2018年3月27日火曜日

働き方改革「議論やり直すべき」 上西充子・法大教授

 安倍政権は今国会を「働き方改革国会」と名付けましが、初っ端に審議された裁量労働制では、裁量労働制の方が労働時間が短くなるということを偽装するために準備した労働時間の資料があまりにもデタラメだったため、ついに裁量労働制に関する立法は取り下げざるを得なくなりました。それでも資料自体の撤回は拒否していましたが、そんなことが通用する筈がなく、23日に虚偽データと認めて撤回しました。
 しかし高度プロフェッショナル制度については取り下げていません。同制度は労働者に無償の残業をさせるというもので、年収1075万円以上の労働者という歯止はついていますが、それは省令でいくらでも対象を拡大(年収を下げる)することが可能なので、ないに等しいものです。
 
 日刊ゲンダイが、当初からこの法案の危険性を問題視していた法大教授の上西充子氏にインタビューしました。
 今国会冒頭の施政方針演説で謳った「同一労働同一賃金」の文言は、一連の労働法案の中には含まれていないということです。
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注目の人 直撃インタビュー
働き方改革「議論やり直すべき」 専門家はプロセス疑問視
 日刊ゲンダイ 2018年3月26日
 一強に驕り、デタラメの限りを尽くしてきた安倍首相も、ついに虫の息だ。暗転の始まりは、働き方改革関連法案をめぐる国会審議だった。裁量労働制拡大について、データのインチキが発覚。法案から裁量労働制部分の全面削除に追い込まれたが、もともと8本の改正案を一本化したこの法案は問題だらけだ。

「スーパー裁量労働制」とも呼ばれる高度プロフェッショナル制度(高プロ)は輪をかけて悪質な代物だし、残業時間の上限規制や同一労働同一賃金の実現にも穴がある。当初からこの法案の危険性を問題視していた労働研究者で法大教授の上西充子氏に聞いた

■「高プロ」の対象は全ホワイトカラー、週5日24時間働かせ放題

  ――問題となった「裁量労働者の労働時間は一般労働者よりも短い」という安倍首相の答弁は、厚労省の「平成25年度労働時間等総合実態調査」を根拠にしていた。その比較データの異常さを早くから指摘されていました。
 見る人が見れば、明らかにあのデータはおかしかった。調査結果そのものではありませんし、公表されていない数字を引っ張り出して都合よく足し算し、本来比較すべきではないものを比べていたのです。裁量労働制の労働時間を短く見せかけるために、おかしな計算やおかしな比較をするなんて、やってはいけないこと。野党の追及にシラを切り通そうとしたのもア然でした。

  ――安倍首相は「(答弁案は)厚生労働省から上がってくる。それを参考にして答弁した」「担当相は厚生労働相だ。すべて私が詳細を把握しているわけではない」と釈明しました。
「働き方改革は一億総活躍社会実現に向けた最大のチャレンジ」と言って、今国会を「働き方改革国会」とまで名付けたのに無責任過ぎます。加藤厚労相は2016年8月から働き方改革担当相を務めていて、いまも兼務です。2人とも16年秋から17年春にかけて開かれた諮問会議「働き方改革実現会議」の主宰者なのに、どちらの答弁も不誠実ですよ。

 働き方改革はボロボロの法案です。だからこそ、ズル賢い一括法案という手法を使って国会に上げ、うわべを取り繕って聞き心地のいい言葉を繰り返して通そうとしたのでしょう。政府がデータ問題にこだわったことで狡猾さや悪質さが浮き彫りになりました。

  ――野党は、裁量労働制同様に長時間労働を助長するとして、高プロの削除も求めていますが、応じる気配はありません。
 安倍首相は長時間労働の是正や同一労働同一賃金の実現を声高に訴えますが、本当にやりたいのは財界の要望である裁量労働制拡大と高プロ創設なんです。05年に経団連が提言した「ホワイトカラーエグゼンプション」が前身の高プロは、労働基準法の労働時間に関する規制をすべて外すもので、新たに残業の上限規制が設けられたとしても適用されません。

「4週間を通じ4日以上かつ1年間を通じ104日以上の休日を与える」という健康確保措置が企業に義務付けられますが、1週間のうち休日を2日与えれば、残りの5日は24時間働かせ続けられるトンデモない制度です。

  ――適用されるのは年収1075万円以上の金融ディーラーなどの専門職で、対象は数%程度といわれています。
 対象業務は法案成立後に省令で定められるものですし、年収要件は実績に基づきません。すでに1075万円以上を稼いでいるサラリーマンだけが対象になるわけではないのです。

