2022年8月7日日曜日

「検証 アベノミクス(3)(4)」 浜 矩子教授(しんぶん赤旗)

 浜 矩子教授による「検証 アベノミクス(3)(4)」です。今回で連載は終了です。

 このシリーズでは「21世紀型大日本帝国」始まって、「神風頼み」、「浦島太郎の経済学(時代錯誤の円安志向)」、「壊れたホットプレート」、そしてあまりにも有名になった「アホノミクス」等々、アベノミクスの本質(欠点)を衝く見事な比喩が用いられています。
 (3)(4)でも「格差を埋めるために必要なのは分配あるとして、アベノミクスには弱者救済の思想が全く欠如していることを繰り返し批判しています。その人道主義的観点ともいえる一貫性は見事です。
 そして最後の節で「経済活動のあるべき姿」としてあげた3点のうちの2つは旧約聖書と日本国憲法前文から導かれたものでした。後者で「『正真正銘の』積極的平和主義」と述べているのは、13年9月安倍首相が国連総会で「新たに積極的平和主義の旗を掲げる」と演説したものの、それは「我流」のもので、ノルウェーのヨハン・ガルトゥング提唱した『真の』「積極的平和」とは似ても似つかぬものであることを皮肉ったのでした
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検証 アベノミクス(3)
神風頼みの浦島太郎  円安神話  同志社大学教授 浜 矩子さん
                        しんぶん赤旗 2022年8月5日
 一円安がアベノミクスの狙いの一つだったことは、安倍晋三氏らの当初の発言から明らかでした。浜さんは2013年5月に「円だけで日本経済は復活しない」(『「アベノミクス」の真相』)と予言しています。この予言も的中しました。
 安倍氏らが円安を狙ったのは発想が時代遅れだったからです。高度成長期のイメージに固執し、当時の日本を取り戻そうとしたのです。21世紀版大日本帝国の強い経済基盤という目的のためです。
 日本が高度成長したのは1ドル=360円の時代です。1ドル=100円割れの水準を転換して円安に持っていけば、日本経済に神風が吹くと安倍氏らは信じてやまなかったのでしょう。「これは浦島太郎の経済学である」というのが私の考えでした。長い時間がたつうちに状況がまるで変わったことを見過ごしている、という意味です。
 高度成長期の日本はまだ戦後の発展途上にあり、輸出主導型成長の国でした。しし、いまの日本は国内総生産(GDP)世界3位の経済大国です。インフラが整い、経済は育ちあがっています。

輸入依存度高く
 経済活動に占める輸出の割合は低下し、輸入依存度が高くなっています。多様な生活物資を輸入し、サプライチェーン(企業の供給網)もグローバル化しています。輸出企業も輸入部材に大きく依存しています。多少値段が上がっても、生活物資や生産財の輸入量を減らすわけにはいかないという構造です。
 成長神話と円安神話を信じる安倍氏らは異次元金融緩和で円を過剰供給状態にし、円の価値を低下させて円安を実現しました。輸入物価が上がれば輸入は減ると考えたのでしょう。しかし輸入量は減らず、かえって輸入の円建て金額が大きく膨んでしまいました。
 輸出も同じです。
 高度成長期の日本は高品質のものを低価格で輸出し、アメリカでは「ワンダラー(1ドル)ブラウス」が攻め込んできたと大騒ぎになりました。しかし、いまや低価格品の生産拠点は海外に移転し、日本の輸出品目は値段の安さに依存しない高付加価値品が主になっています。だから、円安で輸出品の値段が安くなるからといって、輸出量が顕著に増えることにはなりません神風は吹かないのです
 円安追求は、安倍的な考え方の時代錯誤性を最も色喜く体現しているといえます。
 ―欧米諸国が金融引き締めに転じる中で日銀は緩和に固執し、円安が急進して物価上昇に拍車をかけました。それでも黒田東彦日銀総裁は、日本経済にとっては「全として円安がプラス」(4月28日)だと述べました。
 輸入物価指数は6月に前年同月比46上がりました。生産者は生産コストの上昇に、生活者は生活コストの上昇に見舞われています。多くの中小細企業は増えたコストを価格に転嫁できていません。その分、賃金に下方圧力が働く、とんでもない状況です。
 しかし日銀が円安を止める方向に動くためには国債の大量購入をやめ、財政ファイナンスを断念しなければなりません。それでは「親会社である政府の命令に反します。だから黒田日銀は「円安はプラス」というお題目を唱えて金融緩和を続けているのでょう
 円安で国民と企業を苦しめてでも財政ファイナンスを続けるという、反国民的な政策姿勢です。

