2018年3月9日金曜日

09- 自民改憲本部 緊急事態条項を協議 権利制限明記で一致

 自民党の12改憲草案では、首相が緊急事態を宣言すれば政府が法律と同じ効力の政令を制定でき何人も国の指示に従わなければならないと規定されています。
 その緊急事態を宣言できる条件は漠然としているので、政府は緊急事態を宣言しさえすれば万能の権力を持てるということで、その期間も定められていません。これでは首相の性格によってはナチスドイツのヒットラー並みの独裁が可能になります。そうしたことから、緊急事態条項の追加は憲法9条の改変よりも危険とも言われています。

 自民党憲法改正推進本部も、12年の改憲案では統制色が強すぎて、他党の理解を得るのは難しいと考えたのでしょう、当初は大災害時に衆院選が重なるような場合には特例として衆議院議員の任期延長することだけに絞る方向でした。ところが1月末の会合で、「自分たちの身分を守ることだけが目的と誤解される」と異論が噴出し、内閣の権限強化などを含む12年の党改憲草案への回帰が求められ、本来の危険性を持つものになろうとしています。

 当ブログではこれまで、「ワイマール憲法下でなぜナチス独裁が実現したのか 13年8月3日)」に始まって数十回に渡ってその危険性を取り上げてきました。

 そもそも日本には既に大規模災害対策の法律は既に整備されているので、憲法にわざわざ新しい条項を設けて法律を整備する必要はありません。

 災害時に現場に権限を下ろすための現行の法律は下記の通りです。
法律の名称
主な規定内容
 災害対策基本法
 災害対策本部の設置・応急処置・応急公用負担、

 非常災害対策本部の設置・本部長への権限付与、

 緊急災害対策本部の設置・本部長への権限付与、

 災害緊急事態の布告・政令による必要な措置(緊急措置)

 市町村長への権限付与
 大規模地震対策
 警戒宣言、地震災害警戒本部の設置・本部長への権限付与、
   特別措置法
 交通制限、避難の際の障害の除去、応急公用負担
 原子力災害対策
 原子力緊急事態宣言、
   特別措置法
 原子力災害対策本部の設置・本部長への権限付与
 災害救助法
 物資の保管命令、物資の収用等通信設備の優先利用
 自衛隊法
 自衛隊の災害現場への派遣等
 警察法
 内閣総理大臣への権限付与(警察庁長官に対する指揮監督等)
 (「憲法カフェへようこそ」あすわか 第4章 緊急事態条項カフェ 田中淳哉弁護士担当 より)

 また「諸外国には緊急事態条項が既定されているのに日本にはない」と、あたかも見落としているかのようにいう議員がいますが、それは間違いで、1946年の新憲法制定時に一度は議論になったものの、民主政治に反するものであるということから憲法に盛り込まなかったという経過がありました。当時の憲法改正案委員会で金森担当大臣は議員の質問に対して次のように答弁しています。
緊急事態の規定がないのは欠陥か?
1946年7月 帝国議会衆議院 帝国憲法改正案委員会
「緊急勅令及び財政上の緊急処分は当局者にとりましては実に調法ものであります。しかしながら国民の意思をある期間有力に無視し得る制度である(略)
 だから便利を尊ぶかあるいは民主政治の根本を尊重するか、こういう分かれ目になるのであります」
     金森徳次郎 憲法担当国務大臣
 (「憲法カフェへようこそ」あすわか 第4章 緊急事態条項カフェ 田中淳哉弁護士担当 より)

 東京新聞の記事と毎日新聞の社説を紹介します。
 決して成立させてはならない条項です。
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国の人権侵害招く恐れ 「緊急事態」自民改憲条文案
東京新聞 2018年3月8日
 自民党憲法改正推進本部で七日、細田博之本部長が有力候補として示した緊急事態条項の条文案は、迅速な対応が必要な大規模災害の際、内閣への権限集中や私権制限を認める内容だ。時の首相のさじ加減一つで、国家による深刻な人権侵害を引き起こす恐れがある。

