減少額は中国(17兆ドル)、米国(15兆ドル)などと比べても突出している。
(2)ユーロ相場は7月、20年ぶりに1ユーロ=1ドルの等価を割り込んだ。
 欧州に比し比較的良好である米国でも、物価高は深刻である。米連邦準備制度理事会(FRB)長官が、「金利を引き上げてインフレを引き下げる中央銀行のキャンペーンは、家計、企業、ひいては株価に苦痛をもたらすとしても、“無条件”である」との厳しい警告を発した。
 これによって、「米国株式市場=大幅安、ダウ1000ドル超の下げ」という状況が到来した。
 ウクライナ問題は西側が「NATOはウクライナに拡大しない」「ウクライナ東部に民族の自決権を与える」ことを受け入れれば解決する
 今や制裁を科されたロシアよりも、武器を与え、「戦争ヤレヤレ」とする西側を経済的不況が襲いかかっている。

孫崎享 外交評論家
1943年、旧満州生まれ。東大法学部在学中に外務公務員上級職甲種試験(外交官採用試験)に合格。66年外務省入省。英国や米国、ソ連、イラク勤務などを経て、国際情報局長、駐イラン大使、防衛大教授を歴任。93年、「日本外交 現場からの証言――握手と微笑とイエスでいいか」で山本七平賞を受賞。「日米同盟の正体」「戦後史の正体」「小説外務省―尖閣問題の正体」など著書多数。


ウクライナでの戦争は遙かに広範な変化の予兆
                マスコミに載らない海外記事 2022年9月 2日
                  ジェームズ・オニール 2022年8月 2
                         New Eastern Outlook
 ウクライナでの戦争を見ながら、欧米メディアを読んでいると、思わず自問せずにはいられなくなる。これを書いている人々は一体どこで情報収集しているのだろう? 欧米メディアでは、現地で起きている事と報道のされ方が完全に乖離している。これはヨーロッパの他のどの国より、イギリス報道機関で、一層顕著だ。最近イギリスを訪問して、彼らの戦争報道というより、彼らが報道と称するものに、私は衝撃を受けた。現実から余りに乖離しているので、一息ついて、報道されているのは、出来事の記録というより、イギリスが事実であって欲しいと願うものを反映した一連の発言なのだと自分に言い聞かせざるを得なかった。
 これはウクライナ大統領の益々奇異な発言が体現する完全な現実逃避を反映している。先週日曜日ゼレンスキー大統領は、ウクライナはドンバスを取り戻すと言った。2015年にウクライナ政府が、ドンバスに、かなりの度合いの自律を与えるように見える協定に署名した、ウクライナでもロシア語話者が大多数の地域だ。

 当時ドンバスの統治者が理解していなかったのは、ウクライナ政府には合意の下での義務を果たす意図がないことだった。それどころか、何万人ものウクライナ軍が地域を占領し、今年2月ロシア介入後、ようやく離脱したのだ。
 ロシア介入に長い時間がかかったのは、この出来事全体で最大の謎の一つだ。2月のロシア介入のずっと前に、ウクライナ政府が2014年と2015年の合意の義務を履行する意図皆無だったのは明白だったはずだ。ウクライナが、かたくなな本当の理由は、ウクライナ政府が実際その決定をしたわけではなかったことだ。むしろアメリカだった。アメリカは、2014年に合法的ウクライナ政府を打倒したクーデターを画策し、以来、そこに据えた政府を支援している。当時も今も、目的は、本質的に、反ロシアだ。
 連中にとって、ロシア大統領のウラジーミル・プーチンを置き換える狙いを含め、連中の反ロシア政策を拡張する完ぺきな口実になったから、2022年2月のロシア介入をアメリカは大喜びしたはずだ。ヨーロッパをロシア経済から切り離すことを含め、アメリカの政策丸ごと惨めに失敗していたのだ。ロシアを崩壊させるどころか、30カ国が加盟する欧州連合の圧倒的多数の破滅だった。石油とガスの供給をロシアが大いに減らし、事実上、ヨーロッパ体制を機能させるノルドストリーム1の役割を減少させるにつれ、この冬、文字通り凍える惨めな可能性に直面しているのはヨーロッパだ
 アメリカの願望を遵守するため、自身の重要なエネルギー供給を危険にさらすのをいとわないほどアメリカ奴隷状態で、何カ月も前にヨーロッパへのエネルギー供給準備ができていたのに、弱体なドイツ政府が中止したノルドストリーム2プロジェクトを、今やドイツが復活させるという話さえある。諺のとおり「短気は損気」の典型だった。今ドイツは自分が間違っていたと認め、事実上、自らしかけた罠から解放してくれるようロシアに懇願しなければならない気まずい立場にある。ロシアは予想通り、自身の愚行の結果からドイツを救出するのに決して興味はない。

