6月22日、北海道新聞の入社3カ月の新人女性記者(22)が国立・旭川医科大学を取材中に、建物内に無断で侵入したとして大学の職員によって建造物侵入罪の疑いで現行犯逮捕(常人逮捕)され、警察に48時間留置されるという事件が起きました。
同大学の学長は17日にようやく辞任を表明したばかりで、当日は学長選考会議で学長の解任問題が議論されていたので、それに関する取材中であったと思われます。
実はその4日前に、大学と報道記者たちとの間でトラブルが起きて、大学が「許可なく校舎内に立ち入らないように」と報道陣に要請していました。
そして当日の午後3時50分ごろ、大学は報道各社にファクスで「会議終了後の午後6時に中央玄関前で記者団の取材に応じる」と通知したのですが、北海道新聞の報道部は、現場キャップら3人にメールで知らせたものの、現場にいることを把握していなかった新人記者への連絡はしませんでした。
大学の職員は常人逮捕の理由を、同記者が所属等を明らかにしなかったのでと述べました。しかし新人記者は、上司から「入構禁止」を知らされていなかっただけでなく「身分を聞かれてもはぐらかすように」と言われていたのでした。
それは兎も角として同記者は明らかに暴漢などではないので、職員が逮捕して警察に突き出すのは穏当ではありません。
日本ジャーナリスト会議(JCJ)は10日、「北海道新聞記者の逮捕に抗議する 建造物侵入罪の濫用は取材行為への脅しに直結」とする声明を出しました。以下に紹介します。
なおこの件について北海道新聞が後に調査報告書を出しました。これについてジャーナリストで関西大特任教授の亀松太郎氏が、北海道新聞側の態度についてYAHOOニュースに興味深い記事を出しています。約7600字の長い記事のためここでは紹介できませんが、タイトル、書き出しの部分、中見出し、著者経歴の部分を抜粋して以下の「枠内」に示します。
原文には、下記をクリックすればアクセスできます。
(YAHOO 7月8日)「道新は死んだ」北海道新聞「社内調査報告」の果てしなき残酷 (亀松太郎)
「道新は死んだ」北海道新聞「社内調査報告」の果てしなき残酷 東京大学法学部卒業後、朝日新聞記者になるが、3年で退社。法律事務所リサーチャーやJ-CASTニュース記者などを経て、ニコニコ動画を運営するドワンゴに転職。ニコニコニュース編集長としてニュースサイトや報道・言論番組を制作した。その後、弁護士ドットコムニュースの編集長として、時事的な話題を法律的な切り口で紹介する新しいタイプのニュースコンテンツを制作。さらに、朝日新聞のウェブメディア「DANRO」の創刊編集長を務めた後、同社からDANROを買い取って再び編集長に就任した。現在はフリーランスのジャーナリストとして活動しつつ、関西大学総合情報学部の特任教授(ネットジャーナリズム論)などを担当している。 |
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2021年07月10日
【JCJ(日本ジャーナリスト会議)声明】
北海道新聞記者の逮捕に抗議する 建造物侵入罪の濫用は取材行為への脅しに直結
国立大学法人旭川医科大学の校舎内で、取材中の北海道新聞記者が建造物侵入の現行犯により逮捕された。大学側は「その場で身分や目的を問うたが、明確な返答がなく立ち去ろうとしたため、学外者が無許可で建物内に侵入していると判断し警察へ連絡した」と説明し、警察は「常人逮捕」(大学職員による逮捕)として身柄の引き渡しを受けたと発表。警察は記者を48時間留置した。記者の取材行動をめぐり、学問の府と警察権力が報道機関を「懲らしめる」という構図になった。
これは行き過ぎた大学の取材規制、不必要な警察の身柄拘束であり、看過できない。取材者に対する一種の脅迫である。公益目的の取材活動を萎縮させ、ひいては市民社会の自由の束縛につながることを私たちは危惧し、大学と警察に抗議する。
