2023年3月9日木曜日

「挫折の日銀 (上) (中) (下) 」(しんぶん赤旗)

 9日、10日に黒田総裁としては最後となる日銀金融政策決定会合が開催されます。金融政策に関するサプライズを期待する向きもあるようですが、いわば死に体の総裁の下で果たしてどうなのでしょうか。

 しんぶん赤旗が3回シリーズの「挫折の日銀 (上) (中) (下) 」を出しました。一括して紹介します。
 いま、国民の生活も日本の経済も惨憺たる状態です。これにはウクライナ戦争とそれに伴う対ロシア経済制裁という予期しない要因もありますが、国に対しても国民に対しても、その悪影響を最大化させたのは意図的に進めてきた「円安」であり、アベノミクスの誤りは決定的です。
 異次元金融緩和は「持続的な物価下落を経済低迷の原因ととらえ、主に大胆な金融緩和を通じて物価上昇期待を高めて、緩やかな物価上昇(リフレ)を持続させれば景気を回復できる」というリフレ派の考え方に基いています。しかし10年間かけたにもかかわらず、一向にそうはなりませんでした。そんな希望的観測というべき理論?にすがって、日銀も政府も10年間漫然と過ごしてきたのですから、今の惨状は当然の帰結でした。
 この間岩田規久男・元日銀副総裁など、識者たちはその誤りに気付いてはいたのですが、聞く耳を持たない権力者の前ではどうにもならないという状況があったのでした。
 勿論これは日銀の責任だけでなく、政治もまた富裕層を増やせばやがて国民も潤うだろうという浅はかな考え方の下、逆に、デフレ脱却に反する政策を続けてきたのでした。
 このシリーズはそうしたことも分かりやすく説明しています。
 問題は今後はいい方向に向かうのかという点ですが、岸田政権は軍事費を2倍に増額し、建設国債を自衛隊の艦船や潜水艦の財源に充てる方針です。軍事対軍事の悪循環を引き起こす大軍拡のための野放図な国債発行に日銀が加担すれば、戦時中の二の舞いでいずれ円への信認を失墜させて悪性インフレを招きかねません。これでは絶望的な経過からの脱却ではなくさらに深刻な「絶望」に向かうことになります。
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挫折の日銀 (上) 中央銀行万能論」の誤り
                       しんぶん赤旗 2023年3月7日
 アベノミクスの「第1の矢」を担い、「異次元の金融緩和」を10年間続けた日銀の黒田東彦(はるひこ)総裁が4月8日に退任します。次期総裁候補の植田和男氏は政策継続の意向を示す一方、日銀が「リスクを抱えている」と認めています。「異次元緩和」は何をもたらしたのでしょうか。 (杉本恒如)

 2013年4月4日、最初の金融政策決定会合を開いて船出した黒田日銀は高揚感に包まれていました。記者会見で黒田氏は2の安定的な物価上昇を2年程度で達成すると自信々に語りました。
 「必要な措置はここにすべて入っていると確信しています」
 黒田日銀が打ち出したのは、国債や投資信託の買い入れを量と質の両面で大幅に拡大する政策でした。禁じ手としてきたリスク性資産の爆買いを、「量的・質的に次元の異なる政策」(黒田氏)と呼んで決行したのです。

