今年6月、杉並区長選に公共政策研究者から転じて立候補した岸本聡子氏が、4選を目指した現職を187票差で制して当選しました。
日刊ゲンダイが「注目の人」として「直撃インタビュー」しました。
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注目の人 直撃インタビュー
杉並区長・岸本聡子氏が取り組む“新しい政治”のカタチ「住民が行政、街づくりにかかわり続ける」
日刊ゲンダイ 2022/12/26
■岸本聡子(杉並区長)
今年6月の杉並区長選で、4選を目指した現職を187票差で制した。区政刷新を求める市民団体の要請で公共政策研究者から転身。同区初となる女性区長が掲げるのは、住民主導型の区政だ。今月9日に開かれた市民団体主催の「ローカル・イニシアチブ・ミーティング」では、来春の統一地方選に向け、志を共にする都内の首長や地方議員、立候補予定者との連携で合意。地方自治から政治を変えるビジョンとは何か。ざっくばらんに聞いた。
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──区長就任から半年が経ちました。
日々新しい課題や気付きがあります。就任以来、区内の児童館や学校などの再編や、西荻窪と高円寺で進んでいる道路計画について、住民と対話集会や説明会を繰り返してきました。すべての会に参加しているので大変ですが、住民との対話が私にとって最も大切な仕事だと思っています。
──意見を集約したうえで、公正な判断が求められます。
計画に関して対話集会を行った結果、意見を聞く前と同じ結論に至ったとしても、そのプロセスが重要だと考えています。施設再編や道路計画に限らず、そもそも何のための計画なのか、住民が理解できていない状態が長く続いていました。区として説明を重ねてきたとしても、住民に届いていなかったんですよね。
──行政からの一方通行だった。
形式的には結論が決まっていたとしても、住民対話を通じて、ここは修正できるとか、ここは地域の人たちと協力しながらできるとか、計画をより良い方向へと導いていけるはずです。可能なところは見直し、道筋をつくることが、対話と熟議の良いところ。住民に街づくりにかかわっていただくことにより、住民側にも主体性やオーナーシップが生まれます。最後はリーダーが責任を持って判断しなさいと言われますが、今の新しい政治は、区長である私が責任を負うのはもちろん、みんなで責任を負っていきましょう、と。住民が行政、街づくりにかかわり続ける。施設再編や道路計画は、その良いキッカケになるのではないかと思っています。
──行政側と住民側がキャッチボールできる仕組みづくりですね。
役所に手紙を書いたり、陳情したり、あるいは業界団体や自治会などに所属して区政につながっている住民の方も多くいらっしゃるので、必ずしもキャッチボールができていなかったわけではありません。しかし、多くの住民はそのようなつながりを持っていないのが現状です。行政が一方通行にならないためには、住民が参加したからこういうふうに変わったのだと、対話や議論の結果をフィードバックしていかなければいけません。その方が行政側も地域のために良い仕事ができます。
■議員送り出しまでが「ミュニシパリズム」(地域自治主義)
──住民の主体性の高さは感じますか。
杉並区も含め東京西部は地域活動に熱心な住民が多いと耳にすることもありますが、投票率が突出して高いわけではありません。政治や行政が自分の生活に全然関係ないと思っているという方は、特に若い世代で山のようにいると思います。ただ、そんな方でも、区長選を通じて自分の住んでいる地域が実は道路計画予定地だと初めて知ったり、政治的な問題を話し合う「政治カフェ」を主催するようになったり。
「区政とか政治って、自分たちの生活とマジ直結してるじゃん」という話を聞いた時はうれしかったですね。選挙期間だけではなく、選挙と選挙の間に行政や政治に少しでもかかわることのできる場をつくることが、私のチャレンジのひとつだと思っています。行政が主導する形ではなく、住民独自の取り組みが多発している状態が理想です。
──「草の根」や「ミュニシパリズム」(地域自治主義)に通じる考え方ですね。
「ミュニシパリズム」の特徴のひとつは、「草の根の政治参加」です。ただ、地域住民を交えた対話と熟議を通じて生み出された計画であっても、執行にはお金や人材が必要。となると、地域での対話や集会がある程度の政治的な力になっていかなければいけないと思います。したがって、「ミュニシパリズム」は、単なる草の根の政治参加にとどまらず、住民の意見を議会の場に提案して議論できる議員を出していくところまでつながっているのです。
■保育民営化で見えた国の政策誘導
──区政において公共政策研究のプロとして積んだ経験が生かされている?
