2018年9月29日土曜日

29- 米軍は日本の防衛に駆け付けない(孫崎 享氏)

「アメリカの若者が日本を守るために血を流すのに・・」は、安倍首相が得意とするセリフで、「日本も国を守る気概をもって、軍備を拡張し・・・云々」という文脈の中で使われてきました。しかし当の米軍からそんなことはあり得ないと否定されたのはもう以前のことで、それ以後国会ではあまり使わなくなりましたが、他の場面では相変わらず使われています。
 
 元外交官で、防衛大学校教授務めた孫崎 享氏が、日経ビジネスのインタビューに答えて、米軍は簡単には日本の防衛に駆け付けないとして、4つの理由を挙げました。
 
 また、日本はアメリカの「核の傘」に入っているから国連の核兵器禁止決議に賛成できない(し、先の核兵器禁止条約にも加盟できない)というのも久しく聞かされてきた言い訳ですが、アメリカが日本の防衛のために核兵器を使うことはあり得ないことも明らかにしました。
 日米安保条約で議論することは出来るとしても、ことさらに「核の傘」論を振り回すのは国民を欺くものという訳です。
 
 因みに同記事で紹介されている孫崎氏のプロフィールは下記の通りです。
 1943年生まれ。1966年東京大学を中退し外務省に入省。駐ウズベキスタン、国際情報局長、駐イラン大使を歴任。その後、2002~2009年防衛大学校教授を務める。著書に『日米同盟の正体』『情報と外交』など。
 
 長文の記事のため一部を省略しました。原文には記載のURLからアクセスしてください。
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米軍が日本防衛に来援しない4つの理由 核の傘は機能しない
孫崎 享 日経ビジネス 2018年9月28日
編集・聞き手 森 永輔   
(前 略)
 
米軍が日本の防衛に駆けつけない4つの理由
 
――孫崎さんは、防衛大綱を改訂するに当たって、新たに盛り込むべき点や修正すべき点、削る点として何が重要とお考えですか。
孫崎:現行の防衛大綱は現在書かれていること以外の選択肢を挙げていない点が問題です。政府が選択した防衛政策が正しいことを証明するためにも、他の選択肢を提示し、比較検討する必要があるのではないでしょうか。
 
――例えばどんな選択肢がありますか。
孫崎:日米同盟が機能せず、日本が他国から攻撃を受けても米国が来援しない状況です。私はこの可能性が極めて高いと考えています。
 
――米国の首脳が繰り返し、「尖閣諸島は日米安全保障条約の適用範囲内にある」と発言しているのでは。2010年に尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の監視船に衝突する事件が起きました。この時、ヒラリー・クリントン国務長官(当時)が尖閣諸島が適用範囲であることを認めました。2012年に日本政府が魚釣島を購入し、中国が反発した際には、カート・キャンベル国務次官補(同)が同様の発言をしています。2014年にはバラク・オバマ大統領(同)が安倍首相との首脳会談の後、同趣旨の発言をしました。
孫崎:おっしゃる通りです。
 米国が助けに来ない理由は大きく4つあります。米軍が来援しないと考える理由の第1がその安保条約の規定です。米国が日本を防衛すると定めたとされる第五条を見てください。
第五条:各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。
「自国の憲法上の規定及び手続に従つて」とあります。米憲法は、宣戦布告の権限を議会に与えています。政府ではありません。したがって、時の米国政府は同条に則って日本を防衛すべく議会に諮るかもしれませんが、そのあとの保証はありません
 議会は、米国人の若者の血を尖閣諸島防衛のために流させることを決して許容しないのではないでしょうか。つまり、安保条約の適用範囲にあることと、尖閣諸島を防衛することとは別の話なのです。米政権は安保条約を適用するとは言っていますが、軍事行動を起こすとは言っていません。
 
米国は核の傘を提供しない
 第2は米国が中国に対して核兵器を使用できないことです。米国と中国は今、「相互確証破壊」と呼ばれる状態にあります。確証破壊というのは、敵の第1撃を受けた後も、残った戦力で相手国の人口の20~25%に致命傷を与え、工業力の2分の1から3分の2を破壊する力を維持できていれば、相手国は先制攻撃を仕掛けられない、というもの。米国のロバート・マクナマラ国防長官が1960年に核戦争を抑止する戦略として提唱しました。
 この確証破壊を2つの国が相互に取れる状態が相互確証破壊です。敵対する両国はともに、核による先制攻撃ができません。
 中国と相互確証破壊の状態にある米国が、尖閣諸島を防衛するために核兵器を使用すれば、それは中国に対する核先制攻撃となります。中国が核で報復するため、米国も多大な被害を受けることになる。巷間、「尖閣諸島のためにニューヨークを犠牲にはできない」と言われる状態が生じるわけです。
 
