2018年6月28日木曜日

28- 『国体論』の著者・白井聡氏インタビュー(前・後編)

 白井聡氏がこの4月に「国対論―菊と星条旗」を出しました。5年前の「永続敗戦論」の後編に当たるものと言われています。
「国体」は明治維新から敗戦に至るまでの日本社会の基軸となってきたものですが、戦後においても別に「死語」ではなく、この国を強く規定しています。
 しかしその内容は激変しました。右翼や極右の安倍首相を始めとする歴代の首相が、無前提的に対米従属を貫いている姿がその象徴です。
 
 NEWS WEEKが白井氏をインタビューしました。
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「トランプは合理的、バカと切り捨てられない」
『国体論』著者・白井聡インタビュー(前編)
NEWS WEEK 2018年6月26日
深田政彦(本誌記者)
<敗戦を境に天皇を頂点とする日本の統治体制「国体」は、アメリカへの従属にとって代わられた――注目の新書『国体論』の著者が語る戦後日本の矛盾>
アメリカと米同盟諸国との対立が目立ってきている。6月のG7ではその対立が際立っていた。一方、日本は、6月12日の米朝首脳会談で非核化費用の負担ばかり求められ、北朝鮮をめぐる外交において「蚊帳の外」かと騒がれた。
 
そんななか、『国体論――菊と星条旗』(集英社新書)が注目を集めている。1945 年の敗戦を境に、天皇(菊)を頂点とする日本の統治体制であった「国体」が、アメリカ(星条旗)への従属にとって代わられた、と歴史的に分析。この特殊な従属体制から脱却しなければ、日本は敗戦に続く二度目の破綻に向かうと警告する。著者・白井聡に本誌編集部・深田政彦が話を聞いた。
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――ドナルド・トランプ大統領は従来の米政権とは異質だ。その点で、戦後史の考察から日米関係を論じた本書の視点は通用しにくいのではないか。
いや、米大統領が誰になろうとも、日本の側は何にも変わらないということが、この間証明された。大統領がどんな人であろうが、何を言おうが、安倍晋三は迎合するだけだ。しかも、必死に媚びを売る安倍の姿が日本国民を憤激させることもない。むしろ、「よくやっている」などと喧伝されている。だから、『国体論』に書いたことは、より一層明白になったと言える。
つまり、トランプ政権の登場によって「戦後の国体」の矛盾は、いよいよ隠せなくなってきている。「戦後の国体」の頂点たるアメリカに、恭順し、媚を売れば売るほど、日本が収奪の対象とみなされていく構図がはっきりしたからだ。
 
トランプの言動には、「われわれアメリカは公明正大なのに、その善意に同盟諸国は付け込んでいる」といった被害者意識が感じられる。日本のような、アメリカ頼みの同盟国の付け込みを止めさせれば、「アメリカを再び偉大に」できるというわけなのだろう。
「アメリカを再び偉大に」という、このスローガンの元祖はベトナム戦争後の暗い世相を打ち破ったレーガン大統領だと思う。レーガノミクスは製造業復活を唱えながらドル安誘導をせず、「強いドル」を支持。ブードゥー(いんちき)経済と呼ばれるほど矛盾だらけだったのに、レーガンの颯爽とした姿に米国民は「偉大なアメリカの復活」を見て熱狂した。
 
その後の大統領も皆、「偉大なアメリカ」を演出しようとした。次のジョージ・ブッシュは宿敵ソ連を崩壊に追い込み、湾岸戦争で「世界の警察官」になったが経済運営に失敗。ビル・クリントンは製造業復活を目論見ながらも、レーガン同様の金融資本主義化でしのいだ。ブッシュ・ジュニアはネオコンのイデオロギーに基づいて対テロ戦争にのめり込む一方、金融資本主義化のツケがリーマンショックによって爆発的に露呈してきた。
ここでいよいよ行き詰まりが酷くなり、バラク・オバマが登場した。オバマはインテリで弁舌さわやかな黒人大統領。人種融和という「アメリカの夢」を象徴する存在だった。彼の姿に世界中が「偉大なアメリカの復活」を期待した。しかしながら、何もできなかった。格差は広がり、荒廃している。つまり、歴代大統領が皆「偉大なアメリカ」を演じながら、繰り返し失敗してきたということだ。
 
そこで、「偉大なアメリカ」をスローガンとして直接打ち出すことで政権を取ったのがトランプだ。アメリカが衰退局面にあるなか、他国よりも自国中心に、という姿勢で、日本に厳しくあたる。
日本では、特にリベラル派に「トランプ当選にがっかりした」との論調がある。だがアメリカはずっと「アメリカ・ファースト」だったし、「偉大なアメリカの復活」というプロジェクトを繰り返してきただけだ。日本がそんな物語を共有する必要はない。米大統領は偉大でなければ、と期待することこそ、日本が「魂の従属」下にある証拠だ。
 
