2020年4月7日火曜日

07- BCGと新型ウイルスめぐる考察 (田中 宇氏)

 田中 宇氏がBCGと新型ウイルスをめぐる考察を発表しました。
 極めて控えめな表現をしていますが、BCGを受けた人はしていない人よりも、平均して新型コロナウイルスに対する抵抗力がありそうです。
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BCGと新型ウイルスめぐる考察 

田中  2020年4月5日
もうご存じの方が多いと思うが、結核菌のワクチンであるBCGの予防接種をした人は、BCGをしていない人より免疫力が高く、新型コロナウイルスに感染しても重症になりにくいのでないか、という分析が出ている。戦前からBCGの予防接種が広範に行われ、1950年代から結核撲滅のため全国民を対象にBCGが接種されてきた日本では、新型ウイルスの発症者の比率が世界的に見て異様に少ない。アジアや旧ソ連東欧諸国でもBCGは広範に接種されている。対照的に、感染者が急増している米国とイタリアでは、これまで全国民を対象にしたBCGの接種が行われたことがない感染者の増加がアジアより激しいフランスやスペイン、英国でも、現在は全国民を対象にしたBCGが行われておらず、ワクチンの種類もアジアと異なる。イランは1984年まで広範な接種が行われていなかった。

全国民を対象にしたBCG接種がおこなわれてこなかった豪州やオランダでは、今回のウイルス機器が始まった後、感染者に接触する機会が多い医療関係者を対象にBCG接種を開始している。BCGが、結核に対する免疫だけでなく、広範な免疫力の増大を長期にわたってもたらすことが、以前から確認されていた。確定的でないが、BCGの接種は新型ウイルスの発症時の重篤さを低下させる効果がありそうだ。BCG以外でも、従来の病気に対する予防接種が、新型ウイルスへの免疫力を増強させているかもしれないが、まだ確認されていない。

BCGなど一部の予防接種をしている人が、していない人より新型ウイルスに対する免疫力が強いという仮説が事実である場合、それが原因でないかと疑われる感染の爆発的な拡大が世界のあちこちで発生している。たとえば、イスラエルの超正統派ユダヤ教徒が密集して住んでいるテルアビブ近郊の街ビナイバラク(Bnei Brak)。この地域の住民の3割から半分が新型ウイルスに感染していると推定されている。イスラエルの新型ウイルス発症者(入院者)の半分が、人口の1割程度である超正統派だ。彼らはテレビもネットも見ず、地元のラビ(聖職者)の言うことしか聞かず、ラビは政府の命令を無視する傾向が強い。超正統派はユダヤ教の勉強だけする生活なので貧乏で、しかも多産だ。そのため劣悪な住環境に密集して住んでおり、それが感染急拡大の原因だと報じられている(日本でも「三密禁止」プロパカンダの一環として広く報じられた)。イスラエル政府は4月2日から軍をビナイバラクに派遣し、外出禁止などの強制的な感染阻止策を開始した。

ビナイバラクなどの超正統派の人々は、予防接種をしているのだろうか。米国では、ニューヨークのブルックリンなどに住む超正統派ユダヤ教徒が、予防接種の義務化に反対する政治運動の急先鋒の一勢力だ。ブルックリンは、新型ウイルスの感染がNYで最も多発している地域の一つだ。米国の超正統派(や、その他の一神教などの原理主義勢力)は「人間は神様が作った。科学・医学は、人間の身体のことを完全にわかっていない。科学・医学は、神様よりはるかに劣っている人間がやっている行為だからだ。そんな中途半端な科学・医学に基づいて、不完全な開発力で作ったワクチンを強制的に人々に予防接種するのを義務づけるのは間違っている。副作用もひどい」と考える傾向にある。

ビナイバラクやブルックリンの人々は、こういった信仰上・信条的な理由でBCGなどの予防接種をしていないことが、感染急増・高致死率の理由の一つでないかと疑われる。ニューヨークなど米国では、ユダヤ教徒以外の人々でも、家族ぐるみでワクチン・予防接種に反対・懐疑的な人がけっこういる。ワクチン反対運動を率いる人々は、ユダヤ人などマイノリティの人々の間で支持を拡大するように動いてきた。ニューヨークの感染急拡大の一因は、予防接種と関連しているかもしれない。BCGなど予防接種をしている老人が、していない若者より免疫力が高いといったことがあり得るが、ニューヨークでは若者も多く発症している。予防接種との関連に確たる証拠はないが「感染爆発の理由は密集だ」と決めつけるのも確たる証拠がないままに行われている。BCGが広範に免疫力を押し上げること、米国でBCGの比率が低いことは事実だ。

