2022年8月14日日曜日

14- 安倍元首相の国葬に反対する声明

 神奈川県弁護士会と(社)日本出版者協議会が、安倍元首相の国葬に反対する声明を出しました。

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安倍元首相の国葬に反対する会長声明
                           2022年08月10日更新
岸田文雄内閣総理大臣は、安倍元首相の葬儀を全額国費による「国葬」にて行う旨を発表し、2022年7月22日、内閣において「国葬」実施の閣議決定を行った。しかし「国葬」については、現行法上根拠となる法律が存在せず、法治主義国家としての基幹的法理たる<法律による行政の原理>に抵触する他、憲法上看過できない問題がある
 よって、当会は、日本国憲法のもと基本的人権の擁護及び社会正義の実現を使命とする法律家団体として、安倍元首相の「国葬」実施に反対する。

1 実施の根拠となる法律の不存在
 戦前、明治憲法下においては、国の統治者たる天皇に立法権があり、天皇の勅令による法規が多数存在した。「国葬令」もその一つであるところ、国葬令は1947年(昭和22年)4月18日公布の「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」により失効している。
 国会議事録を紐解けば、憲法制定・施行時の国会は、国葬令が新憲法に抵触することを前提に、国葬令を新たに立法化しないことを選択しており、国会の意思決定として国葬令の廃止を判断した歴史的経緯がある。
 他方、岸田首相及び内閣法制局は、内閣府設置法4条3項33号(内閣府の所掌事務の一として「国の儀式ならびに内閣の行う儀式及び行事に関する事務に関すること」を挙げる)を根拠として「国葬」を実施することができるとしている。
 しかし、第一に、内閣府設置法はいわゆる組織規範であり、行政府たる内閣の具体的な活動に国会が事前承認を与え、その実体的要件・効果を定める根拠規範ではないから、「国葬」実施の根拠法にはならない。
 第二に、「内閣府」は「内閣」の内部に置かれ、内閣の事務の補助を任務とする組織であるから(法2条、3条1項)、内閣の権限を越える権限を持ち得ないところ、内閣の職務は憲法73条に列挙されており、「国葬」の実施は同条柱書及び各号のいずれにも該当しない。同条各号を例示列挙と解釈しても、例示事項から大きく外れ、かつ、後述するとおり他の憲法規定に抵触する「国葬」の実施は、「法律を誠実に執行」することを職務とする内閣において、およそ権限外の事項である(憲法73条1号)。
 このような政府解釈が許されるのであれば、内閣府設置法を根拠に政府がいかなる儀式も実施できることになるが、そのような結論は、<法律による行政の原理>や国会を唯一の立法機関と定め、三権分立を骨格とする日本国憲法のもとでは成り立ち得ない。
 さらに、国葬の実施には税金が支出されるから、税金の使途は国会の議決に基づかなければならないとする「財政民主主義の原則」(憲法83条)の観点からも問題がある。
 なお、閣議決定とは内閣の意思決定方法に過ぎないから、内閣の権能を超える事項について閣議決定を経たとしても法的に無効であって、正当性を生じさせるものではない。

2 思想・信条の自由の侵害
 明治憲法には思想・信条の自由を保障する規定が欠如していた。歴史的事実として、思想・信条という内心の精神活動は、国家により大幅な弾圧を受けた。なかでも権力が内心の告白を強制し、その結果に応じて不利益を科すことはまま生じた。これら過去の教訓から日本国憲法は、内心を外部に表すことを強制されないという<沈黙の自由>をも含め、思想・信条の自由を絶対的なものとして保障しており(憲法19条)、当該自由を侵害し、制限する国家権力の行為は、全て憲法に反するものである。
 政府は安倍元首相の業績を評価して国全体として弔意を示すべきだと説明しているが、安倍元首相の業績をどう評価するかは国民各自が判断すべきものであるから、国全体として弔意を示すべきとして国葬を実施することは、それ自体が、思想・信条の自由を侵害することになりかねない。
 また、政府は、服喪を強制するものではないとするが、国家権力からの弔意表明の「要請」があれば事実上の強制たりうるし、政府の「要請」に基づき各所において弔旗掲揚・黙祷等が実施されれば、各所における弔意を奉げることに違和感や反対の意見を有する者の思想・信条の自由、沈黙の自由は、結果的にであれ、侵害されることになる。現実に、2020年10月に行われた中曽根元首相の内閣・自民党合同葬の際、政府は各府省、官公庁に対して、さらには国公立大学、都道府県教育委員会等に対しても、弔旗掲揚及び黙祷による弔意表明を「要請」する通知を発出している。政府はこれらの「要請」について、「強制ではないから問題はない」等と述べているが、事実上の強制たりうること、沈黙の自由の侵害が不可避であることは前述のとおりであるから、「要請」であっても憲法19条違反となる。