――本書ではアメリカ流新自由主義に従属する日本を批判しているが、トランプはTPP(環太平洋自由貿易協定)を離脱。他の先進国と対立している。
この間、TPPについて後押しをしてきた日本の「識者」たちのインチキぶりが白日の下にさらされた。彼らは「TPPは自由貿易の推進だから良いものだ」と言っていた。ところがいま、トランプ政権が日米FTA交渉へ日本を引きずり出すべく圧力を高めてくると「これは困ったことだ」と論評している。けれども、FTAだって自由貿易の推進だろう。何の一貫性もない。
つまり、彼らがTPPを支持していた本当の理由は、「自己利益をゴリ押ししてくるアメリカを多国間で抑え込む」ということだったわけだ。それを隠して、「自由貿易=善」という抽象的図式を喧伝することで、アメリカは「慈悲深い天皇」であるかのように演出されてきた。しかし、もうこんな猿芝居も限界だ。
 
TPPの交渉過程でせり上がってきたことだが、本質的な問題は、非関税障壁という概念の危険性や、大資本の権力のさらなる肥大化であり、それらが自由貿易推進の大義名分のもとで昂進してきたことなのだ。本当はこれらの問題に目が向けられるべきなのだが、対米従属の「戦後の国体」を仕切っている連中は、「トランプは《アメリカ・ファースト》だから大変だ」と言ってオロオロするしか能がない。『国体論』は、こうした「馬鹿につける薬」だ。
 
――トランプの問題は政策そのものよりも政策決定がいい加減で、選挙アピールばかりなことにあるのでは。
ただ11月の中間選挙で負ければ、政権運営に支障が出る。ここのところの大統領はみな中間選挙で負けてしまい、指導権を失っている。首尾一貫性がなくても、選挙に勝つことを狙うのはある意味で合理的なところがある。
現時点でトランプを無暗に称賛できないが、「バカ」と切り捨てる議論にもくみしない。米朝交渉でも、リビア方式が持論だったジョン・ボルトン大統領補佐官を抑え込んだことに、トランプの強固な意志を感じた。確かにトランプ政権は官僚のポストが大量に空席で片肺飛行なのに、国家は崩壊していない。驚くべき政権だろう。
 
――駐留米軍撤退論もトランプ独特の持論だ。
トランプが中長期的にどうするつもりなのかよくわからないが、米韓軍事演習を中止すると言っただけで、日本の親米派は「やめないで」と騒ぎだした。朝鮮戦争が終わるくらいなら、再開して日本に核ミサイルが飛んできた方がマシだというのが彼らの本音だということが明らかになった。「異次元の圧力」というのは、そういうことだ。それもこれも対米従属を続けるためであり、この「国体」を維持するためならどんな犠牲もいとわないというわけだ。第二次大戦中の指導者層と全く同じ発想だ。
 
――米軍基地問題に関して、トランプの撤退論に期待する声もあった。
対米従属を自己目的化した支配体制を取り除かない限り、日本にはそれをチャンスにできる主体性がない。政官財学メディア全てに言えるが、その主流派は従来の対米従属システムを維持することで自分の権益を守るのが行動原理になっている。「原子力ムラ」という言葉があるが、「安保ムラ」はもっと巨大で、政官財学メディアの主要部分全体が安保ムラだと言えるくらいだ。
 
「アメリカの一の子分」として戦後復興に邁進した時代には、その問題性が表面化しにくかったし、単なる子分でよいというメンタリティーもなかったはずだ。むしろ復興を支えた日本のエートス(社会規範)は、アメリカに従属しながらも「(経済戦争で)今度こそアメリカに勝つ」という、戦前の教育を受けたリーダー層の複雑な感情にあったと思う。アメリカに反発しながらも、自国の繁栄がアメリカのパワーによって保障されているという矛盾や葛藤がそこにはあった。
ところが世代交代でそうしたエートスが失われ、親米スタンスは、日本の支配層の階段を上る単なるパスポートのようなものになった。そして、復興の成功体験があまりに強烈で、何のための従属が分からなくなってしまった。
だから、無条件に従属のための従属をしている。そこには以前のような葛藤がない。葛藤のない人間は成熟せず、幼児化する。
 