 現実逃避を絵に描いたのが、先週日曜のゼレンスキー演説だった。彼はウクライナはドンバスを奪還すると主張した。「我々は忘れない、我々の都市のいずれも、我々の国民の誰も忘れない」と彼は言った。さらに現実からの完全な現実逃避を強調してゼレンスキーは続けた「ウクライナのドネツクはロシア占領で辱めを受け奪われた。だがウクライナは戻る。確実に。暮らしは戻る。ドンバスの人々の威厳も戻る。」ウクライナ国旗が「確実に」クリミア半島で再び掲げられるとさえ彼は主張した。
 ゼレンスキーはアルコールと麻薬中毒両方だという矛盾する報道がある。彼は、どちらでもないかも、あるいは両方かも知れない。だが、確実なのは、彼の完全な現実逃避だ。彼がクリミア半島奪還に言及したのが、その典型だ。あの島は、1954年、当時ソ連書記長のフルシチョフがウクライナに譲ったのだ。クリミア半島住民は相談されなかった。当時、ウクライナもクリミア半島も、ソビエト社会主義共和国連邦の一部で、譲渡の実際的影響がほとんどなかったというのが事実だ。だが重要な歴史を全く無視し、クリミア半島奪還というゼレンスキーの主張だけ、しっかり報道するのは欧米メディアによる恣意的歴史報道の例だ。クリミア半島の人々は、1954年にそうだった以上に、このような動きについて相談される可能性はありそうもない。だが確実なのはクリミア住民の圧倒的多数が現在の現状に満足しており、ゼレンスキーや他の誰の下でも、絶対にウクライナに帰る希望を持っていないことだ。ウクライナ現大統領の、はかない夢を宣伝し、現地クリミア住民の願望を無視しているのは、いかにも欧米メディアらしい。

 上で引用したゼレンスキー演説の他の部分も同様に現実逃避している。ドンバスは今ロシアに奪還されており、ウクライナ支配下に戻ることは、ほとんどありそうにない。この地域に対するウクライナの、いかなる主張も、14,000人以上の人々を殺し、100万人以上を強制退去させたことを含め、ウクライナ軍による地域に対する大規模差別のおかげで台無しだ。ウクライナが、ロシア語使用を禁じていることも、ウクライナによる統治という主張にドンバスの人々か共感しそうにない、もう一つの理由だ。

 これら事実からして、ドンバスがウクライナ支配下に戻ると考えるのは困難だ。アメリカは戦争を継続させたいはずだ。連中の見地からは、ウイン-ウインなのだ。ロシアは西欧で多くの支持を失った人気がない戦争に従事している。アメリカは自国兵士を殺される危険にさらさずに新兵器を実験できる。連中が理解し損ねていたのは、連中が主張する状況説明を、世界の大半の国々が支持しないことだった。ロシアはヨーロッパ制裁から生き残り、世界の他の場所で栄えている。苦しんでいるのはヨーロッパで、近い将来一層酷いことになるだろう。
 だがヨーロッパの対応は、既存社会秩序に対するロシアの態度を大いに硬化させた。中国と共にロシアは地政学的、経済的関係の全く新しい体制を作り出している。これら変化の結果は、最終的はに、世界の広範な地域に依然残っているアメリカの影響力を損なうだろう。このような結果は、私としては大歓迎だ。

 ジェームズ・オニールは、オーストラリアを本拠とする元法廷弁護士で地政学専門家。オンライン誌New Eastern Outlook独占記事。

記事原文のurl:https://journal-neo.org/2022/08/29/the-war-in-ukraine-is-a-foretaste-of-much-wider-changes/