今回の逮捕は建造物侵入罪の濫用の疑いが濃厚だ。今後、建物内の取材規制に同罪が悪用されれば、報道の自由は大きく揺らぐ。現に、取材のためにカルト教団の公開施設に入ったフリーランスの記者が建造物侵入罪で有罪判決を受けるという問題が起きている。新型コロナウイルスの感染防止を理由にすれば、どこでも取材記者を立入禁止にできるという悪しき例にもなる。
大学職員に現認された記者は当初、身分を明かさなかったのは事実のようだ。では大学はいつの時点で道新の記者であることを認識したのか。JCJ北海道支部の質問に、大学は「捜査中」を理由に回答を拒否した。しかし、道新関係者によると、記者は警察官に身柄を引き渡される前に姓名と身分を明かしていたという。それが事実なら、大学は新聞記者と認識した上で警察に引き渡したことになる。その細部の説明をなぜしないのか。したくない何らかの理由があると疑わざるを得ない。
その後の警察の対応も明らかに異様である。48時間の留置後、任意捜査に切り替え、記者を釈放したが、捜査は継続中とのことである。記者の行動への指示命令系統を解明するための捜査らしい。いったい何が目的なのか、深い疑問を禁じ得ない。報道機関への過剰な「一罰百戒」の意図が透けて見える。
道新記者は立入禁止区域に無断で立ち入り、非公開の会議をドアの隙間から無断録音していたという。大学側がこの人物を取材中の記者だと認識したとすれば、記者に抗議して退去を求める、北海道新聞に抗議する、取材手法の是非を社会に問う、など警察権力に頼らない対応ができる状況ではなかったのか。現行犯で逮捕する必要があるほどの実害も、大学側の説明からは見当たらない。
旭川医大が北海道新聞記者を記者と認識した上で警察に引き渡したとすれば、報道機関の取材活動の是非をめぐって警察権力の介入を許す軽率な対応であったと言わざるを得ない。旭川医大は記者を警察に引き渡すまでの詳細な経緯と判断の根拠を検証し、結果を公表すべきだ。
一方の当事者である北海道新聞は記者逮捕から2週間後の7月7日、社内調査結果をようやく公表した。「記者教育に問題があった」など低姿勢の釈明に終始し、事実上の謝罪となっている。記者が逮捕されたことについて「遺憾」と言うだけで、大学や警察の対応の問題点には一言も触れておらず、報道機関としての矜持に欠ける内容になっているのは残念としか言いようがない。事の本質に正対することを望みたい。
報道規制をかいくぐってでも事実に肉薄し、何が起きているかを取材し、伝えるのが記者の本来の役割であり、仕事である。規制に唯々諾々と従っていては、かつての大本営発表のような記事ばかりになる。事実を知る権利のある市民の期待に応えることはできない。今回逮捕された記者も取材目的で建物に入ったのであり、正当な行為であった。その点から実名報道は不適切であり、道新はすぐに大学と警察に抗議すべきだったと考える。
道新記者の行動の背景には旭川医大の報道対応、情報開示の在り方の問題点も指摘されている。旭川医大は、学長の学内学外へのハラスメントで別の病院を巻き込み、コロナ禍で苦しむ旭川医療圏の医療を大混乱に陥れた。感染者や死者が多く出たのは、こうした混乱も一因との指摘もある。病院長も解任された。事実を知りたいとの声が極限に達している。一方で、患者や市民への説明はほとんどなされていない。取材は必要な状態だった。
しかし毎日新聞の記事によれば、大学側は記者たちの直接取材の求めにほぼ応じず、メールのやりとりでも「回答は差し控える」と無回答が多かったという。取材のため構内に入った複数の記者と、制止する大学側との間にトラブルも起きていた。
一般市民の批判が情報開示に後ろ向きな大学に対してではなく、そこを突破しようとする報道機関に向けられがちな社会風潮にも私たちは危機感を覚える。国民の知る権利に奉仕するジャーナリズムが、今回の問題で揺らぐことがあってはならない。
2021年7月9日
日本ジャーナリスト会議