安倍首相をはじめ日本のメディアは、ひたすら北朝鮮の非をあげつらう(論う)のに急であり、その一方で米国のことは絶対善とでも思っているようです。北朝鮮に対する米国の姿勢が180度変化しようが、ただただ追随して世界に醜態をさらしている安倍首相がそのいい例です。
しかし敵対国に対する米国の態度ほど不安定なものはないので、米国が信用できるのかどうかは当事国にとっては文字通り死活問題です。
トランプ氏は、現在はホワイトハウス内の強硬右派を抑え米朝合意に向けての熱心さを見せていますが、これもホワイトハウス内の力関係次第で、中間選挙が済めばどうなるのかさえも実は分かりません。
政府もメディアもいたずらに北朝鮮に対して猜疑心を抱くのではなく、そうした実態を正しく見る必要があります。
元外交官の孫崎享氏の主張を紹介します。
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日本外交と政治の正体
米朝会談の不安定 要因は北でなくトランプ政権の内部分裂
孫崎享 日刊ゲンダイ 2018年6月2日
米朝首脳会談が6月12日、シンガポールで開催される予定である。だが、開催そのものに関するトランプ大統領の発言が揺れ動いている。トランプは5月24日、米朝首脳会談の中止を発表したが、その翌々日、「(従来の予定通り)開催を目指す方針に変わりはない」と語った。
こうなると、対米追随を旨とする安倍外交も支離滅裂になってきた。
「トランプ大統領は会談を断った。会談を開くことが重要なのではない。核・ミサイル、拉致問題を前に進めていくことが重要だ。だから安倍首相が、トランプ氏の決断を支持すると言った。たった1カ国です」
菅官房長官はトランプの首脳会談中止を受け、それを支持したのは世界で「たった1カ国」だったと自慢した。
ところが、トランプが一転して開催再検討を発表すると、安倍首相は「米朝首脳会談は『必要不可欠』」などとロシアで演説した。
北朝鮮に対する米国の姿勢が百八十度変化しようが、ただただ追随する安倍外交は世界に醜態をさらしただけである。
米朝首脳会談に臨む米国の基本姿勢は定まっている。北朝鮮の「完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄」であり、かつ長期交渉はしないというものだ。問題は北朝鮮にとって「完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄」を行うことは容易なことではないことである。
北朝鮮から見れば、米国は、政権破壊のためにいつ攻めてくるか分からない。それを止めるには、米国の同盟国である韓国に耐えがたい被害を与えるしか手段がない。核開発は政権生き残りの命綱であり、簡単に「はい、完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄をします」と言える問題ではない。
米国が真に合意を達成したいのであれば、何らかの形で「米国は北朝鮮を軍事攻撃しない」という保証を与える必要がある。もっともあり得るのは、今の朝鮮戦争の「停戦状況」を「完全終了」にして平和条約を結び、そこに相互不可侵条項を盛り込むことである。
だが、米国には、北朝鮮との合意を望まない強力な勢力がある。それを代弁するのがボルトン国家安全保障担当大統領補佐官であり、ペンス副大統領だ。ペンスはイラク戦争支持、イスラエルにイラン攻撃の権利があると主張するなど、強硬右派である。トランプを辞任させ、ペンスの昇格をはかるグループも存在している。
米朝会談の不安定さの要因は北朝鮮にあるのではなく、トランプ政権の内部分裂にある。
孫崎享 外交評論家
1943年、旧満州生まれ。東大法学部在学中に外務公務員上級職甲種試験(外交官採用試験)に合格。66年外務省入省。英国や米国、ソ連、イラク勤務などを経て、国際情報局長、駐イラン大使、防衛大教授を歴任。93年、「日本外交 現場からの証言――握手と微笑とイエスでいいか」で山本七平賞を受賞。「日米同盟の正体」「戦後史の正体」「小説外務省―尖閣問題の正体」など著書多数。