2019年3月19日火曜日

李柄輝氏が語る朝鮮の原則「米国が提案蹴れば行動に移る」

 第2回米朝首脳会談の結果は世界の期待を裏切るものでした。
 米朝会談はトランプ大統領の一種の気まぐれに端を発しましたが、1回目がそれなりに成功したことから世界は2回目に大いに期待しました。
 今回、実務者協議を行って来たビーガン特別代表ではなく、強硬派ボルトン補佐官を首脳会談のテーブルに座らせたことは、米国が最初から決裂を考えていた可能性を示しています。第1回目の経過に警戒を強めた米の体制派の要求をトランプ氏が抑えきれなくなっていたのでしょうか。
 
 ボルトンに代表される米体制側や西側の北朝鮮に対する要求「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」は かつてリビアに対して行われたもので、それに応じたカダフィーの悲惨な末路を世界は見せつけられました。北が簡単に応じられる筈がありません。あるかどうかわからない生物化学兵器の全リスト提出の要求もまた然りです。
 会談決裂後に控えめなコメントを出した崔善姫外務次官の落胆した表情が印象的でした。
 
 北朝鮮には核実験や長距離弾道ミサイルの開発などにかかわって、2009年以降11の制裁が課せられていて、日本もそれに主導的にかかわってきました。
 一方の米国はその間 戦術核兵器開発実験を続け、昨年もICBMの発射試験を行っています。この絶対的な非対称に西側が完全に目を瞑っているのは不思議な話です。
 金正恩氏の内政における暴虐を評価する人は勿論いませんが、それは北朝鮮の国民が酷寒に苦しみ、飢えで命を失っていることに対して「思考停止」する言い訳にはなりません。
 
 日刊ゲンダイが、17回以上の訪朝経験を持つ識者(在日朝鮮人3世朝鮮国の論理を聞きました。
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注目の人 直撃インタビュー  
李柄輝氏が語る朝鮮の原則「米国が提案蹴れば行動に移る」
日刊ゲンダイ 2019年3月18日
 先月末にベトナム・ハノイで開かれた2回目の米朝首脳会談では、一定の合意がなされるとの予想を裏切り破談に至った。背景に何があったのか、今後どうなるのか。長期滞在も含め、17回以上の訪朝経験を持つ専門家に朝鮮民主主義人民共和国の論理を聞いた。
 
 リ・ビョンフィ 1972年大阪生まれ。在日朝鮮人3世。朝鮮大学校研究院社会科学研究科前期課程修了。専攻は朝鮮現代史。著書に「平和と共生をめざす東アジア共通教材―歴史教科書・アジア共同体・平和的共存」(共著、明石書店)など。
 
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  ――米朝会談が再び実施される見込みは。
 朝米関係は首脳会談中止の発表があった昨年5月ごろに戻った印象です。崔善姫外務次官は会談後の記者会見で、金正恩国務委員長が「米国式計算方法に対して少し理解に苦しんでいるのではないか」「今後このような朝米交渉に対して、少し意欲をなくしたのではないかという印象を受けた」「今後、このようなチャンスが再び米国側に訪れるのか、これについて私は確信をもって言えません」と発言しています。
 
  ――この次官発言は金委員長の意向を反映したものと理解してもいいでしょうね。
 外交戦術的に不快感を表明したのでしょう。米国は強気に出るかと思いましたが、米韓合同軍事演習を大幅に縮小し、対話継続の姿勢を表明しました。ただ軍事演習は再開が可能な行動です。
 
  ――一方で北朝鮮でミサイル発射場の改修が進められていると報じられました。
 報道が事実であれば、米国が朝鮮の提案を蹴ったから、行動に移ったと考えられます。行動に対して行動で応えるのが朝鮮の行動原理です。
 
  ――そもそも、会談はなぜ決裂したのでしょうか。
 朝鮮が国連制裁の全面解除を望んだからだとトランプ大統領が会見で話しましたが、朝鮮側は求めたのは制裁の一部解除だと反論しています。朝鮮は2009年以降に科せられた11ある制裁のすべてではなく、16年から17年にかけて核やミサイル開発を理由に科せられた5件、民需経済と国民生活に支障を与える経済制裁だけを先に解除するよう求めていましたから。
 
  ――経済制裁の全面解除こそが米朝協議の核心だという見方もあります。
 むしろ核心部分は平和協定など安全保障問題です。朝鮮はその点は米国に重荷になると考え、制裁の部分的な解除を求めつつ、完全非核化を段階的に進めることを提案しました。「行動対行動」を原則とする朝鮮はまず昨年4月に核・ミサイル実験を中止。地下実験施設を爆破、55人の米兵遺骨を返還しました。先行措置をとったのだから、リスクの少ない政治的宣言である終戦宣言をまずやろうと米国に提案しましたが、すべての核物質や核兵器のリストを出せと言われて今年1月まで平行線が続いてきました。
 
  ――その後、ビーガン北朝鮮政策特別代表がシンガポール宣言の非核化以外の項目も動かそうと前向きに提案しました。
 ですので、ハノイでの朝米合意を世界は期待したのです。朝鮮は5件の経済制裁が解除されれば、寧辺の核団地の廃棄、ICBM(大陸間弾道ミサイル)発射の永久中止など不可逆的な相当大きなカードを切る用意がありました。崔善姫次官も会見で寧辺団地について「トンチェロ」と言った。朝鮮語で「すべてひっくるめて」という意味です。しかし、トランプ大統領は高い球を投げた。
 