国債保有5割超
 -日銀は10年物国債利回りを025%以下に抑えるため、6月に国債を16兆円以上も買い入れました。
 海外の投横筋が「日銀の政策は続かない」とみて国債売り、金利に上昇圧力がかかったのです。国債の発行残高に占める日銀の保有割合は5割を超え、日本経済は異様な姿になっています。海外の機関投資家が本気で国債売りに動けば、国内の機関投資家も逃げたい気持ちが強まるでしょう。ものすごく危うい状況です。
 最終的には、債価格が暴落して金利が急騰するのを阻止するために、資金の国際移動を凍結して金融鎖国をするほかなくなる恐れがあります。筋違いな政策運営を続けると、こういうことになるのです。私がアホノミクスという言い方をしてきたゆえんです。(つづく)


検証 アベノミクス(4)
狼は子羊と共に宿る 憲法の精神 同志社大学教授 浜 矩子さん
                        しんぶん赤旗 2022年8月6日
 -いまの日本経済の構追にはどのような問題がありますか。
 21世紀に入ったころから、日本経済は「壊れたホットプレート」になっていると考えるようになりました。

二分極化した姿
 ホットプレートの有用性の決め手は、鉄板上にむらなく熱が行き渡ることです。しかしたまに、できの悪いホットプレートがあります。熱が均等に行き渡らず、アツアツのホットスポットと冷え冷えのコールドスポッに二極分化してしまうのです。まさしく日本経済の今日的姿です。
 日本の壊れたホットプレート上で灼熱地帯に陣取るのが富裕層です。株価が上がれば盛り上がり、高額商品が飛ぶように売れます。かたや永久凍土閉じ込められているのワーキングプアといわれる人たちです。一度コールドスポットに追い込まれると、脱出することは至難の業です。
 1990年代のバブル崩壊で日本経済が丸ごと集中治療室に入った後、何とか退院という段階で、日本企業を待ち受げていたのはグローバル競争の仮借なき淘汰(とうた)の論理でした成果主義経営が一気に広がり、人に対する差別と選別が横行しました。グローバルジャングルに放り込まれた日本企業が自己保身に走った結果、壊れたホットプレート化現象が発生したのです。
 安倍式経済運営が21世紀版大日本帝国の強い経済基盤づくりを政策目標にしたため、二極分化はさらに進みました。強者をサポートし、弱者を切り捨てるという構えが一段と顕著になりました。アツアツ部分は一段とアツアツになり、冷え冷え部分は一段と冷え冷えになりました。
 この格差を埋めるために必要なのは、分配です。鉄板全休に熱を上手に行き渡らせるのが分配機能なのです

「三つの出会い」
 ー経済活動のあるべき姿と日本国憲法の関係をどう考えますか。
 人間のための経済活動の基撃となるのは、三つの出会いです。
 つ目は、多様性と包摂性の出会いです。
 多様性が大きく包摂性が高い空間では、人の痛みが理解され、異なる者たちが受け入れられます。分かち合いの精神が芽生え、富の偏在を是正する力学が働きます。多様性と包摂性の出会いは、個人の尊重と分配の充実を可能にするのです。
 二つ目は、正義と平和の出会いです。
 キリスト教の旧約聖書には「正義と平和は抱き合う」という一節があります。胸を打つ美しいフレーズですが、実はとても難しいことをいっています。誰かの正義が誰かの正義と出会うとき、生まれ出るのは平和ではないケースがあまりに多いのです。それでもわれわれは、正義と平和の出会いをめざさなければ幸せになれません。
 三つ目は、狼(オオカミ)と子羊の出会いです。
 これも旧約聖書に登場する題材です。「狼は子羊と共に宿り、豹(ヒョウ)は子山羊と共に伏す」
 狼は強い肉食獣であり、子羊は餌食となる草食動物です。しかし現代のグローバルジャングルでは、狼のような大企業も子羊のような中小零細企業のお世話にならなければ生きていけません。
 この三つの出会いの実現している場所が日本国憲法す。とりわけ憲法前文の次くだりは重要です。
 「平和を愛する諸国民の正と信義に信頼して、われらの安命と生存を保持しようぶ決意した」      
 相手の公正と信輯にすべをゆだねるという大胆にして美しい精神。これこそは正義と平和の出会いを可能にする認識であり、正真正銘の積極的平和主義です。多様性と包摂性の出会いでもあります異なる発想や文化を持つ者士が互いを受容するのですから。そうなれば、強い国も弱い国も狼と子羊のごとく助け合って共生することができます。
 これら三つの出会いがべスになって人間を幸せにする経済活動の姿ができるのです。21世紀版大日本帝国をめさすような経済運営ではく、憲法に基づく本物の積極的平和主義の下でこそ、経済活動はその本来の姿を保てるということです。(おわり)