2018年6月9日土曜日

09- 過労死事件が警告する「高プロ」の危険性

 ブラック企業問題を扱っている弁護士が過労死事故の二つの実例を報じました。まさに悲惨の一語に尽きます。
 遺族にとって不幸中の幸いとして、これらの事例では亡くなる半年間の時間外労働時間の実態が労基署によって認定(他にパワハラも認定)されたために、労災と認定されました(遺族に対しては生涯的に補償が給付される)。
 
 労働基準監督署は、働いていたという「きちんとした」証拠がない限り、残業時間を認定してくれないので、もしもこれが「高度プロフェッショナル制度」下で起きた場合には、残業そのものの考え方がなくなるので労災に認定されるのはまず無理ということになるのではないでしょうが。
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ブラ弁は見た ブラック企業トンデモ事件簿100 第18号
逃げる暇などあるか! 残業激増からわずか数カ月で過労死に…
過労死事件が警告する「高プロ」の危険性
蟹江鬼太郎 LITERA 2018年6月8日
弁護士 旬報法律事務所    
 2つの過労死事件について言及したい。
 
若くても長時間労働は命を奪う! 異動による残業激増から半年足らずで心筋梗塞に
 1つめは、カラオケチェーン管理職の事案である。この男性(32歳)には、専業主婦の奥様と、子ども2人がいた。ところが、担当業務の追加という出来事があったわずか半年後に、心筋梗塞でお亡くなりになってしまった
 この男性は、2000年にカラオケチェーンに入社して、店員や店長などを経て、管理職に昇進した。直近では、管理職として各カラオケ店舗を見回りして、売上管理、社員育成、接客指導等を行ってきた。カラオケ店であるから、昼から深夜にかけて営業していることが多く、男性は、昼間から夜間にかけて、自ら自動車を運転して、各カラオケ店舗を巡回して接客指導などを行っていた。したがって、業務時間は、お昼ごろから深夜にかけてであった。
 
 ところが、2012年6月、男性の仕事に、工事担当の業務が加わることとなった。工事担当の業務とは、新規店舗の開店に向けての工事、旧店舗の修繕工事、メンテナンス等である。この仕事は、カラオケ店舗が空いていない時間に行われることが多いため、男性は朝から昼にかけても働かなくてはならないこととなった。こうして、男性の労働時間は朝から深夜までということとなり、かなりの長時間労働に及ぶこととなった
 
 労基署が認定した男性の「残業時間」は、以下のとおりである。
【労基署認定時間外労働時間】
 直前6か月(6月~)  66:38     直前5か月(7月~)  91:00
 直前4か月(8月~)  67:30     直前3か月(9月~)  101:01
 直前2か月(10月~)111:16     直前1か月(11月~) 51:47
 6月以降、残業時間が増え、9・10月には100時間を超えていたことがわかる。
 
 このケースでは、6月に工事担当という新規業務の担当となり(出来事)、その後、月に100時間を超える「残業」が認められたことから、労災と認められた。若い方でも、異動などの出来事から半年もあれば、時には死にまで至ってしまうという意味で、非常に痛ましい事件であった。
 ちなみに労災認定でいう「残業時間」とは、週40時間を超える労働時間をいう。例えば、週47時間働けば、その週の「残業時間」は7時間ということとなる。
 ただし労働基準監督署は、働いていたという「きちんとした」証拠がない限り、残業時間を認定してくれない
 
 例えば、自宅にPCや資料を持ち帰って残業(持ち帰り残業)をしていたとしても、ほとんどのケースでは、それは「残業時間」と認められない。労基署が認定する「残業時間」は、タイムカードや入退館記録などの固い証拠に支えられた確実な部分に限られているのであり、「残業●時間で過労死」などの報道についても、そのような視点で見る必要がある。
 
残業170時間超! 出向から3カ月足らずで過労死に追い込まれた男性 
 2つ目の事件に言及したい。これは、31歳の男性が、出向という出来事の後の過重労働によって、心身の不調をきたし自死してしまった事案である。
 この男性は、2004年に大学を卒業し、その後、アウトソーシング事業を営む会社の正社員となった。男性は、以降、コールセンター(保険会社のお客様センター)管理、新設、立ち上げなどの業務に従事してきた。
 
