2018年9月2日日曜日

北朝鮮はCVID(完全・検証可能・不可逆的非核化)を受入れていない

 北朝鮮は、アメリカは核兵器やミサイルを持っても良いが北朝鮮はダメだという論理を認めていませんし、アメリカの要求に従って徹底的な核査察を受けた挙句に攻め滅ぼされたイラクの悲劇を眼前にしたので、アメリカ体制側が執拗に要求したCVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)は最後まで受け入れていません。現実に6月の米朝の共同声明ではCVIDへの言及はありませんでした。
 北朝鮮が強く望んでいるのは、イラクと同じ目に会わないという保障であり、先ずは朝鮮戦争の休戦協定を平和条約にすることです。そして北がミサイルや核兵器の廃棄に向けた作業を行えばアメリカもそれなりの対応を示すべきであるというものです。
 
 北朝鮮は当初廃棄に向けてそれなりの行動を行いましたが、それに対するアメリカ側の見返りは皆無で、中国と北朝鮮の連携を非難し、ひたすらCVIDを要求し続けるだけでした。
 アメリカの調査組織「ノース38」は、航空写真の分析からその後は廃棄作業が行われていないとしていますがそれは当然であり、これでは北の核・ミサイルの廃棄は進みようがありません。
 
 WP(ワシントンポスト)は、8月下旬に予定されていたポンペオ米国務長官の訪朝が直前に中止されたのは、北朝鮮から「好戦的」な書簡が届いたからとの見方を報じました。
 CNNによればそれは金英哲・朝鮮労働党副委員長からポンペオ氏宛て書簡で、「非核化が進展しないのは米国が北朝鮮との平和協定の締結に向けて取り組まず、北朝鮮の期待に応えていないからで、非核化交渉は危機に面しており、瓦解の恐れもある」という内容ということです。
 アメリカにひれ伏すのが当たり前という考え方からすれば「好戦的」に見えるのかもしてませんが、内容はただ客観的な事実を述べているだけのものです。
 
 日刊ゲンダイに孫埼享氏の「北朝鮮は『完全で検証可能、不可逆的な非核化』はしない」とする記事が載り、そのなかで豪州の学者による「核時代にあって北朝鮮の独特な点は、どんな国よりも長く(米国の)核の脅威に常に向き合い、その陰に生きてきたのである。1991年に米国が韓国から核兵器を撤収しても、米国は北朝鮮を標的とするミサイル実験を続けてきた」、「2003年の大統領令に基づき、イラン・北朝鮮の核施設を破壊する目的で核兵器の使用を許可する軍事計画が作成されている」との指摘が紹介されています。
 米朝合意から逸脱しているのはむしろアメリカの方と思われます。
 
追記)安倍首相は最近のトランプ氏との電話会談で、北が核・ミサイルを完全に廃棄しなければ朝鮮戦争を終結させるべきではないと述べたということですが、それは事態への認識を欠いた無責任な発言です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 日本外交と政治の正体
北朝鮮は「完全で検証可能、不可逆的な非核化」はしない
孫崎 享 日刊ゲンダイ 2018年9月1日
 トランプ米大統領は8月24日のツイッターで、ポンペオ米国務長官が予定していた訪朝を中止するよう指示したことを明らかにした。その理由について、トランプは「現時点では、朝鮮半島の非核化に関して重要な進展が見られないからだ」と不満を表明したという。ポンペオは前日の23日に訪朝を発表したばかりで、突然の取り消しは極めて異例といえる。
 
 私はこのニュースを聞いて何の驚きも感じなかった。当然の成り行きだからだ。
 第2次大戦以降、核兵器による攻撃の恐怖に最もさらされてきた国はどこかといえば、北朝鮮である。豪州の学者のマコーマック氏は「核時代にあって北朝鮮の独特な点は、どんな国よりも長く核の脅威に常に向き合い、その陰に生きてきたのである。1991年に米国が韓国から核兵器を撤収しても、米国は北朝鮮を標的とするミサイル実験を続け得てきた」と記述している。さらに、2003年1月の大統領令に基づき、イラン・北朝鮮の核施設を破壊する目的で核兵器の使用を許可する軍事計画を意味する「CONPLAN8022」が作成されている
 
 こうした米国の核兵器攻撃の可能性に対し、どこまで有効であるかは別として、北朝鮮が核兵器にミサイル開発で対抗しようとするのは、軍事戦略として当然の選択である。
 従って、米国が北朝鮮の完全な非核化を求めるのであれば、「北朝鮮が軍事攻撃しない限り、米国から核兵器を含む軍事攻撃をしない」という保証を与える必要がある。その具体的な策は、①朝鮮戦争の休戦協定を平和条約にして、その中で相互の武力不行使を宣言する②国際的な核兵器の先制攻撃使用を禁止する、などがある。一時、米国が朝鮮戦争の休戦協定を平和条約にすることを検討しているという報道もあったが、今、この動きはない。
 
 米国が北朝鮮に対する先制的核兵器使用をしないという約束をしない限り、北朝鮮が完全な非核化に向かうことはないのである。
 問題は「北朝鮮が完全な非核化に向かうことはない」ということが明確になった時、トランプはどういう選択をするかである。
 ひとつは「裏切られた。米韓軍事演習を再開し、北朝鮮に圧力をかけよう」という選択。もうひとつは「北朝鮮が米国を攻撃することはないから、まあいいか」という判断である。今後のトランプの動きに注目したい。 
 
孫崎  外交評論家
1943年、旧満州生まれ。東大法学部在学中に外務公務員上級職甲種試験(外交官採用試験)に合格。66年外務省入省。英国や米国、ソ連、イラク勤務などを経て、国際情報局長、駐イラン大使、防衛大教授を歴任。93年、「日本外交 現場からの証言――握手と微笑とイエスでいいか」で山本七平賞を受賞。「日米同盟の正体」「戦後史の正体」「小説外務省―尖閣問題の正体」など著書多数。