 以上述べた理由により、当会は、安倍元首相の国葬実施に反対する。
                               2022年8月9日
                                神奈川県弁護士会
                                会長 髙岡 俊之

故安倍晋三元首相の「国葬」に反対し、撤回を求める声明

 岸田内閣は、2022年7月22日、故安倍晋三元首相の「国葬」を9月27日に行うことを閣議決定した。
 暴力により他者の生命を奪うことはいかなる理由があろうと許されない。犯行を批難し、命を絶たれた安倍元首相の冥福を祈りたい。そのうえで、私たち日本出版者協議会は、言論、出版及び表現の自由、良心の自由を擁護する立場から、この国葬の実施に反対し、その撤回を政府に求めるものである。
1 国葬は、法律に基づいていない。
2 国葬による安倍元首相の「業績」の強制は、表現の自由(憲法21条)に反する。
3 国葬による弔意の強制は、思想・良心の自由(憲法19条)に反する。

1 周知のとおり、現在、国葬について定めた法令は存在しない。戦前にあった国葬令(勅令、1926年制定)は、日本国憲法に不適合なものとして「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」1条に基づき、政教分離の観点から失効した。
 岸田内閣は、国葬に関する法的根拠がないまま閣議決定により、国葬を強行しようとしている。このように法令上の根拠のないまま国葬を行うことは法治主義(憲法97条から99条)に反することは言うまでもない。また、それに国費を支出することは「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。」(憲法83条)とする財政立憲主義の原則からも許されないと言わざるを得ない。

2 岸田首相は、7月14日、参議院選挙後の記者会見で国葬についてつぎのように述べている。
 安倍元首相を「卓越したリーダーシップと実行力をもって、厳しい内外情勢に直面する我が国のために内閣総理大臣の重責を担ったこと、東日本大震災からの復興、日本経済の再生、日米関係を基軸とした外交の展開等の大きな実績を様々な分野で残された」と評価し、それを国葬決定の理由としている。
 安倍元首相の在任中の「業績」については、以下の点などで賛否が大きく分かれるところである。
 特定秘密保護法(2013年)、専守防衛の範囲を変更する閣議決定(2014年)、集団的自衛権行使を容認する安保法制(2015年)、共謀罪(2017年)などの強行。貧富の格差拡大をもたらしたアベノミクス。森友・加計学園問題・「桜を見る会」問題。自殺者まで出した財務省の森友問題に関わる決済文書の改ざん問題。
 国葬を強行すれば、安倍元首相を賛美するという効果をもたらすことにならざるを得ない。その結果、安倍元首相の「業績」への評価が封じられ、安倍元首相に対する批判への攻撃が助長されるおそれがある。そうなれば表現の自由が冒され、民主主義が危機に瀕することになるのは言うまでもない。

3 葬儀を国が主催することは、遺族など個々人が故人を悼むこととは異なり、国家の意思として当該個人への弔意を表すものである。国民が安倍元首相への弔意を事実上強要されることになりかねない。実際に、吉田茂元首相の国葬(1967年)の際には、競馬や競輪などの公営ギャンブルや娯楽番組の放送が中止され、全国各地で民間企業、学校などには半休を、一般家庭にも黙とうを要請されたという事態が生じている。
 すでに、安倍元首相の葬儀にあたり、弔旗を掲げたり、記帳台や献花台を設置した自治体もある。また、東京都に加え7つの教育委員会が「半旗掲揚」を求める文書を学校に送っていたことが明らかになった。教育機関への弔意の強制は、思想・良心の自由(憲法19条)に反するものであり、政府が国葬を実施すれば、こうした傾向がさらに助長されることが懸念される。

 共同通信社による安倍元首相の国葬に関する世論調査(7月30・31日実施)では、「反対」「どちらかといえば反対」が53%と「賛成」「どちらかといえば賛成」を8ポイント上回った。岸田首相は、8月の臨時国会において、国葬を強行する理由について説明をなんらしていない。その後の報道各社の世論調査においても、国葬に関しては評価が大きく分かれている。
 以上のように、日本出版者協議会は、言論、出版及び表現の自由、良心の自由の擁護を目的とする団体として安倍元首相の「国葬」に反対し、その撤回を政府に求めることを表明する。
                                      以上
                              2022年8月10日
                          一般社団法人 日本出版者協議会
                                 会長 水野 久