冷戦以降、アメリカが日本を保護する理由がなくなる一方、東アジアは激動の時代に入った。中国の国力の大幅な増進が第一のファクターだが、それに加えて朝鮮戦争の終結が視野に入ってきた。東アジアにおける冷戦構造の残滓の一大要因がなくなる。これが実現すれば、在韓米軍は不要となり、今度は在日米軍の問題に議論は移行するだろう。一方で中国共産党政権は、台湾を版図に治めないと国家が完成しないという神話を持ち、それを長年国民にプロパガンダしてきた。台湾問題は朝鮮半島問題よりも難しい課題だ。
 
 
「ショーンKに騙された、恥ずかしい日本人」
『国体論』著者・白井聡インタビュー(後編)
NEWS WEEK 2018年6月2
深田政彦(本誌記者)
<今の日本は自発的に主権を放棄し、国民は政治的自由を自ら放棄している――『国体論』の著者・白石聡による現代日本への警告>
『国体論――菊と星条旗』(集英社新書)の著者・白井聡へのインタビュー後編。日本はどうすれば対米従属から抜け出せるのか。
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――日本を取り巻く国際情勢の緊張を目前にして、日本はどう主体性を取り戻すのか。
対米従属を止める一番確実で簡単な方法を言うなら、中国と戦争して負けることだ(笑)。そうすれば今度は対中従属の時代が始まって、これまで対米従属の合理性を説いてきた識者たちが「日本文明はそもそも中華文明の一部だった」などと理屈をつけて従属を合理化してくれるだろう。
 
冗談はさておき、人口や経済規模の観点から巨大な国家から圧力を受けることは避けようがない。主権国家といっても孤立して生きていける国はない。問われるべきは、そうした現実的な制約の下、どれだけの努力をしているのかということだ。少しでも自由でありたい、制約を脱したいというのが本来の人間だ。今の日本は自発的に主権を放棄し、その国民は政治的自由を自ら放棄している。かつて批評家・東浩紀氏が「動物化」という概念を提起したが、その通りだろう。こういう在り方は人間的とは言えない。
 
――まずは対米従属を脱してから合理的に日中同盟や日ロ同盟の可能性を......。
あらゆる可能性を吟味したうえで日米同盟が最も合理的な選択肢として選ばれるのならば、それは理解できる。しかし、現実はそうではない。弁護士・猿田佐世氏が「ワシントン拡声器」という概念によって明らかにしていることだが、日本の政官メディアがやっていることは、言うなれば「アメリカの神社化」だ。
対米従属エリートたちは、渡米してアメリカの政財界やシンクタンクなどに、日本国民の血税を原資とする「賽銭」をばらまいて拝む。そうすると、「神のお告げ」、つまり日本の親米派に都合のいいことが書かれたレポートが出て来るので、日本に持ち帰って、「神様はこう言っておられる!」と言って触れ回る。公金を何億円も使って命令してもらっているのだ。
 
――中国の脅威に日米同盟で対抗するのは合理的だが。
戦後日本の対米従属の理由づけは、対ソ連、対北朝鮮、そして対中と、ころころ変わってきた。外交は常に相互関係だ。中国からすれば、日本は世界がどう変わろうが言い訳を見つけて、アメリカと一緒に中国を封じ込めようとしているように見えるだろう。それならこっちにも考えがあると、中国は習近平政権になってから強硬姿勢を増している。
 
――対米従属からの自立はこれまでも反米保守派からも唱えられてきた。
石原慎太郎なんかが典型だが、威勢のいい発言は全て日本国内向けで、ワシントンに行けば対中脅威論をあおって、日米同盟を称賛する。かつて占領憲法はけしからんといいながら、政権を握ったら「ロン・ヤス」「不沈空母」と言いだした中曽根康弘首相も同じだ。
当世流行のネトウヨの諸君もそうだが、戦後日本では、「愛国的」「右翼的」であればあるほど対米従属的であるというのが常識となっている。だから、この国の右側にはナショナリズムなど存在しない。愛国ごっこに姿を借りた奴隷根性があるだけだ。
 
冷戦構造が厳しかった時代でさえ、アジアの親米国家の指導者でアメリカと軋轢を生じさせて暗殺された人物は、その疑惑を含め複数いる。日本の親米保守派は面従腹背を気取ってきたかもしれないが、誰も暗殺されたことがない。
あらためて2010年に沖縄米軍基地問題のために退陣した鳩山政権の挫折の異様さを肝に銘じるべきだ。普天間基地の沖縄県外移転という方針に、アメリカが直接怒ったのではなく、「アメリカの言いそうなこと」を日本のメディアや官僚、民主党政権の閣僚までが先回りして騒いで倒閣した。アメリカに対していささかなりとも主体性を見せることが、「反国体」的なのだ。