「リフレ派」の失敗
    リフレ派 持続的な物価下落(デフレ)を経済低迷の原因ととらえ、主に大胆な金融
        緩和を通じて物価上昇(インフレ)期待を高めて、緩やかな物価上昇(リフ
        レ)を持続させれば景気を回復できると主張する人びと。
 「異次元緩和」の理論的支柱として日銀副総裁に就いた「リフレ派」の経済学者、岩田規久男氏は日記に書きました。黒田氏は「日本を救った名総裁として残ると予想される」(『日銀日記』)と。
 しかし、黒田日銀の『壮大な社会実験」は「挫折」(『週刊東洋経済』)しました
 岩田氏は2の物価上昇(増税の影響を除く)を一度も達成できないまま、5年後の18年3月19日に日銀副総裁を退任しました。
 2期10年にわたって総裁の地位にとどまった黒田氏も、好景気に起因する物価上昇をついに実現できませんでした。22年に起きたのは、輸入物価の高騰を原因とする不本意な形での物価上昇でした。日銀は、賃上げを伴う経済の好循環を実現できないために、異常な金融緩和から脱却できない、という手詰まり状態に陥りました。
 「実験」はなぜ失敗したのでしょうか。
 理由の一つは理論の誤りです。日銀に大胆な金融緩和を迫った「リフレ派」は「日本経済の最大の問題はデフレ (持続的な物価下落)」であqバデフレをなくせるのは日銀しかない」(10年2月16日の衆院予算委員会で自民党の山本幸三議員)と主張しました。デフレは「貨幣現象」だから日銀に責任がある、と考えたのです。
 日本共産党は「政治の無策、失政を日銀のせいにする」のは「健全な話ではない」(13年3月28日の参院財政金融委員会で大門実紀史議員と指摘し、「中央銀行万能論」と裏腹の「日銀悪玉論」を批判してきました。このときの論戦で大門氏は「実体経済の中で賃金を上げる」という対案を語りました。

原因は需要の不足
 日銀は、総裁が黒田氏に代わるまで「リフレ派」に批判的でした。白川方明(まさあき)前総裁は自著『中央銀行』で述べています。
 「デフレの悪影響を強調する論者はデフレが低成長の原因だとし、さらにその原因は日本銀行の消極的な金融緩和政策を反映したマネタリーベースの低い伸びにあると主張した。それに対して日本銀行は、デフレは低成長の原因ではなく、結果であると反論した」
 (物価下落の)根本的な原因は需要の不足という点にある」
 どちらの見地が正しかったかは、黒田日銀の「挫折」という結果をみても明らかです。
                                    (つづく) 

挫折の日銀 (中) 消費税増税推進し自滅
                       しんぶん赤旗 2023年3月8日
 日銀の「異次元緩和」が挫折した理由の二つ目は、自公政権が反国民的な税・財政政策をとったことです。
 安倍晋三政権は経済政策の「第2の矢」に「機動的な財政政策」を掲げました。しかし自公政権が一貫して財政支出を拡大した分野は軍事です。軍事費(当初予算案)は、2012年度の4兆7138億円から23年度の6兆8219億円へ、2兆1081億円(44)も増えました。
 自公政権はまた、法人税を連続的に税しました。国・地方を合わせた法人税の法定税率(法人実効税率)は、12年度の37から2974(18年度以降)へ引き下げられました。株主配当の原資となる大企業の税引き後当純利益を増やし、株を上昇させて大株主の資産を膨張させました

デフレ圧力さらに
 日米の軍事大企業や大株主を優遇する財政支出のしわ寄せを受けたのが国民です。自公政権は2度の消費税増税で年13兆円の実質可処分所得を国民から収奪しました。また、公的年金の支給額を毎年のように削減し、年金受給者から年4兆円の実質可処分所得を奪いました。
 実は金融緩和の旗を振った「リフレ派」経済学者の多くは消費税増税に批判的でした。13年3月から日銀副総裁を務めた岩田規久男氏が所信を述べるために出席した衆院議院運営委員会(同月5日)でのことです。
 日本共産党の佐々木憲昭議員は消費税増税に反対しつつ、「(過去の国民への増税や負担増が)全体の需要を落ち込ませデフレ(持続的な物価下落)という事態が生じているのではないか」と尋ねました。これに対して岩田氏は「増税すればますますデフレ圧力が働くということは、おっしゃるとおり」と答えたのです。自著『日銀日記』の中で岩田氏はこのときのやりとりを振り返っています。
 「私の経済政策は共産党と真逆のものが多いと思うが、どうやら、消費税増税に関しては意見が一致している」