「予想せざる問題が起きたとき、政府が責任を持って対応できる体制を取っておく。憲法という基本法にきっちりと定めておく方が民主主義、統治の原理から見て適切だ」
 細田氏は全体会合の冒頭でこう力説した。
 細田氏らが考える緊急事態条項の柱は、内閣に法律と同じ効力のある政令制定を認めること。非常時であることを理由に、全国民を代表する国会議員のチェックを一切受けることなく、国民の権利を制限できるようになる。事後の国会承認を義務付けても乱用防止につながる保証はない。執行部は当初、国会議員の任期延長特例に限る考えだった。改憲発議をするのに不可欠な存在である公明党が、内閣の権限強化や私権制限に強い拒否感を示しているからだ。

 だが、一月三十一日の同本部全体会合では、任期延長特例に絞ることに「自分たちの身分を守ることだけが目的と誤解される」と異論が噴出。内閣の権限強化などを含む二〇一二年の党改憲草案への支持が相次ぐ、想定外の展開となった。
 他党との合意形成を重視する姿勢が、党内の不満を増幅させていると見た執行部は、今月二十五日の党大会が迫っていることを踏まえ「あるべき姿を訴える」(推進本部幹部)方針に転換した。

 どのような状況を緊急事態と認定するかも焦点執行部は「戒厳令のようなイメージを持たれると国民に不安を与える」として、大規模災害に限定したい考えだが、七日の全体会合では、武力攻撃や内乱も含めるよう求める声が強かった。一任を受けた細田氏が、こうした意見を踏まえて範囲を広げる可能性もある。
 もっとも、こうした案を公明党などが受け入れる可能性は低い。自民党内の声に配慮して盛り込んだとしても、政党間協議の段階で削除されることも想定した「のりしろ」との見方も出ている。 (生島章弘)


(社説) 自民党の緊急事態条文案 「劇薬」の扱いが軽すぎる
毎日新聞2018年3月8日
 大規模災害や戦争などに国家が対処する緊急事態条項を憲法に設けるべきかどうか。自民党憲法改正推進本部で5種類の条文案が示された。
 緊急時に国会議員の任期を延長する案から、自民党の2012年改憲草案に沿って政府への権限集中と人権制限を盛り込んだ案まで幅広い。

 現行憲法にあるのは、衆院を解散しているときに内閣が参院の緊急集会を求める規定くらいだ。
 東日本大震災では被災地の地方選挙を延期できる特例法が制定されたが、国会議員の任期は憲法で定められており、法令で延長できない。
 そのため、同本部は国会議員の任期延長特例を憲法に設ける案で党内の意見集約を図ろうとしてきた。
 ところが、1月の本部会合では「理想の自民党案」を作るべきだとの異論が噴出した。
 12年草案では、首相が緊急事態を宣言し、政府が法律と同じ効力の政令を制定できる。何人も国の指示に従わなければならないとの規定もあり、国家統制色が強すぎて、他党の理解を得るのは難しい。

 そこで同本部が目を付けたのが既存の災害対策基本法だ。大規模災害時に政府が生活物資の配給や物価統制などを政令で行える同法の規定を憲法に書き込もうというのだ。
 きのうの本部会合では、対象を「大地震その他の異常かつ大規模な災害」に限定する案が示されたが、有事も対象にすべきだなどの意見が出て、まとまらなかった。
 結局、自民党の本音は国家権力の強化にあり、現状を追認する「お試し改憲」を突破口にしたいようだ。

 現行憲法は、軍部の暴走や言論・思想統制を許した旧憲法の反省に立ち、国民の人権を最大限尊重することを原則としている。「公共の福祉」を理由に人権は制限され得るが、極めて抑制的でなければならない。
 国民の生命・財産を守る緊急事態条項の議論自体は否定しない。だが、一歩間違えれば、憲法の基本原則を揺るがす「劇薬」にもなる。
 今月25日の自民党大会に間に合わせたい同本部は「本部長一任」を取り付けたが、スケジュールありきの生煮えの議論で扱うべきではない。
 現行法に問題があれば正し、どうしても法令で対応できない場合に初めて憲法論議に進むのが筋だ。