2022年8月12日金曜日

台湾有事で米中が軍事衝突すれば負けるのは米国 日本は関与すべきではない

 25年前にギングリッジ米下院議長も訪台しましたが、その時は米国の海軍力が中国を圧倒的に上回っていて、前年の1996年に台湾初の総統直接選挙が実施されたとき、中国は台湾近海にミサイルを発射して民主化の動きを牽制したのですが、米国が2隻の空母で構成する機動部隊を台湾周辺に派遣したことで簡単にケリをつけました。

 今回のペロシ下院議長訪台に怒った中国は、ミサイル実弾射撃の他に戦闘機、爆撃機を100機以上、駆逐艦など10隻以上を台湾周辺に送り「演習」を行いましたが、米国は海軍を派遣することはしませんでした。それはもはや米国が派遣できる海軍力では中国の軍事力に対抗できなくなったからでした。
 中国が台湾の周囲で軍事演習を行ったことに関連して、報道1930(BS-TBS)で小野寺五典氏が、プライムニュース(BSフジ)で宮家邦彦氏が「中国と戦争するので準備を急げ、覚悟せよ」というプロパガンダとアジテーションを行った(世に倦む日日氏・ツイート)ようですが、そんなことで片付けられるような単純な問題ではありません。
 多くの日本人は米中戦争が起きれば米国が勝つと予想し、日本の被害はそれほどでないと思っているようですが、外交評論家の孫崎享氏が繰り返し指摘しているように、米国は台湾有事を想定した18種類の机上演習の全てで中国に破れることを20年時点で確認しています。
 それなのに米国が盛んに日本に対中戦争の到来を吹き込むのは、米国の身代わりになって日本を中国と戦わせるためでしょうか。それこそは日本を滅亡に導くもので、日本は絶対にそんなことを目指すべきではありません。
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日本外交と政治の正体 孫崎享
【特別寄稿】台湾有事をめぐり米中が軍事衝突すれば、負けるのは米国だ
                          日刊ゲンダイ 2022/08/11
 台湾を訪問した米国のペロシ下院議長が蔡英文総統と会談した際、「台湾と世界の民主主義を守るという米国の決意が揺らぐことはない」と述べた。この動きに対し、中国は激しく反発。王毅外相は談話で、「米国の一部政治家は中米関係のトラブルメーカーに成り下がった」と非難した上で、「中国の平和的台頭をぶち壊すことは完全に徒労で、必ず頭を打ち付けて血を流す」と主張した。さらに中国は台湾を取り囲むように6カ所で実弾発射の訓練を行った。
 中国・台湾の関係では、1995~96年にも緊張した状態があり、中国は射撃訓練区域を発表。ただ、この時の訓練海域は中国・台湾間の海峡に限定されていたが、今回の訓練区域は、中国が台湾に軍事侵攻する場合に想定されているすべての方向からであった。
 こうした事態で最も注目されるのは何か。それは今回の中国の発射訓練について、米国が軍事的に阻止する力を持たなかったことである。
 確かに主要7カ国外相は、中国の軍事演習に対して懸念を表明する共同声明を発表した。「懸念」は表明したが、阻止する力がなかったのである。

■ 台湾をめぐり米国は中国と戦えない
 こうした事態の背景には、米国には「台湾正面で米中が軍事的に戦ったら米国が負ける」という認識がある
 これを最初に公表したのは米国のシンクタンク「ランド研究所」である。2015年、「アジアにおける米軍基地に対する中国の攻撃」という論文を発表した。論文では、「中国は日本における米軍基地を攻撃しうる1200の短距離弾道ミサイルと中距離弾道ミサイル、巡航ミサイルを有している」、「台湾のケースでは、嘉手納基地は燃料補給を必要としない距離での唯一の空軍基地であり、中国はミサイルで滑走路等を破壊すれば戦闘機は機能しない」─ を指摘し、中国軍の優勢を公表した。
 国家安全保障を専門とする米政治学者のグレアム・アリソン氏も、フォーリン・アフェアーズ誌(2020年3月号)で、「台湾海峡有事を想定した18のウォーゲームの全てでアメリカは中国に破れている」と記述していた。
 台湾をめぐり米国は中国と戦えない。そのことは米国の然るべき安全保障関係者は知っている。だから米軍関係者はペロシ下院議長に「今行くな」と警告したのである。
 米国が戦えないことを白日の下に晒すことになった。その実態に目をふさいでいるのは日本である。

孫崎享 外交評論家
1943年、旧満州生まれ。東大法学部在学中に外務公務員上級職甲種試験(外交官採用試験)に合格。66年外務省入省。英国や米国、ソ連、イラク勤務などを経て、国際情報局長、駐イラン大使、防衛大教授を歴任。93年、「日本外交 現場からの証言――握手と微笑とイエスでいいか」で山本七平賞を受賞。「日米同盟の正体」「戦後史の正体」「小説外務省―尖閣問題の正体」など著書多数。