  ――もっと年収の低い人も対象になる可能性があるということですか?
 そうです。厚労省が昨年9月に発表した「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案要綱」では対象者をこう定義しています。
〈使用者との間の書面等の方法による合意に基づき職務が明確に定められていること〉
〈労働契約により使用者から支払われると見込まれる賃金の額を一年間当たりの賃金の額に換算した額が基準年間平均給与額の三倍の額を相当程度上回る水準として厚生労働省令で定める額以上であること〉

 ポイントは〈見込まれる〉と〈一年間当たりの賃金の額に換算した額〉というくだりです。年収ベースで1075万円以上の月収が見込まれれば、高プロの対象にすることができます。

1075万円以上の年収要件は「見込み」、1カ月契約もOK
  ――1075万円を12カ月で割ると月収約90万円です。雇用形態についてはどうですか?
 有期契約にも適用できます。法案要綱には〈一年間当たりの賃金の額に換算した額〉としか書いていないので、月額90万円以上を支払えば1カ月の短期契約でもOK。1カ月契約のお試し雇用で激務をさせ、それに耐えられるか見極めてから契約期間を延長したり、正規採用に切り替える、なんてことも可能になります。

  ――そこまで幅広い解釈ができるとは思いませんでした。企業側にとって高プロは使い勝手がいい。
 今だったら、そんな企業に出くわしたらみんな逃げ出すでしょう。安倍首相は高プロ対象者は「会社に対する交渉力が相当違う」と言っていますが、あらゆる企業が高プロを始めてしまったら逃げ場がなくなる。

   ――繁忙期の残業を過労死ラインの100時間未満まで認めるなど、残業時間の上限規制も抜け穴があります。
 100時間は長すぎます。緩すぎる例外を設けたら、それが許される基準になりかねない。過労死問題に詳しい川人博弁護士も大反対していますよね。労災認定基準の80時間を超える時間外労働を認めたら、労災認定のハードルが上がり、損害賠償訴訟も難しくなる可能性がある。国がお墨付きを与えた格好になってしまいますから。

   ――同一労働同一賃金はどうですか。
 法案要綱に「同一労働同一賃金」という言葉は入っていませんし、どれほど実現されるかは不透明です。正規雇用と非正規雇用では責任の度合いや配置転換の範囲が異なる点なども考慮されるので、実質的な賃金格差はあまり埋まらないのではないでしょうか。

   ――掛け声だけで何も変わらない?
 変わる可能性があるのは手当の部分です。正規雇用者に交通費や食事手当を支給している場合は、非正規にも同額を支払いなさい、という流れになるでしょう。それがかえって手当の縮小を招く懸念もある。パートやアルバイトにも払う必要が生じるのなら、手当そのものをやめて両方ゼロで均等にしよう、食事手当分を失う正規雇用者には賃上げでフォローしましょう、と。そうなったら、非正規の処遇改善にはつながりません

■導入すべきは労働時間の客観管理とインターバル規制

   ――安倍政権のやることはアベコベばかりですね。本来目指すべき働き方改革はどんなものでしょうか。
 労働時間の客観的管理とインターバル規制(=勤務終了時から翌日の始業時までに、一定時間のインターバルを保障するの導入は必須です。16年にまとめられた野党4党案にはこの2項目が入っていたのですが、政府の働き方改革法案ではまったく触れていません。労働時間の客観的管理がなされなければ、いくら上限を設けてもゴマカシはきく。裁量労働制や高プロのような例外を設けず、あらゆる人の労働時間把握をキチンと行い、適正な賃金支払いはもちろん、健康確保にも生かさなければなりません。

 EUでは「24時間につき最低連続11時間の休息時間」を義務化する「勤務間インターバル規制」を定めています。心身健康で仕事に打ち込み、労働生産性の高い高付加価値のある働き方をするには、毎日の休息確保が必要です。月ごとに残業時間の上限規制を設けるだけでは不十分なのです。

   ――今の法案ではまったくダメですね。
 そもそも、働き方改革法案の政策プロセスの正当性にも疑問があります。公労使三者構成で労働行政を議論する労働政策審議会に諮られていますが、労働者代表委員は裁量労働制拡大も高プロも「認められない」としてきた。それがドタバタの中で「おおむね妥当」という答申に集約された経緯がある。労政審に差し戻し、一から議論をやり直すのが筋です。
(聞き手=坂本千晶・日刊ゲンダイ)

▽うえにし・みつこ 1965年、奈良県生まれ。東大教育学部、経済学部卒。東大大学院経済学研究科博士課程を単位取得退学。日本労働研究機構(現労働政策研究・研修機構)の研究員を経て、法大キャリアデザイン学部設立時に着任。13年から同学部教授。