橋本健二・早大教授による「新・日本の階級社会」は、発売2カ月で6万部の大ヒットとなりました。かつて「一億総中流」といわれた日本の社会は、急速に貧富の格差が拡大しもうその面影はありません。
フリーターや非正規労働者の問題は小泉内閣や安倍第一次内閣の時代から問題視されていましたが、安倍氏などは当時から「働きたいときに好きなスタイルで働く」ことを希望する人たちも多く、そういう人たちの希望に沿うものだとして、逆に非正規労働者を一挙に拡大させる環境を整えました。
当時「ワーキング・プア―」と呼ばれた人たちは、いまや「アンダークラス(下層階級)」を形成しました。その規模は現在は900万人ほどですが、十数年後には1000万~1100万人に達し、そこで固定化すると見られています。当然世代間の固定も起きる筈です。橋本氏の著書は、そうした現実を詳細な調査データで示しています。
本ブログでは2月7日にも取り上げました※が、日刊ゲンダイが「注目の人 直撃インタビュー」で著者の橋本健二氏をインタビューしましたので紹介します。
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注目の人 直撃インタビュー
社会学者の橋本健二氏が説く 「新・階級社会」が生む絶望
日刊ゲンダイ 2018年3月19日
かつて日本は「一億総中流」を誇る社会だったはずだが、今やその影もない。貧富の格差を肌で感じながら漠然とした不安を抱いている人たちに、詳細な調査データでその現実を示し、衝撃を与えている本がある。発売2カ月で6万部の大ヒットとなっている新書「新・日本の階級社会」(講談社現代新書)だ。
新たに登場した「アンダークラス」という下層階級。著者の社会学者で早大教授の橋本健二氏は、「誰でもいつでもアンダークラスに転落する可能性がある」と断言する。一体どういうことなのか――。
■貧しいけれど気楽な日常、なんてない
――社会の階級構造が大きく変わってきたということですが、どう変わったのでしょうか。
これまでは「資本家」と「労働者」が基本的な階級で、その両方を併せ持った中間階級があり、その中にホワイトカラーなどの「新中間」階級と自営業者の「旧中間」階級がいるという4つからなる階級構造でした。ところが、非正規労働者がどんどん増加し、格差も拡大して労働者が「正規」と「非正規」の2つのグループに分裂してしまうようになったのです。階級構造は大きく変質し、非正規労働者という新しい下層階級「アンダークラス」が出現してきました。
――著書のタイトルに「新」を付けたのは、「アンダークラス」の登場を意味するんですね。
ひと昔前まで非正規労働者といえば、パート主婦やアルバイト学生、定年退職後の人で、人生の一時期だけ就く仕事でした。しかしバブル期の終わり頃から、一度も正社員にならないで非正規になるといういわゆるフリーターが出てきた。その後もフリーターは増え続け、中年になり、上は今や50代になっています。彼らは非常に所得が低く、貧困状態で、結婚することも、家族をつくることも難しい。同じ労働者でも正社員とは全く異なるグループなのです。
――詳細な調査を分析して、驚いたことは?
全体的にアンダークラスが増え、その実態がますます厳しくなっていることはある程度予想していました。予想以上だったのは、アンダークラスが心身の健康に多くの問題を抱え、他の階級とは全く違っていたことです。「うつ病や心の病気で治療を受けたことのある人」は他の階級では7~8%ですが、アンダークラスでは20%にも上っています。身長や体重も他より低く、軽い。
抑うつ傾向が非常に強く、「絶望的な感じになることがある」「気がめいって何をしても気が晴れない」「自分が何の価値もない人間のような気持ちになる」という回答が格段に多かった。でした。貧しいけれども気楽な日常。そんなふうに思っている人も少なくないと思いますが、そうではありません
――アンダークラスに陥る要因は何でしょう。
子供の頃のイジメや親からネグレクトされたことが原因でアンダークラスになる人もいます。また高校や大学を中退したことが原因になることも多い。そういう人は、家庭が貧困であることが多く、これがもともとの原因ともいえます。しかし最大の原因は、学校を出たあとに安定した職を得るチャンスが少なくなっていることですね。普通に学校生活を送って社会に出ようとしたときにまともな就職ができず、アンダークラスになって低賃金で下積みの単純作業ばかりしているうちに、だんだん心身の健康を失っていくのです。
■「子供がアンダークラスに転落したら、孫の顔を見られませんよ」
――就職の失敗がひとつの分かれ道ですね。
そうです。就職で失敗するとアンダークラスから脱出しにくい。実際、卒業後すぐに就職できた人の比率は、正社員では9割弱なのにアンダークラスでは66・7%にすぎません。
――そういう人たちが政府の政策の外で長年放置されてきたことも問題なのでは?