イスラエル周辺では、ユダヤ教徒だけでなくイスラム教徒のパレスチナ人も、自治政府やWHOによる感染予防策に従わず、密集した礼拝を続けている。イランでは、新型ウイルスの感染拡大が、聖職者がたくさんいるシーア派の聖都コムから拡大していった。イランは1979年以来、聖職者集団が政権を握っているが、1984年からBCGが全国民を対象に行われている(ワクチンは元々のフランス株からわかれた独自のものを使用)。今も1万人程度の結核患者がいる。イランの感染急拡大が、宗教政治と何らかの関係があるかどうか不明だ。それらしいことを列挙しても、まとまった分析にならない。イランの聖職者の中には、コロナの感染を宗教の力で治療できると言っている人もいる。イラクのシーア派の宗教指導者であるサドル師は、新型ウイルスのワクチンが今後できたとしても、米国が作ったものであるなら使用禁止だと言っている。 

韓国では、現時点で1万人いる感染者の半分が、キリスト教系の「新天地イエス教会」の大邱などの信者だ。大邱の信者1900人を検査したところ1720人(うち無症状420人)が感染し、1300人が発症していた。発症率が68%と高い。この教会は、多数の信者が密集して礼拝する作法で、しかも昨年末に中国の武漢に新しい支部(地下教会)を作り、数十人の信者が韓国と武漢を往復していた。それらが感染増加の理由だと報じられている。この教団について調べたが、予防接種についての考え方はわからなかった。教祖の言葉が絶対であるようなので、予防接種するなと教祖に言われれば、信者は政府の方針を無視して予防接種をしなかったりするのだろうが、それが起きているかどうかわからない。今回の記事は腑抜けた内容で申し訳ないが、BCGなど既存の予防接種と新型ウイルスの爆発感染との関係が広範に調べられれば、多くのことがわかるのでないかという提案をするのが良いと考えてこれを書くことにした。  

欧州で発症者や死者の人口比率が、東アジアよりはるかに高いのは、新型ウイルスが中国から欧州に拡大する過程で変異して感染力が強くなったからでないかという仮説が以前からある。だが、イタリアと中国の研究者が調べたところ、両国の感染者が持つウイルスのゲノム配列はほとんど同じで、中国からイタリアに拡大する間にウイルスがほとんど変異していないことがわかった。新型ウイルスは、既存のインフルエンザウイルスより変異の速度がかなり遅い。これは、新型ウイルスのワクチンが開発されたら、それが広範に効力を持つことを意味する。毎年変異して違う種類が蔓延する既存のインフルエンザは、毎年新たなワクチンを見極めて製造するという面倒な作業が必要になっているが、新型ウイルスは違うようだ。これは朗報だ。 

新型ウイルスは変異しにくい。中国とイタリアのウイルスはほとんど同じだ。「欧州から日本に帰国した人々が新型ウイルスの欧州型を日本に持ち込み、日本で強烈なウイルス感染拡大の第2波が起きつつある」という一部の指摘は間違った「(日本政府肝いりの)無根拠な陰謀論」である。欧米と日本など東アジアの発症者の比率の大きな差の原因は、こうした陰謀論でなく、BCG接種の有無であると考える方が自然だ。ここから先の分析についてはあらためて書く。豪州やオランダでは、BCG接種が新型ウイルス対策として効果があるという前提で対策が試みられているが、対照的に日本では、BCG接種との関係が「無視」「軽視」もしくは「迷惑な考え方」「陰謀論扱い」されている。これは日本の政治的な事情がありそうだが、それについてもあらためて考察する。今回の記事の内容は、考察しているうちに陳腐化してしまった。みなさん知っている話を今さら配信して申し訳ないが、BCGと新型ウイルスをめぐる話は、それ自体より、そこから発展する分析が重要だ(なぜ新型ウイルスの脅威を誇張するのかとか、遺体をできるだけ感染検査することで死者数の統計を多めに出している国と、その逆をやっている国がありそうなのはなぜかとか)。それを改めて書くための布石としてこれを配信する。