――米国は核兵器を搭載する原子力潜水艦を太平洋のあちこちに遊弋(ゆうよく)させているといいます。他方、中国も南シナ海に、核ミサイル搭載潜水艦を2隻配備しているといわれる。どちらも海中を移動するため、その位置を捕捉しにくく、第1撃が実行されても“生き残る”可能性が大とされています。
孫崎:そうですね。こうした生き残る核兵器がある以上、米国が日本に核の傘を提供することはできないのです。
 第3は、東シナ海から南シナ海へと至る海域で、米国が通常兵器で参戦することも難しくなっていることです。米シンクタンクのランド研究所が「台湾(もしくは尖閣諸島)をめぐって米中が戦争すれば米国が負ける可能性がある」とのレポートを発表しました。
 これによると、中国は沿岸におよそ1200発の短中距離弾道ミサイルとクルーズミサイルを配備している。しかも、その命中精度は非常に高くなっています。中国はこれらを使って、沖縄・嘉手納にある米空軍の基地を攻撃し、滑走路を使用不能にするでしょう。そうなると、制空権を確保するための米軍の空軍能力は著しく低減します。横田や三沢の基地から飛ばすこともできるでしょうが、途中で給油する必要があります。
 米空母も、これらのミサイルを恐れて近づくことができません。
 
――中国が進めるA2AD戦略ですね*3
*3:Anti-Access, Area Denial(接近阻止・領域拒否)の略。中国にとって「聖域」である第2列島線内の海域に空母を中心とする米軍をアクセスさせないようにする戦略。これを実現すべく、弾道ミサイルや巡航ミサイル、潜水艦、爆撃機の能力を向上させている。第1列島線は東シナ海から台湾を経て南シナ海にかかるライン。第2列島線は、伊豆諸島からグアムを経てパプアニューギニアに至るラインを指す。
孫崎:そして第4は、米国にとって中国がアジアで最も重要なパートナーとなっている点です。近い将来、中国のGDP(国内総生産)が世界最大になることが予想されています。その巨大な市場を米国が敵に回すとは思えません。
 ドナルド・トランプ大統領が中国に貿易戦争を仕掛けています。中国からの輸入品に関税をかけたり、中国が進める「製造2025」を妨げる要求を出したり。しかし、これは短期的なものにとどまるでしょう。10年、20年という長い目で見れば、米国が中国を重視するのは変わりません
 ちなみに、米国家安全保障会議(NSC)でアジア部長を務めたマイケル・グリーン氏は2002年にものした論文「力のバランス」で、「中国のGDPが日本のそれを追い越せば、ワシントンにとって日米同盟の重要性が劇的に低下することは考えられないことではない」と指摘しています。同氏はその理由として、米中が先ほど説明したMADの状態にあることと、中国が多額の外貨準備を保有していることを挙げています。
 
――中国は依然として、多額の米国債を保有していますね。
 
敵地攻撃能力はナンセンス
 
――米国が日本の防衛のために来援しないとすると、日本はどうするべきなのでしょうか。
孫崎:できること、やらなければならないことが2つあります。1つは、自分の国は自分で守る、自主防衛力を高めること。もう一つは外交力を生かすことです。
 「日米同盟に頼ることなく、自分の国は自分で守る」というのは、新しい考えでも突飛なものでもありません。東條・小磯・鳩山一郎内閣で外相を務めた重光葵氏は1953年、「国民は祖国を自分の力で守る気概がなければならない」と発言しています。日米安保条約を改訂した親米派とみられている岸信介氏でさえ「他国の軍隊を国内に駐屯せしめて其の力に依って独立を維持するというが如きは真の独立国の姿ではない」と回顧録に記しています。
 1969年には当時の外務省中枢が「我が国の外交政策大綱」をまとめ、その中で以下を掲げました。 
•わが国国土の安全については、核抑止力及び西太平洋における大規模の機動的海空攻撃及び補給力のみを米国に依存し、他は原則としてわが自衛力をもってことにあたるを目途とする
•在日米軍基地は逐次縮小・整理するが、原則として自衛隊がこれを引き継ぐ
 さらに日米ガイドライン*4も「自衛隊は、島嶼に対するものを含む陸上攻撃を阻止し、排除するための作戦を主体的に実施する」と記述しています。米軍はあくまで「自衛隊の作戦を支援し及び補完するための作戦を実施する」存在なのです。
*4:正式名称は「日米防衛協力のための指針」。自衛隊と米軍の役割分担を定める
 