 ところが、2011年10月、会社は男性に対して、関連会社への異動(出向)を命じた。
 関連会社は、チョコレートの製造販売会社であり、複数の百貨店等でチョコレートを販売する会社であった。男性は、このチョコレート販売会社で、在庫管理、店舗管理、店舗のアルバイト人材の管理など、これまでとはまったく違った業務を担当することとなった。
 しかし、この会社は設立後1年しか経っていない会社で、もろもろのシステム等が未整備の会社であった。在庫管理システムもまだ完成しておらず、倉庫会社のミスなども重なり、トラブルが続いた。男性の残業時間はどんどん増えていった。また、男性は、社長ら上司から厳しい叱責を重ねて受けるようになった。
 
 労基署が認定した「残業時間」は以下のとおりである。
【労基署認定時間外労働時間】
直前6か月(6月~)  40:00    直前5か月(7月~)   1:00
直前4か月(8月~)  11:30    直前3か月(9月~)   46:38
直前2か月(10月~)106:30    直前1か月(11月~)170:05
 10月まではそれほど「残業時間」がなかったが、出向があった10月以降は、月106時間、月170時間と異常な長時間残業が認定されている。
 男性は、12月28日に会社の非常階段で自死してしまった。
 
 このケースは、出向という出来事があった後に長時間労働があり、また、パワハラ的言動も存したとして労災と認定された。このケースは、体力のある若者であっても、出向という出来事に長時間労働などが重なれば、わずか3か月後程度で、自死まで至ってしまうという痛ましい事件であった。
 
 電通の高橋まつりさんの事件も、10月に本採用による業務量増加という出来事があり、その3か月後の12月末に自死に至ったのであり、このケースとほとんど同様の経過をたどっている
 
残業代は長時間労働の歯止め 残業代支払い義務を撤廃する「高プロ」は危険だ!
 さて、2つの事件を通して、3点ほど、お伝えしたいことがある。
 まず、新規業務、異動、配転などの出来事があると、人間の心身に大きな影響を及ぼすということである。人間にとって何がストレスになるのかという研究も行われており、自分の結婚や子どもの独立など好ましい出来事であっても、やはり環境の変化があれば、人間にとってはストレスになることがわかっているようである。
 転職、異動、昇進、業務内容の変化、人員の変更など、環境の変化があった際には、自分はもちろん同僚、部下、上司の心身も少し気を配るようにされると良いかもしれない。
 
 次に、「長時間労働」についてであるが、長時間労働そのものよりも、長時間働くことによる「睡眠不足」が問題視されていることを覚えておいてもらえればと思う。医学的には、睡眠時間が減ると、血圧が上昇したり、心臓の鼓動が乱れるなどし、脳や心臓に大きな負担をかけることが判明している(「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書」2001年11月16日)。また、睡眠時間が減ることで、思うように仕事が遂行できなくなり、会社や上司や自分の要求水準に到達できなくなって、挫折を覚え、メンタル疾患を発症するのではないかとの分析もある(加藤敏『職場結合性うつ病』金原出版ほか参照)。
 自分はもちろん、同僚、部下、上司やあるいは自分の家族が十分睡眠が取れているかどうかについては特に気を配っていただきたいと思う。
 
 最後に、紹介した2つの事例も、それからその他の事例でも、労災認定にまで至った事案では、残業代が支払われていないケースがとても多いことを指摘しておきたい。
 残業代を支払わない  従業員の労働時間に無関心  長時間労働の放置、といったメカニズムが働いてしまっているものと思われる。残業代は、長時間労働に対する歯止めという役割を果たしていると感じている。その意味で、「高度プロフェッショナル制度」など残業代支払義務を撤廃してしまう制度には、心配を覚えるし、個人的には反対である。
 
【関連条文】
安全配慮義務→労働契約法5条
労災認定基準→「脳・心臓疾患の認定基準」(平13.12.12基発1063号)
「心理的負荷による精神障害の認定基準」  (平23.12.26基発1226第1号)
労働時間規制 →労基法32条、35条
残業代支払義務→労基法37条
 
 (蟹江鬼太郎/旬報法律事務所 http://junpo.org/labor )