公共政策を行政の外側から研究して見える問題点と、内側から見える問題点は異なります。例えば、保育園の民営化問題。水道などと同様、保育園もコモンズ(公共財)のひとつであるにもかかわらず、民営化が進んでいます。保育需要の逼迫や待機児童問題は何年も前から全国的に横たわってきたのに、民間事業者にお願いして急いで対策しなくてはいけない状態まで手をこまねいていたことが問題です。共働き世帯が増えるなど、生活様式の変化に対応しきれなかったのです。
労働集約的であり、決して儲かる産業ではない保育事業を民営化したことによって、労働条件の悪化や保育の質が低下する可能性が高まります。民営の場合、収益やコスト削減を優先して、非正規や非常勤の若い職員に頼らざるを得なくなってしまう。つまり、経験や技能の継承が難しくなってしまうのです。しかし、保育園の運営は民営でも公営でも、かかる費用は基本的に変わりません。ほとんどが施設維持費や人件費です。
だったら、同じ施設を使って保育職員を区職員として雇用し、区がきちんと人件費を払っていけばよい。それにもかかわらず、民営化が進んでいるのは、民営化をすれば、国から補助が出るからです。本当に国が待機児童ゼロを目指すのであれば、民営だろうが公営だろうが、同じ額の補助金を出せばいいのに、国は保育分野にまで民営化の手法を持ち込みたい。このような国の政策誘導は、行政の内側にいなかったら見えてこなかっただろうと思います。
──収益性を優先する民間の論理は、保育事業になじまない。
保育士さんの雇用の安定や保育の質の維持は、公営でも改善できるはずです。「民」に委ねるのではなく、「公」を良くしていく。これが私の研究テーマでもあった「公の民主化」です。公を良くしていくためには、積極的に情報を公開し、いろんな意見を吸い上げていくことが重要です。公の改善はいくらでも可能なのに、保育園を民営化して公から民にオーナーシップを変えてしまうと、公共政策の及ぶ範囲が著しく減ってしまいます。地域社会や保育士さん、子どもたちにとって何が最善なのか、民営化ありきではなく、立ち止まって検証するべきです。
■政治の優先順位を変え「ケア中心」に
──保育士や福祉士など、誰かをケアする側の職業において、待遇の悪さが目立ちます。
問題は、国や自治体が社会的なビジョンをきちんと描けているのかどうか。私が言い続けているひとつのビジョンが、脱炭素化社会はケア社会であるということ。これから先、化石燃料を使い、二酸化炭素を排出するような生産や輸送、仕事などは減っていかざるを得ません。時代の要請です。
その一方、どう考えても、ケアの仕事は増えていく。ニーズも多様化しています。発達障害や引きこもりの子に丁寧に寄り添う専門職が必要ですし、認知症の高齢者が患者として収容されるのではなく、のびのびと生活できる環境づくりも大事。政治家は、そういうケア社会のビジョンを持たなければいけないと思います。ケアする側として働く若い世代が、仕事に誇りを持ち、専門性を持って続けられるようにしなければなりません。
そのためには、政治の優先順位を変える必要があります。脱炭素化社会に向け、政治の優先順位をケア中心に変えて、ケアする側にお金が払われるような社会にする。人の命を中心にして政治の優先順位を変えることが「ミュニシパリズム」の根幹です。
──岸田政権は防衛増税を推し進める一方、子ども予算倍増の財源確保を先送りしました。
「命の政治」とは何かを考えなければいけません。だからこそ、民主主義の最高の練習場である地方自治が大切なのです。結局、住民の命を最後に守るのは、防災も含め自治体です。地域単位から政治の順位を変えていき、首長として国のアジェンダに物申していきたいですね。
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(聞き手=高月太樹/日刊ゲンダイ)
▽岸本聡子(きしもと・さとこ) 1974年、東京都生まれ。日大文理学部卒業後、国際青年環境NGO「A SEED JAPAN」に参加。2003年からオランダ・アムステルダムに本拠地を置く政策シンクタンクNGO「トランスナショナル研究所(TNI)」に所属。公共サービスの民営化や再公営化の事例を研究。無所属で杉並区長選挙に立候補し、初当選(立憲、共産、れいわ、社民推薦)。著書に「水道、再び公営化!」(集英社新書)、「私がつかんだコモンと民主主義」(晶文社)。年明けに「地域主権という希望」(大月書店)を刊行予定。