先ほどお話ししたように、ある時期まで非正規は人生の一時期だけのものでした。そのため特に賃金が低くても、パート主婦は正社員の夫がいるし、定年後の嘱託は退職金をもらった後なので、特に助けてあげる必要がないと思われていた。
ところがその後、人生で一度も正社員になることのない非正規の若者が増えてきた。それにもかかわらず、政府はこうした人たちの身分の安定を考えてきませんでした。それどころか経済財政諮問会議などは、「日本は平等すぎる。格差が小さすぎる。努力した人が報われる社会にしなければいけない」と言って、むしろ格差を助長するような政策を取ってきたのです。
――階級が固定化してきているそうですが、今後、アンダークラスも固定化しますか?
はっきりした形で出てきているのは、資本家階級の子供は資本家に、労働者階級の子供は労働者になりやすいということです。一方、ホワイトカラーなどの新中間階級の子供はアンダークラスになる危険性がかなり高い。この場合、固定化ではなく階級の転落ですね。
新中間階級にとっては、自分の子供が新中間階級になれるのはむしろ歓迎することなのですが、そんなに甘くはありません。アンダークラスが固定化するかどうかは、階級が形成されて日が浅いので、子供たちの進路がまだはっきりしていませんし、結婚していない人が多く、子供がいないという現実もあります。ただ、子供がいればアンダークラスになる可能性が高いとは思います。
――新中間階級からアンダークラスへの転落……ですか。ショックです。
思った以上に本が売れた原因はそこにあると思っています。読んでいるのはサラリーマンのような新中間階級だと思いますが、自分の子供の将来が心配なんですよ。
「このままの状態が続いたら、あなたたちの息子や娘はアンダークラスになる可能性が高い。そうすると孫の顔を見られなくなるかもしれませんよ」――サラリーマンにそう言いたい。自分の子供が……という利己的な動機でもいいから、格差や貧困の問題に関心を持って欲しい。
■格差拡大に批判的な人が支持する政党が必要
――アンダークラスが固定化すると社会はどうなりますか?
さまざまな損失が生まれると思います。現在アンダークラスは900万人ほどで、50代の非正規はあと十数年働き、その間、若年の非正規が毎年20万~30万人増えますから、最終的に1000万~1100万人規模で固定化するでしょう。この人たちの多くが、老後は生活保護に頼らざるを得ず、そのためのコストは非常に大きくなります。
また、アンダークラスでは子供を産み育てることができなかったり、子供がいても満足な教育を受けさせることができません。従って、人材が育たない。さらに格差が拡大することによって、社会の状態が悪化すると世界の多くの研究で言われています。
社会から連帯感・信頼感が失われ、争いが起こりやすくなり、犯罪が増える。ストレスが高まって健康状態が悪化し、平均寿命が短くなる。日本でもそうしたことが起こる可能性があると思います。
――階級と政党支持がリンクしているそうですね。
1960年代から70年前半くらいまでは、階級と政党支持の関係はとても強く資本家と自営業者ら旧中間階級は自民党、労働者は社会党、ホワイトカラーの新中間階級も多くが社会党支持でした。これが高度成長期の終わりから崩れ、自民党がどの階級からも支持を集めるようになりましたが、最近になって、富裕層は自民党を支持するが、貧困層は支持しない傾向が強まってきた。国民政党となった自民党は再び階級政党に逆戻りしつつある。一方で、格差拡大に批判的な人が支持する政党がない。それが今の政党システムの一番大きな問題だと思います。
――格差拡大、階級固定化という問題に解決策はありますか?
最終的には、格差を解消しなければいけないと考える人々が新しい政治基盤となって、自民党に代わる政権をつくり、社会のあり方を変えていく。政治が根本的に変わる必要があると思います。
「格差」の問題は、自民党政権を支持するか否かを分ける最大の分かれ目となっています。格差拡大とアンダークラスの問題を解決しなければいけない、という社会的合意ができれば政治勢力の形成は進んでいくのではないでしょうか。
(聞き手=本紙・小塚かおる)
▽はしもと・けんじ 1959年石川県生まれ。東大教育学部卒。同大学院博士課程単位取得退学。現在、早大人間科学学術院教授。専門は理論社会学。主な著書に「『格差』の戦後史」(河出書房新社)、「階級都市」(ちくま新書)など。