「むしろ減税必要」
 岩田氏が消費税増税を懸念した理由は明快です。「3の消費税増税は消費者物を2程度引き上げることによって、実質可処分所得を一時的にではなく、恒久的に減らす要因」だからです。消費を増やすためには「可処分所得を増やす政策が必要」であり、「消費税増税ではなく、むしろ減税が必要だった」とも書いています。
 しかし日銀の黒田東彦総裁は、消費税増税を先送りすれば「(金利急騰という)どえらいこと」(13年9月7日付「日経」)が起こるリスクがあると発言し、増税を後押ししました。自公政権は消費税率を14年4月に8へ、19年10月に拍硲へ引き上げて実質GDP(圃丙総生産)を大きく落ち込ませました
 黒田氏の「どえらいリスク」発言について岩田氏は 『日銀日記』で「日銀総裁としての矩(のり)をこえた」と指摘。経済にブレーキをかければ「デフレ脱却は夢と化す」と、消費税増税推進派を痛烈に批判しています。
 結局のところ、自公政権と黒田日銀が手を携えて進めたアベノミクスは、国民生活を犠牲にして大株主の利益を増やす新自由主義の政策に帰着し、自滅したといえます。(つづく)


挫折の日銀 (下) よこしまな狙いで動き
                       しんぶん赤旗 2023年3月9日
 日銀の「異次元緩和」が挫折した理由の三つ目は、よこしまな動機に突き動かされてきたことです。円安と株高への誘導です。
 表向き政府・日銀は「円相場の押し下げ」ではなく「デフレ脱却」が「異次元緩和」の目的だという説明を繰り返してきました。「通貨安競争を回避する」ことは国際的な合意事項だからです。

『日銀日記』に本音
 しかし本音では円安・株高を狙っていたと、日銀副総裁を務めた岩田規久男氏は『日銀日記』に包み隠さず書いています。
 「量的・質的金融緩和」は「長期の予想実質金利を引き下げる」ので「(金利の低い)預金や国債から株式や不動産へ」資産が移動し、「株価や不動産価格や、株式や不動産を組み込んだ投資信託の価格が上昇する」。また「海外と日本の名目金利儒の拡大」は「過度の円高修正・外貨高」(円安)を招き、「外貨建て資産を保有している家計や企業」に「資産価格の上昇の利益」をもたらす。利益を得た家計と企業は「消費・住宅投資と、配当・賃金支払いを増やす」という調子です。
 円安・株高・不動産価格上昇で大企業と富裕層がもうかれぱ、社会全体に富がしたたり落ちるI。典型的な「おこぼれ(トリクルダウン)経済」理論です。
 「異次元緩和』は実際に円安と株高を呼び、大企業と富裕層の資産を膨張させました。しかしトリクルダウンは起きません。それどころか実質黄金は下がり続け、格差が広がりました。2022年には日米金利差の急拡大から異常円安が進み、輸入物価が高騰しました。円安誘導で「デフレ」から脱却するはずが、経済は低迷したまま、円安による物価上昇で国民が苦しめられています。日銀が陥った矛盾は深刻です。

戦争の教訓を無視
 「異次元緩和」のもう一つのよこしまな動機は「財政ファイナンス」(中央銀行が国債を引き受けて政府に資金を供給すること)です。
 戦時中の日本政府は国債の日銀引き受けで戦費を調達し、戦後に爆発的なインフレを発生させました。この教訓を踏まえて日銀の国債引き受けは財政法第5条で禁止されています。現在、日銀は市場を経由して国債を買い入れているので直接引き受けではない、と弁明しています。
 しかし10年に及ぶ「異次元緩和」で日銀が保有する国債は588兆円に達し、国債発行残高の5割を超えています。「国債市場の機能が低下」しており、「事実上の『財政ファイナンス』の状態」(木内登英野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの2月10日付「コラム」)です。
 そのうえ岸田文雄政権は軍事費を2倍に増額し、建設国債を自衛隊の艦船や潜水艦の財源に充てる方針です。軍事対軍事の悪循環を引き起こす大軍拡のための野放図な国債発行に日銀が加担すれば、戦時中の二の舞いです。いずれ円への信認を失墜させて悪性インフレを招きかねません。
 日銀新体制に求められるのは金融政策の正常化に向けて手を打つことです。そのための必須条件は、政府が大軍拡をやめて国民の所得を増やす政策に転換し、実体経済を立て直すことです。  (おわり)