――自主防衛力を高める手段はいくつか考えられます。本格的な戦争に遠い想定から順に伺います。
 まず領域警備法の制定について。尖閣諸島を日本が自分で守るためには、グレーゾーン*5をなくし対応するための法整備が必要ではないですか。
*5:自衛隊が出動すべき有事とは言えないが、警察や海上保安庁の装備では対応しきれない事態。
孫崎:私はそうは思いません。尖閣諸島周辺で起こる事態に日本が主権を行使して対応すれば、中国も同様の行動に出ます。これは危険な事態を招きかねません
 
――北朝鮮によるミサイル攻撃に対する自主防衛力を高めるため、敵基地攻撃能力*6を保有すべきという議論があります。これはどう評価しますか。
*6:北朝鮮が発射を意図する弾道ミサイルを最も高い確率で迎撃できるのは、発射台に設置されたとき、もしくは発射直後で飛行速度が遅い段階。このタイミングを突いて攻撃する能力のこと
孫崎まったく意味がありません。北朝鮮は日本を攻撃できるミサイルを200~300発保有しているといわれています。日本が敵基地攻撃能力を持つならば、これらを同時にすべて攻撃できる高い能力を持つ必要があります。漏れが出れば報復されますから。その高い能力を整えることができるでしょうか。
 加えて、日本はこれらのミサイルの発射基地をすべて見つけ出す能力を持っていないのです。この状態で、敵基地を攻撃する装備だけを整えてもナンセンスでしょう。
 
――関連して、イージス・アショアは有効でしょうか。地上配備型の新たな迎撃ミサイルシステムです。政府は2017年12月に導入を決定しました。
孫崎こちらも役に立つとは思えません。着弾地が事前に明らかになっているのであれば、北朝鮮が発射したミサイルの軌道を計算して迎撃ポイントを推定することができるでしょう。しかし、どこに行くのか分からないミサイルの軌道を瞬時に計算できるとは思えません。
 
自衛隊が耐えられなくなればゲリラ戦も
        (中 略)
 
金体制を保証、尖閣諸島は棚上げする
 
――外交力はどのように発揮しますか。
孫崎:最も重要なのは、攻められる理由を作らないことです。北朝鮮に対しては、その指導者の安全を侵さない、体制の転換を図らない姿勢を明らかにすることです。それでも北朝鮮が日本を攻撃すれば国際社会が許しません。北朝鮮は存続できなくなります。こうした国際社会の雰囲気を作るのも外交力の一環です。
 
――日本がそのような姿勢を示しても、北朝鮮は在日米軍の基地を攻撃目標にするのでは。
孫崎:在日米軍の基地にそれだけの価値はなくなっていると思います。大陸間弾道ミサイルが開発され、米本土からでも北朝鮮を核攻撃できるようになりました。在日米軍の基地を攻撃しても、北朝鮮が自らの安全を高めることはできません。
 
――中国との間ではどのような外交をすべきですか。
孫崎日本と中国が軍事的な対立に至る要因は尖閣諸島しかありません。これを棚上げすればよいのです
 ここで参考になるのは、1975年および2000年に発効した日中漁業協定です。尖閣諸島周辺の海域では、「相手国民に対して、漁業に関する自国の関連法令を適用しない」ことで合意しました。日中それぞれの法執行機関が、相手国の漁船と接触する事態を生じさせないことで、漁業を発端とする紛争が起きないようにしたのです。
 先人たちが知恵をしぼった賢い仕組みです。同様の知恵をわれわれも生み出していくべきではないでしょうか。
(中 略) 
 尖閣諸島をめぐる問題を棚上げすれば、経済的に見ても、中国が日本と戦争する意味はありません。さらなる経済大国を目指す中国は日本の市場および日本企業が持つ技術を欲しています。戦争になれば、これらを手に入れることができなくなってしまう。戦争しなくても、日本企業を買うだけの経済力を彼らはすでに持っているのです。
 これまでにお話ししたようなシナリオも想定し、比較・検討したうえで、日本の防衛政策を考え、防衛大綱を改訂すべきではないでしょうか。