2022年8月10日水曜日

長崎原爆投下77年 犠牲者への祈り続く/長崎平和宣言

 9日の長崎平和祈念式典長崎市の田上市長は、「核兵器をなくすことが人類の未来を守るための唯一の現実的な道だと今こそ認識しなければならない」と述べ、核兵器廃絶を訴えました。

 長崎市の平和公園で行われた式典には、被爆者や遺族をはじめ、過去最多となる83の国と地域の代表など去年の3倍以上となるおよそ1600人が参列しました。
 そしてこの1年に亡くなった被爆者など3160人の名前が書き加えられた192310人の原爆死没者名簿が納められました。
 NHKの記事と長崎平和宣言を紹介します。
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長崎原爆投下77年 犠牲者への祈り続く
                   NHK長崎 NEWS WEB 2022年8月9日
長崎に原爆が投下されて9日で77年となり、長崎市の田上市長は、平和祈念式典で「核兵器をなくすことが人類の未来を守るための唯一の現実的な道だと今こそ認識しなければならない」と述べ、核兵器廃絶を訴えました。
被爆地・長崎ではきょう1日、犠牲者への祈りが続いています。
長崎市の平和公園で行われた平和祈念式典には、被爆者や遺族、岸田総理大臣のほか、過去最多となる83の国と地域の代表などが出席しました。
ことしの式典は、新型コロナウイルスの影響で規模を縮小した去年の3倍以上となるおよそ1600人が参列し、安倍元総理大臣が銃撃された事件を受けて例年より警備態勢が強化される中で行われました。
式典ではこの1年に亡くなった被爆者など3160人の名前が書き加えられた19万2310人の原爆死没者名簿が納められました
そして、原爆がさく裂した午前11時2分に黙とうがささげられました。

長崎市の田上市長は、平和宣言で「ロシアのウクライナ侵攻は、核兵器の使用が『杞憂』ではなく、『今ここにある危機』であることを世界に示しました。核兵器によって国を守ろうという考え方のもとで、核兵器に依存する国が増え、世界はますます危険になっています。核兵器をなくすことが地球と人類の未来を守るための唯一の現実的な道だということを、今こそ私たちは認識しなければなりません。『長崎を最後の被爆地に』の思いのもと、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に力を尽くし続けることをここに宣言する」と訴えました。
その上で、田上市長は、日本政府に対して、核への依存を強めるのではなく、核に頼らない平和の構築に向けて議論を先導するとともに核兵器禁止条約に署名・批准することを重ねて求めました。
続いて、5歳の時に被爆し、ことし初めて開かれた核兵器禁止条約の締約国会議で発言した宮田隆さんが被爆者を代表してあいさつし、「77年前の8月9日、あの晴れた日に爆心地から2.4キロの自宅にいた5歳の私の小さな体は、吹き飛ばされ、母親の胸の中で目覚ました。いまもあの時の母親の胸の高鳴りが耳に残っています。あの夜、わが家にたどり着いた看護婦さんは、髪は逆立ち、左目は飛び出し、小さな声で『水をください』といったまま私たちの目の前で絶命しました。父は、黒焦げの焼死体となった叔父と叔母を発見し、5年後に白血病で亡くなりました」と当時の体験を語りました。
その上で、宮田さんは、「今、私は10年前に発症したがんの悪化で苦悩の日々を過ごしています。多くの被爆者は私以上の苦しみに耐えて生き抜いています。ウクライナに鳴り響く空襲警報のサイレンは、あのピカドンの恐怖そのものでした。私たちは強い意志で子ども、孫の時代に『核兵器のない世界実現への願い』を引き継いでいくことを誓います」と、平和への誓いを述べました。

続いて、岸田総理大臣があいさつし、この中で核兵器禁止条約には触れず、「77年前のあの日の惨禍を決して繰り返してはならない。これは唯一の戦争被爆国であるわが国の責務であり、総理大臣としての私の誓いです。非核三原則を堅持しつつ、厳しい安全保障環境という『現実』を、核兵器のない世界という『理想』に結びつける努力を行ってまいります」と述べました。

式典のあと、長崎県の主な4つの被爆者団体の代表は、長崎市内のホテルで岸田総理大臣と面会し、核兵器禁止条約に署名・批准することや、国が被爆者と認定する地域の外にいた「被爆体験者」を被爆者として認定することなどを求める要望書を手渡しました。
これに対し、岸田総理大臣は、核兵器禁止条約に署名・批准することについて「核兵器国を核兵器禁止条約にどれだけ近づけられるかが日本の大きな使命であり、アメリカとの信頼関係を基礎としながら現実を変えていきたい」と述べるにとどまりました。
一方、「被爆体験者」の救済については一部のがんを被爆体験者事業の対象に含めるよう検討する方針を明らかにしましたが、被爆者と認定するよう求める要望については明言しませんでした。
その後、岸田総理大臣は現職の総理大臣として初めて今の原爆資料館を訪れ、およそ20分間、原爆が投下されたときの状況や、被害の凄惨さについての展示を見て回りました。
被爆者の平均年齢はことし、84歳を超え、長崎では、主な被爆者団体の1つが高齢化を理由に解散しました。
被爆者の間では、いま、核兵器が再び使われるかもしれないという大きな不安や危機感が募っています。
被爆地・長崎では、午後になっても平和公園を訪れる人は絶えず不安定な国際情勢を背景に、「長崎を最後の被爆地に」という願いをこれまで以上に強く発信する1日が続いています。