 ――高い球とは?
 すべての核兵器、大量破壊兵器、そしてあるかどうかわからない生物化学兵器の全リストの提出です。ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が昨年5月に言い出したリビア方式と同水準です。ハノイでは朝鮮が織り込んでいた以上にトランプ大統領のリーダーシップが弱まっていた。ビーガン特別代表ではなく、強硬派代表格のボルトン補佐官を首脳会談拡大会合のテーブルの前面に着席させたことが象徴です。ハノイでの朝米会談が決まってから下院でコーエン公聴会(ロシア疑惑)も決まった。このインパクトでハノイ会談は米国内で完全にかすみました。 
 
ボトムアップの失敗を教訓にしたトップダウン
  ――実務者協議レベルでのツメが甘く、トップダウンでの着地に期待した交渉が失敗の原因との見方もあります。
 1993年に始まる朝鮮半島の非核化プロセスでは、信頼が醸成されない中で実務協議を積み上げて決裂を繰り返してきた。ボトムアップの失敗です。だから特にビーガン特別代表はトップダウンが必要だと言っていました。実務者協議である程度積み上げ、肝心な点はトップに任せようというのが過去の教訓なのです。しかし、西側諸国からすればトランプは何をするか分からず、朝鮮のペースにのみ込まれかねないトップダウン方式を批判する。
 
■求めているのは体制保障ではなく安全保障
  ――非核化という行動に対して朝鮮側が米国に望む行動は、“金王朝”の維持との指摘もあります。
 朝鮮が求めているのは社会主義体制の維持です。米国に求めているのは体制保証ではなく安全保障。侵略してくるなということです。社会主義体制を担保するのは人民の意思だというのが、金委員長の考えなのです。朝鮮は60年以上、国防・経済並進路線をとってきました。一時は国防費が国家予算の30%にもなりましたが、18年4月の朝鮮労働党中央委員会で金委員長は並進路線の終了を宣言しました。経済集中への方針転換は半世紀ぶりの党の路線変更です。
 
  ――経済集中とは?
 人民を満足させる社会主義国家をつくるためには、経済発展が必要だということです。社会主義に対する「人民の同意」は金委員長が演説でよく使う言葉です。13年に経済開発区法が制定されて特区が13カ所つくられ、今では60カ所に広がっています。特区では外国資本の直接投資を認め、特にインフラ分野と先端技術を奨励しています。投資家のジム・ロジャーズ氏も指摘していますが、朝鮮には経済的潜在力があります。外国資本が入れば米国も軍事行動を起こしづらくなります。経済再生こそが核兵器以上に国を守るための安全保障になるでしょう。
 
  ――それは自由貿易が生むメリットのひとつですね。
 しかし、門戸を開いたのに経済制裁を科せられたままです。金委員長が文在寅大統領に「早く非核化プロセスを終えて経済に集中したい」と言ったのは本音だと思います。世界のコンセンサスを破ってまで核保有をする意味が今の朝鮮では失われています
 
  ――米国は北朝鮮の人たちにとってどのような存在なのでしょうか。
「米国帝国主義こそが戦争の放火者」だとよく言われてきました。米国を打倒してこその平和であり、朝鮮統一につながるという論理です。それがシンガポール会談後、反米スローガンは公の場から消え、米国と対話して平和を築くと大転換しました。
 
■朝鮮は意見が合えば昨日の敵でも「白紙化」する
  ――日朝関係の展望はどうですか。「蚊帳の外」といわれる安倍首相との日朝首脳会談は実現するのでしょうか。
 日韓関係は戦後最悪といわれるほど悪化しています。これまでは、日韓関係が悪化すれば朝・日はお互いに接近を図ってきました。しかし今、朝鮮は韓国との関係を強化しています。南北和解が進み朝鮮半島は質的に変化し、日本は孤立しています。真に対話をする相手ならば朝鮮は一転して手を握ると思います。しかし、安倍首相は口では向き合うと言いつつ、どの国よりも経済制裁を訴え、圧力をかけてきた。そもそも朝・日貿易は、朝中に比べると微々たるもので、日本の独自制裁の効果は限定的です。渡航制限や朝鮮学校への補助金停止などの措置は、在日朝鮮人をイジメているだけ。韓国人も「ボルトンと安倍は同じ」とよく言います。
 
  ――東京五輪で北朝鮮選手を入国させない動きも出ています。日本が入り込む余地はありませんか
 安倍政権に対する警戒心は強いですが、昨日の敵でも意見が合えば過去を「白紙化」する一面が朝鮮にはある。朝米協議の最悪の展開は、米国にとって朝鮮のプライオリティーが下がり、核凍結で協議がフェードアウトする事態です。17年に核弾頭を搭載できるICBMを開発した現実は変わっていません。東アジアを17年のような状況に後退させず、朝米協議を前進させるためには周辺国の協力的な介入が必要です。朝米が決裂して喜ぶ国はこの世界的核危機の打開を望まない国だけでしょう。
(聞き手=平井康嗣/日刊ゲンダイ)