             長 崎 平 和 宣 言

  核兵器廃絶を目指す原水爆禁止世界大会が初めて長崎で開かれたのは1956年。このまちに15万人もの死傷者をもたらした原子爆弾の投下から11年後のことです。
 被爆者の渡辺千恵子さんが会場に入ると、カメラマンたちが一斉にフラッシュを焚きました。学徒動員先の工場で16歳の時に被爆し、崩れ落ちた鉄骨の下敷きになって以来、下半身不随の渡辺さんがお母さんに抱きかかえられて入ってきたからです。すると、会場から「写真に撮るのはやめろ!」「見世物じゃないぞ!」という声が発せられ、その場は騒然となりました。
 その後、演壇に上がった渡辺さんは、澄んだ声でこう言いました。
 「世界の皆さん、どうぞ私を写してください。そして、二度と私をつくらないでください」。 
 核保有国のリーダーの皆さん。この言葉に込められた魂の叫びが聴こえますか。「どんなことがあっても、核兵器を使ってはならない!」と全身全霊で訴える叫びが。

 今年1月、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の核保有5か国首脳は「核戦争に勝者はいない。決して戦ってはならない」という共同声明を世界に発信しました。しかし、その翌月にはロシアがウクライナに侵攻。核兵器による威嚇を行い、世界に戦慄を走らせました。
 この出来事は、核兵器の使用が“杞憂”ではなく“今ここにある危機”であることを世界に示しました。世界に核兵器がある限り、人間の誤った判断や、機械の誤作動、テロ行為などによって核兵器が使われてしまうリスクに、私たち人類は常に直面しているという現実を突き付けたのです。
 核兵器によって国を守ろうという考え方の下で、核兵器に依存する国が増え、世界はますます危険になっています。持っていても使われることはないだろうというのは、幻想であり期待に過ぎません。「存在する限りは使われる」。核兵器をなくすことが、地球と人類の未来を守るための唯一の現実的な道だということを、今こそ私たちは認識しなければなりません。

 今年、核兵器をなくすための2つの重要な会議が続きます。
 6月にウィーンで開かれた核兵器禁止条約の第1回締約国会議では、条約に反対の立場のオブザーバー国も含めた率直で冷静な議論が行われ、核兵器のない世界実現への強い意志を示すウィーン宣言と具体的な行動計画が採択されました。また、核兵器禁止条約と核不拡散条約(NPT)は互いに補完するものと明確に再確認されました。
 そして今、ニューヨークの国連本部では、NPT再検討会議が開かれています。この50年余り、NPTは、核兵器を持つ国が増えることを防ぎ、核軍縮を進める条約として、大きな期待と役割を担ってきました。しかし条約や会議で決めたことが実行されず、NPT体制そのものへの信頼が大きく揺らいでいます。
 核保有国はこの条約によって特別な責任を負っています。ウクライナを巡る対立を乗り越えて、NPTの中で約束してきたことを再確認し、核軍縮の具体的プロセスを示すことを求めます。
 日本政府と国会議員に訴えます。
 「戦争をしない」と決意した憲法を持つ国として、国際社会の中で、平時からの平和外交を展開するリーダーシップを発揮してください。
 非核三原則を持つ国として、「核共有」など核への依存を強める方向ではなく、「北東アジア非核兵器地帯」構想のように核に頼らない方向へ進む議論をこそ、先導してください。
 そして唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約に署名、批准し、核兵器のない世界を実現する推進力となることを求めます。

 世界の皆さん。戦争の現実がテレビやソーシャルメディアを通じて、毎日、目に耳に入ってきます。戦火の下で、多くの人の日常が、いのちが奪われています。広島で、長崎で原子爆弾が使われたのも、戦争があったからでした。戦争はいつも私たち市民社会に暮らす人間を苦しめます。だからこそ、私たち自らが「戦争はダメだ」と声を上げることが大事です。
 私たちの市民社会は、戦争の温床にも、平和の礎にもなり得ます。不信感を広め、恐怖心をあおり、暴力で解決しようとする“戦争の文化”ではなく、信頼を広め、他者を尊重し、話し合いで解決しようとする“平和の文化”を、市民社会の中にたゆむことなく根づかせていきましょう。高校生平和大使たちの合言葉「微力だけど無力じゃない」を、平和を求める私たち一人ひとりの合言葉にしていきましょう。
 長崎は、若い世代とも力を合わせて、“平和の文化”を育む活動に挑戦していきます。

 被爆者の平均年齢は84歳を超えました。日本政府には、被爆者援護のさらなる充実と被爆体験者の救済を急ぐよう求めます。
 原子爆弾により亡くなられた方々に心から哀悼の意を表します。
 長崎は広島、沖縄、そして放射能の被害を受けた福島とつながり、平和を築く力になろうとする世界の人々との連帯を広げながら、「長崎を最後の被爆地に」の思いのもと、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に力を尽くし続けることをここに宣言します。
                          2022年(令和4年)8月9日
                             長崎市長  田 上 富 久